新人仲居がやってくる
「さて、今日からまた頑張りますか」
旅ランの結果通知が来た次の日、俺はすでに気持ちを切り替えていた。そりゃあまあ昨日見たときは落ち込んだけどさ。くよくよばっかして、そんな顔をお客さんに見せるわけにもいかないし。
それに良かったこともある。スライムの特需がなくなっても、圏外とはいえ、たぶんぎりぎりランクインしなかったくらいの総合RPは取れたことだ。利益さえなんとかプラスになれば、一気に二十位まで上がる見込みがある。
「しかし、あのプールはどうしようかなぁ……」
俺達従業員のために造ってくれたのは嬉しいし感謝はする。しかし正直なところあれだけお金のかかった施設なので、お客さんにもオプション料金で使用許可を出し、利益を得たいところだ。もちろんさすがに悪い気がするので一週間は俺達だけで利用させてもらうつもりだけど。
まあこの辺りは俺だけの判断じゃあダメだし、カトレアやリム、他の従業員にも聞かないと。それにあくまで最終判断をするはずのルシフが許してくれるかどうか……。
考えながら歩いている間に、受け付けロビーに着いてしまった。
「やぁ、ティナ。おはよう」
センカさんがカウンターに肩肘をつきながらこちらに向かって手を振る。
「おはようございます。旅ラン残念でしたね」
「アタシとしては旅ランより利益がまたマイナスになっちまったことのほうがショックだったけどね。まあルシフにはアタシからもきつく言っといたから今後はこんなことないと思うよ」
センカさんの説教か……フェーダさんとはまた違う恐怖があっただろうなぁ……ご愁傷様。
「そうそう、それはそうとして今日は朗報が一つあるのさ。……新しい仲居が入るんだって。かなりの有力株がゲットできたらしいよよ~。もしかしたらあんた以上に働いてくれるかもねえ」
センカさんが意地悪な笑みを作る。
「それなら俺も嬉しいですよ。……それでいつ来られるんでしょうか? その新人さんは」
「朝からと聞いているからもうすぐ来るんじゃないか――おっと、噂をすればなんとやらだね」
「――おはようございます」
子供のような高い声が受付ロビーに小さく響く。入口からの朝日の逆光でシルエットしか見えないけど、その姿はやはり小さい。
しかし、この声どこかで聞いたような気が…………あっ!?
気付いたときにはその子は俺とセンカさんのもとへ寄ってきていた。ぺこりと頭を下げ、挨拶をされる。
「お世話になりますククです。これからよろしくお願いしますね……クレスさん」
なんと新人さんは俺と一緒に誘拐されていたククだった。すでに俺と同じ着物を身に付けて、なぜか顔を赤くしてこちらをちらちらと見てきている。
「なんだい、ティナの知り合いだったのかい」
「ええ……まあ……」
驚いて言葉があまり出て来ない。
確かククは『勇々自適』で働いていたはずだ。なんで今この旅館の新人として入って来ているのだろう?
