誘拐部屋での出会い
「う……ん……」
目が覚める。
殴られた後頭部は痛むけどひどくはない。立ち上がろうとするも手足は縛られているので、体の自由はあまり利かず、平らな石の床に横たわったままになる。
ひとまず状況を確認しよう。
視線を泳がせると木箱がいくつか置いてあるだけで他に何もない。部屋の広さは十畳より少し大きいくらいだろう。窓もなく明かりは薄暗い魔石灯のみ。不死系専用に改装した別館よりもやや暗い。口を塞いでいないことを考えると、声を出しても問題がない場所――地下室だろうか。
「――よっと」
寝転がり、反対側を確認――
「ひゃあ! ……び、びっくりした」
寝転がった先には一人の女の子の顔がそこにあった。先ほど助けようとした着物を着た女の子だ。着物は抹茶色に波紋上の円がところどころに描かれている。どこかで見たような着物の気がする。どこだったっけ?
縮こまって寝ているので、裏通りで見たときより小さく見える。子供だろうか? でも子供にしては確かな胸のふくらみが着物の上からでも確認できるしなぁ。……ってそんな胸ばっかり注目してちゃこの子に悪いな。
髪は茶色で少し癖があり、内に巻いている。長さは肩にかかるかかからないか程度だ。
なんというかこの先の成長が楽しみと思えるほどの可愛さだ。ある一部の趣味を持つ人には今が抜群の破壊力を持つのだろうけど。
「……う、う~ん、ここは……」
その女の子がゆっくりとまぶたを開く。
ぱちぱちと灰色の目をまばたきとした彼女はようやく寝起きの頭がさえてきたのか、俺の存在に気付き、高い声を出した。
「だ、誰ですか? ここはどこです?」
それは俺だって知りたいよ……。
そう思いつつ、俺はもう一度逆向きに寝転がり、後ろ手に縛られている様子を彼女に見せた。
「あっ、ごめんなさい。あなたもでしたか。私を襲った方は……?」
子供にしては言葉遣いしっかりしているなぁと思いながら、彼女の方に向きなおし、問いに答える。
「今はいないみたいだ。ただいつ戻ってくるかは分からない。脱出は……」
目線を横に向ける。
「その扉しかないみたいだ。なんにせよ、まずはこの縛られた状況を何とかしないとな」
「そうですね。じゃあ腕のロープからはずしましょうか? 見たところそんなに複雑な結び目じゃなさそうでしたし」
「そうなの? ちょっと俺にも見せてくれない?」
彼女に転がってもらう。
……確かに固くは結んでいるけど、結び目は単純に一本のロープを交差させて三回結んだだけのものだ。これなら頑張れば解けるかもしれない。
「よし、じゃあ俺がまず君の腕のロープをはずす。そのあと君自身の足のロープ、俺の腕のロープという順にはずしてくれ。俺の足を縛っているものは自分で取るから」
「分かりました」
お互いに逆の方向を向き、這い寄って近づく。
………………手を掴むことに成功。やはり手も小さい。男の中では小さい俺の手にもすっぽりと収まりそうなくらいだ。
そのままロープが縛られている手首へ。今から解きにかかる。
…………くっ、後ろ手だと見えないし、手も動かしづらい!
…………。
「あ、あの、静かだと緊張しますし、適当に何か話しませんか?」
「オッ……ケー……」
「では、こんな場所で出会うのも奇妙なですし自己紹介でもどうですか? お互い旅館で働いているようですし、なんと言う旅館がも」
この状況で自己紹介か……ほんとにこの子は落ち着いているな。肝っ玉が据わっている。
「……俺は『魔天楼』で仲居をしているクレス=オルティナだ」
「クレスさんですね。『魔天楼』……そういえば主人がちらっと話していた旅館の中にそんな名前があったような気がします」
あったような気か……やっぱりまだあまり名は知られてないのか……。くそっ、固いな! せっかく結び目に指がかかったっていうのに!
「私はククと言います。『勇々自適』という旅館で仲居として働かせてもらっています。最近就職したばかりなんですけどね」
「……『勇々自適』!?」
驚いた拍子に力がグッと入り、結び目が一つ解ける。
『勇々自適』といえば旅ラン一位常連の最良旅館だ。そこに就職するのもかなりの難関なのでよくは入れたなぁと感心する――しかし、なにより気になるのは……
「しかも就職!? 手伝いじゃなくて!?」
働けるのは普通十六歳からである。エルフのような長寿命の種族は適正年齢がもっと高くなっていて制限に当てはまらないみたいだけど……。
「うう……やっぱり子供に見られてたんですね。私もう十六になったというのに……」
十六か……もう二つ、三つ下かと思っていた。道理で落ち着いてると……いや十六でも落ち着きすぎだろう。やっぱり旅ラン一位の仲居となるとどんな場合になっても冷静に行動できる度胸が必要なんだろうか?
「……ごめん。俺の一つ下だったんだな」
素直に謝る。
本当の自分と違うように見られる苦しさは十分に理解できる。普段の生活でも苦労することも多いだろう。俺も今の着物姿は本当の(性別の)姿じゃないんだよ……。
「いいですよ慣れてますから。……あのクレスさんはどこで襲われたんですか?」
「裏通り。『麺王』ってラーメン屋からの帰り道だ」
ククを助けようとして捕まったことは伏せておく。自分のせいで、なんて思って欲しくはない。
「『麺王』ですか!? 実は私もそこを探してました! そこの『めんま』という食べ物を持ってくるよう頼まれていまして……偶然もあるものですね!」
「そ、そうだな」
まさか探し場所が本当にカトレアが言っていた通りだったとは……。偶然とは恐ろしい。
「……そういえば私たちを誘拐した人たちはどうしたのでしょうか?」
ふと、ククが疑問を呈する。
「見張りでもしているんじゃないか? それともさらにもう一人誘拐しに行ったのか…………よし、取れたぞ! あとは引っ張れば――」
ロープがはずれ、ククの腕が開放される。
「じゃあ急いで他のロープを――」
「しーっ、静かにしてください。足音が聞こえます」
ククの注意にはっ、と息を止める。
カツカツ、カカツ、カツ――
……複数の足音だ。助けに来た……わけじゃなさそうだな。
扉の外からは男たちの声が聞こえてくる。
「巻けましたか?」
「ああ、警備兵も大したことねえな」
「誘拐する現場、あとこの場所を教えてくれた奴に感謝せねばなるまい」
「先に食っちゃいねえだろうな?」
「もちろんですとも。主人より先に手を出すなんてそんな恐れ多いこと……」
「うむ、同意見だ」
「なら、いい。くっくっく、今からが楽しみだなあ」
「はい」
「うむ」
……これは、まずい。
なにをされるかが容易に想像できる内容だ。
なんとか逃げる……のは無理だ。返り討ちも厳しいか。こちらは二人。声を聞くに扉の向こうは三人。裏通りにいた大男もいるとなれば戦力差はかなり大きい。
ククもなんとか自分の足の結び目を解けるくらい非力だ。――ようやく足が解けたか。
カチャ、キィ……。
どうすればいいか、全く考えが浮かばないまま扉が開き、三人の男が中に入ってきてしまった。
次回、R-15予定です。




