貞操の危機
R-15追加しました。この話だけかもしれないですけど。
「おっ? なんだ、なんだあ、ロープ解いちまったのか」
誘拐犯三人の中のリーダーと思われるガタイのよい大男は手足が自由となったククを見てにやりと笑う。
「くっくっく、まあいい。少しぐらい抵抗してもらわないとつまんねえだろうしなあ」
じりじりとククに近づく大男。彼女の小ささもあって体格差はまさに大人と子供だ。
「私に手を出したら大変なことになりますよ」
毅然とした態度で答えるクク。危機的な状況なのに絶望の色は一切見えない。
「お前んとこの主人が守ってくれるとも? 残念だがこの場所はそう簡単にはばれねえよ。なにせ最近造られたばかりの隠し地下室だからなあ」
「そうですか」
表情一つ変えないククに対して大男は彼女のあごを掴み、ぐっと自分の顔に向かせる。
「泣き声一つ上げないとはさすがは『勇々自適』の仲居だなあ。気に入った。お前の相手は俺がしてやる。いや独占する。てめえら、もう一人のこいつは好きにしていいぞ」
「ほんとですかい。そいつはありがたいや」
「感謝する」
大男に指を差された俺のもとに中肉中背のハゲと目以外を布で覆っている忍者のような小柄な男二人が寄ってくる。
「お前の方が年下なんだから僕が先にいただくぞ……なんだ?」
ハゲが一歩踏み出そうとするのを、忍者が彼の肩を握って止める。
「待て。貴様は猫娘にやられていたであろう? 寝ていただけではないか。働かざるもの食うべからず、ここは拙者に譲るべきだ」
「年下なのに生意気だぞ。少しは敬えよ」
「弱い奴を敬う気にはなれん」
「なんだと?」
「やるか?」
言い争う二人。
時間は稼げているけど、助けに来れる可能性がない限り犯られるまでの時間が延びたにすぎない。それにククの方は――
「きゃっ!」
男たちが来てから初めて感情の篭った声を出した。大男に着物をひん剥かれたのである。薄いピンク色の下着のみになった彼女は、恥ずかしさの余りかみるみるうちに顔が赤くなっていく。
なんとか助けようと身をよじるも手足が縛られたままではどうしようもない。
大男がククの腕を掴む。そこでまだ抵抗の意思は衰えていないのか、彼女は大男を睨みつける。…………いや待て、あれは睨むというよりは――。
「――はぁ? 胸だろ。大きくても小さくてもそこには男にはない確かな柔らかさがあるんだよ!」
「何を言うか。尻こそ至高。むっちりしたのも引き締まったものも揉み応えがあるのだ」
俺にはまだ指の一本も触れられていない。こっちの二人はまだ言い争いをしているからだ。
しかし――
「……ん? なら僕が上、お前が下を責めればよくないか?」
「仕方ない。それで手を打とう。向こうは始まっているのに我らが遅れるのは空気が読めていないといえよう」
二人がこっちを向いた。
くそ……このままじゃ……。男に犯られるなんて最悪だ。もしかすると大男みたいに抵抗を楽しもうとロープをはずす可能性も――
「さて、どう蹂躙してやろうか?」
「縛りながらは初めてで興奮する」
ないか! やばい!
どんどん近づいてくる二人の男。
手が俺の胸とお尻に向かって伸びる。
あと一メートル……五十センチ…………。
「くそっ、離れろおおおおお!!!」
目を瞑りながら精一杯叫び、身をよじる。
………………しかし、触れられる感触は一向に訪れない。
なんでだ? と疑問に思いながら目を開けると、二人の男が宙に浮いていた。
大男に首根っこを掴まれ、持ち上げられているのである。
「な……ぜ……?」
「……何故?」
二人の男はお互い顔を見合わせ、驚愕の表情を浮かべる。次の瞬間――
ごち~ん!!!