「あの、早速で申し訳ないのですが、少しだけクレスさんとお話ししてもいいでしょうか?」
ククがセンカさんに尋ねると、
「いいよ、なんか積もる話もありそうだしねえ」
と、彼女は快く了承した。
「では、ちょっとこちらへ――」
ククに袖を引っ張られ、廊下から誰もいない空き部屋へ連れて行かれる。
「いきなりすみません。実は一つ申し上げたいことがありまして……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺もククに聞きたいことがあるんだけど。なんでこの旅館に来ているんだよ。『勇々自適』で働いているんじゃなかったのか?」
「転職したのですよ。理由は後でちゃんと言うつもりです。それよりまず私はクレスさんに謝っておくことがあります。……あのときは、暴走してすみませんでした」
深々と頭を下げるクク。
「記憶があるのか!? 二重魔格かと思ってたんだけど」
「……ええ。だいたい合ってます。若干ですが記憶を共有しているだけです。なので――」
ククが手を擦り合わせてもじもじとする。
「クレスさんのあ、あそこを見てしまって、お、男だと言う事も覚えています」
思い出してしまったのか彼女の顔は真っ赤だ。
こっちまで恥ずかしくなって来てしまい、彼女から目を背ける。
「そ、そうか……」
「で、ですけど、あの、女装して仲居として勤めていることは皆には黙っておくので安心してください。そんなにその格好が好きなんですよね?」
「いやいやいやいや! べ、別に好きでやってるわけじゃないから! どうしようもなくと言うか成り行きと言うか! それになるべく俺が男だと言うことは他の人に知られたくはないけど、知っている奴も何人かいるから!」
「あっ、そうなのですか。誰ですか?」
「えっと……主人のルシフにフェーダさん、女将のセンカさん、それから俺と同じ仲居のカトレアとリム……あと料理長のワレフかな」
「なるほど、覚えました」
さすがは『勇々自適』で働いていただけあって、記憶力はかなり良いみたいだ。
「それよりそろそろ教えてくれよ。なんで転職を? あまり言いたくはないけど、はっきり言って旅館の質は明らかにこっちが下だぞ」
「そうですね」
否定はされない。事実だから仕方ないけど。
「でも……わかりました。ちょっと待ってください」
そう言い残すと意を決したように、自分の着物に手をかけ、いきなり着物を脱ぎ始めた。
「ええっ!? ちょっと、えええっ!?」
あまりの予想外の出来事にうろたえて動くことができない。
そうこうしている間にも彼女はあっという間に薄いピンクの下着のみを身に纏った姿になる。身長は子供サイズであっても、胸は確かなふくらみがあることがはっきりと確認できた。肌は白く滑らかで非常に艶かしい。
「うぅ……」
彼女は恥ずかしそうに、目を潤ませ、顔を真っ赤にさせる。
そんなに恥ずかしいならなぜ脱ぐ?
と、疑問に思っている間にも、顔だけでなく白い肌も上気して桃色に変化していく。
――そこで彼女の目つきが変わった。
「ふふっ、お久しぶりですね、クレスさん」
とろんとした目でこちらを見つめるクク。
もう一人の魔格が出てきたのだろうと容易に推測できた。
「会いたかったのですよ。もう会いたくて会いたくて……主人に頼み込んだ甲斐があったというものです」
「お前のせいかよ!」
「あら、お前とか言わないでくれませんか。私は私なんですから。それに会いたかったのはどちらにせよ変わらないです。なにせクレスさんの下半身を直に見てしまったのですから。当然気になるでしょう。エロいのは変わりませんからね」
「エロい? ……どちらかといえば清楚――いや、何も知らないただの子供に見えたけど?」
「はぁ、何を言っているのですか。あくまでサキュバスであることに変わりはないのですよ? それにあの子は……肌を見られることで興奮する性癖を持っています。だから私が出てこれるというのに……」
「肌を見られて興奮……ってそれはただの露出狂では!?」
「ええ、まあそうなりますね。ですので私は別の魔格というよりはただの本性に近いと思いますよ。そして……ここまで言ったらこの後どうなるか分かりますよね?」
彼女に急に問われて俺は首を横に振る。
だってずっと下着姿のままなんだよ? 気になって考えるどころじゃないもの。
「分からないなら分からないでいいです。なら――」
ククが素早く俺の背後に回りこむ。そしてさわっと優しく首筋をなでられた。
「ひぅっ!? 何を……」
「興奮している状態って言ったじゃないですか~。いいから性欲を満たさせてください」
捕まれる腕は動かすことができない。本性を発揮してパワー、スピードと大幅に上昇しているみたいだ。
「ま、待て待て! お前気絶するほど男が苦手なんじゃなかったのか!?」
「確かに男なんてゴミと思っていますがクレスさんは特別です。あそこさえ見なければその声、その表情で十分イケますから!」
……あっ、やばい、声のトーンがマジだ。
「セ、センカさんヘループ!!!」
俺は思いっきり叫んで助けを求めた。
…………結局、すんでのところでセンカさんが部屋に飛び込み、蛇の尾でククを巻きつけることでこの場は収まった。彼女に服を着せてしばらくすると落ち着き、元に戻ったようだ。
はぁ……どうやらとんでもない新人を迎え入れてしまったようだなぁ。
次話で三章が終わりです。次話はまた三人称視点に切り替わり、ルシフとルーフェの話+αになります。




