巻き込まれる
ラーメン屋『麺王』を出た俺達は昼間なのに薄暗く狭い裏通りをゆっくり歩く。
「はぁ~、おいしかったにゃ~。お腹もふくれたし、日向ぼっこして寝たい気分…………そんにゃにらみゃにゃいでよ~。ただの気分でほんとにするわけにゃいでしょ~」
カトレアがぱたぱたと手を振って言う。
心配位するさ。午前中も仕事は適当に済ませて、おいしい店探しに全力を尽くしていたって言うのだから。
「本当に? ……まあいいけど」
私用の情報収集はあまり問い詰めないでおこう。ラーメンすごく美味しかったし。それに店でも言っていたように夕方までにはチラシ配りは終えるのだろう。
サボりがちなカトレアではあるけど与えられた仕事はちゃんと行うからだ。サボれる時間を確保できるほど効率よく物事を進めるのである。
「じゃあ昼は手分けして広場で宣伝でもするか。今の時間ならそこに結構いるだろ」
「オッケーにゃ…………あれ?」
カトレアの耳がピンと立つ。そのままわき道へと目を向けた彼女はあるものを見つけ指を差した。
「見て見て! あそこにウチラと同じように着物を着た子がいるにゃ」
カトレアが指を差した方向を見ると、着物を着た小さな子がそこにいた。薄暗くてよく見えないけど、なにやら手に紙のようなものを持って辺りをきょろきょろと見回しているようだ。
「あの子もらーめん店を探しているのかにゃ?」
「……さすがに昼時もだいぶ過ぎてるし、違うだろ。普通に迷子なんじゃないか?」
「にゃるほど~、じゃあウチらが目的地みゃで連れて行ってやるかにゃ」
「そうしたいのは山々だけど俺はこの辺り詳しくないぞ。カトレアは詳しいのか?」
「う~ん、あみゃり知らにゃいけど? にゃんとかするにゃ!」
まあ放っておくのも悪いし、俺としても声はかけるつもりだ。カトレアも知らないのなら、一度広場に戻ってその辺の誰かに聞けばいいだろう。
「じゃあどこに行きたいかくらいは聞いてみようか」
俺はそう言って迷子中と思われる子に向かい一歩を踏み出した――そのとき、
「ん? 向こうから誰か来たみたいだな。男性か?」
一回り大きな影が彼女のもとへと近づいてきた。
「にゃんか話しているみたいだにゃ? ……あっ、行っちゃった」
小さな子は一回りも大きな影と共に俺達から離れるように歩き出した。
「俺達のほかにも世話焼きな奴がいたみたいだな。よかった、よかった。じゃっ、俺達は広場に行こうか…………どうした?」
カトレアは向こうをじっと見つめ、止まったままだ。
「いや……にゃんか嫌にゃ予感がするようにゃ……こういうときの勘は良く当たるんだよにゃあ……」
カトレアは一向に動こうとしない。
「はぁ、そんなに心配なら後に付いて行ってみるか?」
俺の提案にカトレアはすぐに頷く――「――」――次の瞬間、彼女の耳がぴんと立った。
「あの子が危にゃい!」
カトレアが急に駆け出す。異常事態が起こったと即座に察した俺はすぐさま彼女を追いかける。
裏通りを駆けていくと、さらに道は暗くなっていった。足の速いカトレアに俺は追いつけていない。
あの子が誰かに付いて行ってから時間はそれほど経っていないからそろそろ――いた!
ぐったりと地面に横たわっている少女の傍で一人の中肉中背の男が顔に手を当てうずくまっている。カトレアに飛び掛かられ、顔面を引っかかれたのだろう。
ここだけみれば、カトレアが少女を助け終わったように見える。だけど、まだだ。まだ終わっていない。少女を抱きかかえようとしているカトレアの背後から二メートル近い大男が木の棒を持って迫っているのだ。
「カトレア後ろだーーー!!!」
俺は彼女に向かって叫ぶが、さすがに振り向いてから、反応して避ける時間はない。なので
「うわあああああ!!!」
俺はその大男の横っ腹に全速力で突進した。
どさっ! 大男が倒れる。
「カトレア! すぐに警備兵を呼んできてくれ! お前の方が速いだろ! 俺は時間を稼ぐ!」
「わ、わかったにゃ!」
俺達二人じゃこの大男を抑えることはできない。
カトレアはこの状況を察してすぐに『獣化』する。猫の姿になった彼女は軽々と隣の家の屋根に飛び乗り、そのまま屋根を伝って大通りの方へ駆けて行った。
「いてえ……」
大男がのっそりと起き上がる。
「ここで邪魔が入るとはな……おっ、なんだあ、こいつも美人さんじゃねえか」
「いいのか、すぐに警備兵が駆けつけてくるぞ」
相手は武器持ち。それに加えてこの体格差だ。まともに戦り合おうとは思わない。逃げつつ、カトレアが警備兵を連れてくるまで時間を稼げればそれでいい。最悪この大男を逃しても、そこでうずくまっているもう一人の男を捕らえられればそれでいい。
「いいんだよ。すぐにずらかる」
大男は余裕の表情で突っ立っている。木の棒を構えたりはしていない。
そのままその男を置いて逃げてくれ……。
俺の思いは次の一言で取り消されることになった。
「――お前も連れてな」
「!? ぐっ……!」
後頭部に衝撃が走る。
背後を振り返ると、小柄なやせた男が拳サイズの石を持ってそこにいた。
くそっ……三人いたのか……。
目の前が霞む。
俺はそのまま意識を失った。




