待ちに待った赤字脱却!?
「ふぅ……よし、これで今日の仕事は終わったな」
「ふにゃ~あ……う~眠いにゃ」
『ZZZ……』
ちょうどカトレア、リムと同じ時間に仕事が終わり、一緒に帰りの挨拶をしに受付ロビーに向かうことになった。
夜のシフト+少し残業があって時刻は午後十一時前。普段朝が早い分、この時間になると眠気がやってくる。
「……にゃ? にゃんかリム、メモに書いているわりに眠そうに見えにゃいんだけど……」
「確かに、いつもならカトレアのあくびにつられているような……」
俺とカトレアがじとーっと彼女の方を見る。すると彼女は顔をやや赤くして、うつむきながらメモを見せてきた。
『実は夕方にちょっと居眠りを。あの子たちと話してたらウトウトしちゃって』
『あの子たち』――といえばスライムのお客さんだな。だったら眠ってしまってもさほど問題はなかっただろう。『クイーンスライム』というスライムの最上位であるリムに対して怒ることはないはずだ。枕にして寝ていても大丈夫なくらい。ただこんなに疲れさせるまで働かせている旅館に対しては怒るかもしれないけど。
『ふよふよと気持ちいい寝心地でつい』
……もしかして枕だけじゃなくて、ベッドまで? い、至れり尽くせりだなぁ……。
リムは『ごめんなさい』と頭を下げる。
「いい、いい。俺らに謝られても困るし。次から気を付けてくれればいいよ。それに最近リム明らかに忙しかっただろ。仕方ないところもあるよ」
旅ラン結果発表まで後二日と迫る中、恐れていた悪い噂による来客の減少は見られず、逆に若干増加したのである。
悪い噂を消すことはできなかったけど、誘拐の一件で『誘拐犯逮捕!』の記事の中に、協力者として『勇々自適』と並んで『魔天楼』の旅館名まで書いてくれたからだ。それにより名が少し知れ渡り、同時に良い噂も流れたらしい。
ここ数日はスライムと不死系のお客さんがかぶって来られたので、人が足りなくリムが働き詰めだったのだ。
「そうにゃ。明日一日サボっても許されるくらい頑張ってたのにゃ」
カトレアの励ましに、リムは顔を明るくさせる。
「……だから明日一緒にサボらにゃ――いったー!? にゃにするの!?」
俺のチョップが彼女の後頭部に命中する。
「サボり仲間を増やそうとするな。それにカトレアは昨日も昼ちょっとサボってただろ」
「にゃ、にゃんのことかにゃ~」
あからさまに目が泳ぐカトレア。
ただ鎌をかけてみただけなんだけど見事に引っかかった。ただあんまり強く言えないのは、終わらせなきゃいけない仕事はちゃんと終わらせているからなんだよなぁ。
「はぁ……まあいいけど……ってあれ? あそこにいるのはセンカさんじゃないか?」
見えてきた受付ロビーで待っているのはセンカさんだった。
変だな? 今日のシフトは朝からになっていたのに……いや、あれは一回帰っているのか。着物じゃなくて見慣れない私服――胸元の大きく開いた、これでもかと巨乳を強調する赤色のシャツにチェックのスカートを履いている。
「センカ~、こんにゃ時間ににゃにしてるの?」
カトレアがセンカさんに駆け寄りぴょんと後ろから抱きつく。その様子をうらやましそうに眺めるリム。あまりに一点をじっと見つめていたので、「おーい」とリムの前に手を振ってみたのだけど、瞬速で払いのけられてしまった。
「お疲れ様。あんたたちを待ってたんだよ」
センカさんが受付カウンターの中へ俺達を招き入れる。
「これを見せたくってねえ」
そう言ってセンカさんは引き出しの中から一冊の本を取り出した。分厚く、黒い装丁がされている。何度も開かれたのだろうと一目で分かるくらい古ぼけている。
「……魔術書かにゃ?」
『悪口を書いた裏ノート』
カトレアとリムがそれぞれの予想を述べる。しかしまったくの的外れだ。あの本は――
「……帳簿ですよね」
センカさんが毎月付けている旅館の帳簿だ。ん? 嬉しそうな顔をしているってことはもしかして!
「そうさ。……うふふ、なんとこの二ヶ月の収支のプラスが確定したんだよ。こんなこと旅館に勤めてから初めてさ」
「本当ですか!?」
「ああ、もちろんさ。たとえ明日全部の予約がキャンセルになってもプラスだね」
「やった!」
俺は拳をぎゅっと握りガッツポーズをする。
これで他の旅館が大きくRPを稼がない限りは旅ランにランクインすることは固いだろう。
「それってそんにゃにいいことにゃの?」
カトレアが首を傾けて質問する。
「そりゃあ赤字経営が改善されるのだからな。給料アップも見込めるぞ」
「ほんと? それはやったにゃ!」
万歳して喜ぶカトレア。彼女に合わせるようにリムも万歳してハイタッチをする。
いや、ほんとずっと赤字経営でよく資金が持っていたと不思議に思うよ。資産は……ルシフのものなんだよな。あいつのお金はいったいどこから出てきているのだろう? まあ分からないことを考えてもしかたないか。今はこの事実を喜ぼう。
「――おー、揃っておるのう」
カトレアとリムがきゃっきゃしている間に主人のルシフが一人でやって来た。
「もう帰る時間じゃろう? どうじゃこれからワシの家に来て一晩過ごさんか?」
いやらしい笑みを浮かべおいでおいでをする彼の招きに、
「帰って寝るにゃ」
『右に同じ』
「アタシも帰るよ」
「帰れ」
と、全員で拒否する。
「なんじゃつれんのう。まあ冗談じゃが。さすがにワシの家じゃフェーダに見つかるしの……。まあそれはそうと本日はティナ、レアにゃん、リムに要件を伝えに来たのじゃ」
ルシフがこちらをビシッと指差す。
「明日の早朝六時、入口に集合すること! よいな?」
「嫌にゃ。早起きつらいし」
カトレアが彼の言葉にかぶせるように即答する。
「えっ、ええっ!? いやいや頼む! ……なら朝ごはんは奢ろうではないか!」
「う~ん、朝ごはんだけか~。どうしよっかにゃ~」
「ええい、フェーダ特製の和菓子もつけよう!」
「了承にゃ!」
カトレアのおかげで俺達は明日の朝ごはんとおやつを確保。……いいのかなあ? フェーダさんも巻き込んで。怒られるのはルシフだけだろうけど。
「それじゃあ明日の六時を楽しみにしておくことじゃ。じゃあの!」
ルシフはそれだけ伝えて帰っていく。
いつもよりセクハラが少ないなぁと不思議に思いつつ、俺達は彼を見送った。
「なにがあるんだろうな?」
「仕事かにゃあ? 面倒だにゃあ」
『朝風呂の誘いかも』
リムの回答が一番ありえそうで嫌だ。
まあ明日になったら分かるか。いざとなったら、パワーのあるリムに放り投げでもしてもらえばいいだろう。
「それでは明日も早いみたいですので帰ります。御疲れ様でした」
「おつかれにゃ~」
『お疲れ様です』
「はい、ご苦労様。明日も頼むよ」
センカさんはにやにやと帳簿を見ながら挨拶をする。それほど黒字になったのが嬉しいのだろう。
俺達はセンカさんを残して、自分達の住む寮の部屋へと戻った。