ハゲと忍者の頭と頭が思いっきりぶつかり合う。
その衝撃で二人とも完全に気絶してしまった。
「これは……?」
仲間を襲った大男を見上げる。彼は恍惚の表情でぼーっと突っ立ったまま動かない。
これは……見たことがある。ときどき主人であるルシフがセンカさんにちょっかいを出したときかけられている『魅了』の状態だ。俺はそんな能力はないからククが使ったとしか考えられない。
ということはククは人間ではなく魔物だ。『魅了』が使える魔物なんて限られていて、数も少ない。蛇尾女、インキュバス、そしてサキュバスだ。蛇の尾を持たず、女性であるのでサキュバスしかない。丸見えのきれいな肌色の背中から見える手の平サイズの小さな黒い翼もサキュバスである証拠だ。
「今から自首を。そのあとこの場所を警備兵に伝えること。いいですか?」
魅了された状態の大男はゆっくり頷く。そしてそのままふらふらと歩きながら扉を開け階段を上っていった。
「……さて、ようやく邪魔な男共はいなくなりましたね」
俺の傍で気絶している二人はもういないもの扱いである。
ククは下着姿のままハゲを踏み越え近づき、俺の体を起こす。
「まさかククがサキュバスだったとはな」
「はい。言っていませんでしたっけ?」
「確か言ってなかったぞ」
「はぁ、そうでしたか」
……なんだろう、サキュバスと分かったからか雰囲気がさっきまでと違うように感じる。吐息が色っぽいと言うか……下着姿のせい?
「とりあえずはこのロープを解いてくれないか?」
俺がこう頼むと彼女は怪しい笑みを浮かべた。
「……まあそんなに焦らなくていいじゃないですか。まだここに警備兵が助けに来てくれるまで時間はあります。それまで……楽しみましょ♪」
「――ひゃっ!? ちょ、ちょっと待っ……」
背後に回られたククに耳を甘噛みされる。
「ふふっ、やはり女の子はいいですね。かわいいです。特にあなたのその表情……いじめがいがありそう……あぁ、たまりません」
いくらなんでもさっきまでと違いすぎないか! もしかして二重人格――いや二重魔格!? 俺の名前も知らないみたいだし、たぶんそうだろ!
「や……め……」
「はぁ、はぁ……いいです。いいですよその声。もっと聞かせてください」
嫌がる俺の声も彼女はむしろ楽しんでいるようだ。
なんで俺は誘拐犯じゃなくさっきまで一緒に誘拐されていた女の子に犯られそうになっているんだ!?
疑問を考えるまもなく、背後から彼女の手が俺の着物をはがしながら中に入ってくる。
「あら? 胸は小さいのですね。だからブラも付けてないのですか。でもサラシ位は巻いていたほうがいいですよ」
余計なお世話過ぎる! 男なんだからさらしも断固拒否するぞ!
「あっ、でも肌はすごく滑らかで気持ちいいですよ、ほんとうに」
そんな胸に対するフォローはいらない。
「ちょっ、ほんとに……その下はまずい……」
彼女の手がお腹を辿ってパンツの中に入ろうとする。
「何を言っているんですか。ここからがほんば……ん……?」
ククの手が俺のモノに触れた瞬間、彼女はピキリと固まる。そのままギギギっとゆっくり首を下に向け自分の手が何に触れているかを見た。
「お……お、と……こ……」
一言残し、そのまま後ろに崩れ倒れるクク。
振り返れば口から泡をふいて目を回していた。
あそこを確認されるまで女と勘違いされ続け、さらに男と分かった瞬間倒れられるなんて……。
………………。
ロープに縛られたままの俺は一人、この地下室で拭うこともできず涙を流した。
――三十分後。
カトレアと共にやって来た警備兵により、残り二人の誘拐犯二人はお縄につくことになり、俺とククは保護され、事情聴取をとられることになった。結局ククはしばらく目を覚まさず、俺とカトレアは彼女より先に帰ることになったけど。
こうして仲居誘拐事件は俺とクク、二人の心に大きな傷を残したまま幕を閉じたのだった。




