主人からのご褒美
「あれ? 一番乗りか……」
昨日ルシフに言われたとおり、旅館の入口に着く。しかし集合時間の五分前だというのに、まだ誰も来ていなかった。
時間合ってるよなぁ……と不安になりながら待っていると、しばらくしてカトレアとリムが姿を現した。集合時間ぎりぎりだ。
「ふにゃ~、ティナおはよ~」
『おは』
二人とも眠たそうに目を擦っている。リムは『おはよう』の『よう』を書くのも億劫みたいで、いつもの可愛らしい丸い字もへにゃりと崩れている。
どちらも寝巻き姿のまま。カトレアは小さな魚柄の入った薄いピンクのパジャマ、リムは流水模様の浴衣を着ている。
「う~ティナは早起きにゃ。もう着替えているにゃんて……」
対する俺は仕事着の着物にすでに着替えていた。どうせこの後仕事だし、もしこの後ルシフからもの運びなどの仕事を頼まれたとしても、動きやすいこの格好なら問題はない。
シャツとかの方が動きやすいと思われるかもしれないけど、俺にとっては着慣れているこの姿がしっくりくるのだ。……しかし、このいわば女装に慣れてしまっているのはいいのか? ――いや、こうなってしまったのはたぶん不可抗力だ。考えないようにしよう。
「これぐらいの時間なら普通だって。二人とも朝弱すぎるんだよ。ほら、ちゃんと目を覚まさないとルシフに狙われるぞ?」
「た、確かにそれは困るにゃ」
カトレアは「んにゃ~~~~」と大きく伸びをして眠気を飛ばす。そして、いまだにうつらうつらとしているリムのほほを「お~い」と呼びかけながらぺちぺちと叩く。しかしそれでもまだ半分目を閉じているので、カトレアは両手で彼女のほほをむにむにと上下に動かした。
「……!?」
さすがに目を覚ますリム。カトレアの両手にほほを挟まれている状況に、みるみるうちに顔が赤くなっていく。すぐにぷいっとそっぽを向いてしまった。
「お、怒っちゃったかにゃ?」
カトレアに耳打ちされる。
「いや大丈夫だろ嫌がってはいないはずだ」
嫌がるどころかたぶんめっちゃ嬉しくてにやけているんだろうけど、カトレアには黙っておく。
「にゃらいいけど…………それにしてもご主人様は来にゃいね」
確かに集合時間を五分過ぎてもルシフはまだ来ていな――おっ、ようやく来たか。
受付ロビーから赤紫の袴を身に付けたルシフが堂々と片手を挙げて歩いてくる。五分なので社長出勤とまではいかないけど、悪びれる様子はないので主人出勤と言ったところか。
「おはようなのじゃ! この後すぐ仕事の者もおるじゃろうし早速出発するかのう」
時間ないならせめて時間通りに来いよと思う。
「どこ行くのかにゃ?」
「まあそれもお楽しみじゃ。そんなに遠くはないから安心せい。とりあえずワシの後について来るのじゃ!」
ルシフを先頭にして俺達三人が後に続く。
向かった先は旅館の西、緑の木々が生い茂る森だ。
「お楽しみってにゃんにゃのかにゃ?」
「さあ……お楽しみっていうくらいだから仕事ではないだろうけど」
『温泉見つけてのやっぱり朝風呂?』
ルシフの後ろでひそひそと話し合う。
「温泉……一理あるかもしれにゃい。ほら、前に旅館付近で観光地が見つかれば――とか言ってたじゃにゃい? ウチが見つけたようなきれいにゃところをご主人様も見つけたのかも」
『あの滝の場所みたいな? 確かにあそこはすごく心が安らいだ』
リムもカトレアにあの風情のある場所を教えてもらっていたらしい。俺に教えたんだからリムに教えるのも当然か。
『でもそれだとやっぱり露店風呂の可能性も』
……あるよなぁ。それにルシフが生き生きとしているのがやはり不気味だ。ルシフになんらかの得があるようにしか思えない。
しばらく歩いたところでルシフは足を止めた。
「…………着いたぞ。ここじゃ!」
「……なんだ……これ……」
「すごい! すごいにゃ!」
「……(コクコク)」
俺達三人は目の前に現れたものに驚愕し目を見開いた。
「くくくっ、どうじゃ? 驚いたじゃろう。これはのう、旅ランに名が載るまで頑張ってくれた褒美じゃ。これから暑くなるしのう。まあ従業員全員に対するものなんじゃが、特に三人には頑張ってもらったから先行で見せたかったのじゃ」
「ほんとに? ここ自由に使っていいのかにゃ?」
「もちろんじゃ。そのためにゲンゾーに頼んで一から造ってもらったたのじゃからな」
「――おうよ。まあ俺っちにかかればこれくらい朝飯前の昼飯前の夕飯前だったけどな」
ゲンゾーさんが目の前の施設の中から現れた。トンカチを手に持っている。ついさっきまでなんらかを造っていたみたいだ。
「まあ森を切り開くのに少々時間はかかっちまったが、一ヶ月もありゃあ余裕よ。……でどうだぁ? このプールを見た感想は?」
そう、ルシフがゲンゾーさんに頼んで造ってもらったものは大型のプール施設だったのである。外からでも凝ったであろうくねくねと曲がったスライダーがあるのも見て取れる。
「すごい! とりあえずすごいのにゃ!」
カトレアがテンション高く、ただただほめる。語彙力は全くと言っていいほどない。
隣のリムもメモに何も書かずにプールを見渡し、カトレアの「すごい!」の一言に同調して頷きまくっている。
「そうじゃろう。そうじゃろう。なぁに嬉しかったらワシの胸に飛び込んで来ても良いのじゃぞ?」
そんなルシフの言葉には全く耳を傾けずに、カトレアとリムはもっと詳細を見ようとプール施設の中へ入っていく。
「……ん? ティナはなんか浮かねえ顔しているじゃねえか。俺っちの造るプールに何か不満でもあんのかぁ?」
彼女たちと一緒に入って行かず棒立ち状態の俺に、ゲンゾーさんがずいっと一歩寄って来た。
「あ、いや、プールは素晴らしいと思うんですけど一つ気がかりが残っていて……」
「なんでぇ?」
「ゲンゾーさんにじゃなくルシフにです。…………なぁ、ルシフ、このプールのことってセンカさんは知ってるのか?」
「さっきも言ったであろう? ワシとゲンゾーを除けばティナ達が初めてじゃと」
「そうか……じゃああともう一つだけ聞きたい――いや本当は聞きたくないんだけどさ。…………これ造るのにいくらかかった?」
「えっ? あの、それは……相当……」
ルシフは少し言いよどみ、あいまいな表現をしたけど、代わりに隣にいるゲンゾーさんがだいたいの金額を教えてくれた。
「確か――くらいじゃなかったか」
「…………マ、ジ、で」
呆然と立ち尽くす。
ゲンゾーさんの発したその金額は明らかに今までの利益をマイナスにするほど大きなものだった。
これで利益の項目がマイナス50RPされることが確定してしまったのである。
「…………報・連・相くらいちゃんとしろよ、ルシフの馬鹿野郎おおおお!!!」
森の中に俺の叫びが空しく響き渡った。
第三○二回おすすめ旅館ランキング結果
客数 ―――― 42RP
名声 ―――― 45RP
評価 ―――― 73RP
利益 ―――― -50RP
社会貢献 ―――― 18RP(貢献内容:不死系魔物の少数受け入れ 3RP + 誘拐犯逮捕の協力 15RP)
総合 ―――― 128RP
総合順位 ―――― 圏外




