隠れ家(的名店)
「魔物旅館『魔天楼』です。機会があればぜひお越しになってください………………ふぅ、とりあえずこんなもんかな」
チラシを小さな手提げカバンにしまう。
朝から情報収集及び宣伝をしに来てからずいぶん時間が経った。すでに太陽は真上を通り過ぎ、正午を少し過ぎたところだ。
周りに遺跡、遊園地などのアミューズメント施設があり、一日やそこらじゃとても回りきれないほどの大都市であるスピネル。何度も足を運びに来たくなるこの都市では、自分達の泊まっている旅館以外にも興味が出るようで、予想以上にチラシが手に取ってもらえている。この調子ならあと一時間もしないうちに配り終えれそうだ。
「……あっ、しまった。昼ご飯は一緒に食べようって待ち合わせをしてたんだった」
すぐさま待ち合わせ場所である噴水のある広場に向かう。
…………。
広場に着くと噴水の前に俺と同じ薄紅色の着物を着た一人の姿がそこにあった。
一緒に連れて来た――いや嬉々として付いて来たカトレアだ。リムも来たがってはいたのだけど、今日は不死のお客さんが来られるとのことで、人員不足のためセンカさんに止められ、涙ながら旅館に残っることになった。
「ごめん、待ったか?」
「んにゃ、ウチもさっきまで話し込んでいて、今来たところにゃ」
「そうか、それならよかった」
話し込んでいたということは情報収集に力を入れていたのか? チラシはあまり減っていないようだし。まあ軽い調子で世間話に持っていくのはカトレアの得意分野だし期待しておこう。
「じゃあ何か食べに行こうか? どこに行く?」
「もう行くところは決めているのにゃ。さあこっちにゃ」
カトレアに腕を引かれる。
「おーい、どこに行くかくらい教えてくれない?」
「にゃはっ、ダーメにゃ。それは見てのお楽しみ♪」
そう言ってウインク一つするカトレア。
ちょっと意地悪な一言も許してしまえる彼女の魅力を感じながら、俺はやれやれと腕を引かれるがまま付いていった。
広場出てすぐ大通りを外れて路地裏を通り抜ける。店という店は見当らず、それどころか路上で寝ている者もところどころで見かける。
「ほ、ほんとにこの道で合っているんだよな?」
さすがに不安になってカトレアに聞くも、
「大丈夫、大丈夫。間違いにゃいから」
と、足を止める様子はない。
さらに進み、昼間にもかかわらず薄暗くなった通りの行き止まりに突き当たった。
「さすがに一度戻らないと……あれっ? カトレア?」
カトレアはというと行き止まり付近の家を一軒ずつ調べている。
「…………あった、ここにゃ!」
急に叫んだので何事かと思い、彼女のもと――家と家の間の狭い通路に入ると、『麺王』と書かれた木製の看板が掲げられた入口の扉がそこにはあった。
ふんふ~んと鼻歌交じりに中に入っていくカトレア。
「へいらっしゃい!!!」
店内から威勢の良い声が響く。
驚くことに、十人も座れないほど狭いカウンター席は、すでに半分埋まっていた。
よくこんな見つけにくい店にお客さんが集まるもんだなぁと感心する。隠れ家的店と言うよりは隠れ家そのものだ。せめて看板を行き止まりのところでも見えるように置いていればいいのに。
「大将! 魚介豚骨らーめん二丁にゃ!」
店主に負けじとカトレアが元気よく注文する。
「あいよ! 空いてる席に座ってくれ!」
店主に促され、端からカトレアと並んで座る。目の前のカウンターはすでにきれいに拭かれていて、束なってに入っている箸とレンゲも清潔である。ラーメン店にしてはかなり掃除に気を配っている方だ。
「……よくこんな場所の店知ってたな。よく来るのか?」
俺はカトレアに耳打ちする。
「んにゃ、今日が初めて。食通の人から情報収集しまくって見つけた穴場にゃ。誰かからの紹介が必要で、合言葉を言わなきゃ料理を出してくれないらしいにゃ」
「合言葉?」
「大将! って呼びかけるのと、一つしかないメニュー名をちゃんと言うことにゃ」
ふむ、一見さんお断りなのか。それなら看板が見えにくい位置にあるのも納得だ。
「しかしカトレアは交友範囲広いなぁ。こんな隠れた店を知っている知り合いがいるなんて」
「知り合いと言っても今日にゃったばかりだけどねー」
…………今日?
いやいやまさかね。
「えっ、カトレアがやってた情報収集って……」
「お昼のお店探しにゃ! せっかくスピネルに来たんだからおいしいものを食べなきゃって思って。一時間くらいかけてここの場所を教えてもらえたのにゃ」
「…………仕事は?」
「思ってた以上に取ってもらえてるし、ちゃんと夕方までには配り終わるはずにゃ。大丈夫、大丈夫」
「確かに迎えの馬車は夕方にスピネルまで来るよう頼んだけどさあ。空いた時間に旅館の噂も聞く時間ができたんじゃ……」
「みゃあみゃあ余り根詰めてやらにゃくてもいいでしょ。ほら、らーめん来たにゃ。食べよ、食べよ~」
「はいっ、魚介豚骨らーめん二丁お待ちどお!」
店主がラーメンを俺とカトレアの前に置いていく。
ラーメンの具はもやし、煮卵が半分、薄い肉が二枚、砕いた煮干しがパラパラと上に振ってあるだけで非常にシンプルなものだ。
「いただきま~す♪」
「……いただきます」
猫舌であるカトレアが隣でふぅふぅと冷ましている間にお先に一口……美味しい!
濃厚なスープに極太の麺がよく絡んでいる。砕かれた煮干しの香りが麺を口に近づけるごとに感じられ、後味は麺よりもやや太いもやしがさっぱりとさせている。
「美味い! 大将、やるにゃ!」
「あんがとよ! お前さんら二人ともかわいいなあ。その着物は……今流行のコスプレか?」
「コスプレじゃにゃいよ。ちゃんと『魔天楼』っていう旅館で仲居をやっているのにゃ」
さりげない旅館の宣伝ナイス! カトレア自身宣伝しているつもりはないのだろうけど。
「『魔天楼』か……そういやこの前食材の買い出し中に聞いたな。なんでも魔物が客を食っちまってるとか、幽霊が出るとか」
うわあ……やっぱりそんな噂が立っているのか。あのとき悲鳴からずいぶん尾ひれがついているなぁ。
「まああれは根も葉もねえ作り話なんだろうがよ。俺は人を見る目はあると自負してるんだ。お前さんらみたいなかわいい子が働いてるところが、そんなひどい旅館なわけない」
「当たり前にゃ。逆に楽しい旅館にゃ」
楽しいって表現はどうかと思うなぁ。完全に従業員視点だ。
「楽しい、か……なんか一度行ってみた――働きたくなってきたな」
「そうかにゃ? さすがに似合わないかと……」
「あっはっは、馬鹿言え。男がそんな物着て接客するかよ。冗談だ冗談。俺にはこの店があるしな」
……男で仲居は変ですか、そうですか。……地味に傷つく。こっちは冗談じゃなく、今もその着物を着てるっていうのに……。
店主がカトレアと話を続けていくと、気になる話題が出てきた。
「しかしあれだな。その格好だと気をつけた方がいいかもな」
「もしかして旅館の仲居が襲われているって話ですか?」
ルシフが昨日ちらっと話をしていたスピネルの事件を思い出す。
「おう、知ってたか」
「あまり詳しくは知らないんですけどね。よかったら教えてくれます?」
男である俺が襲われるとは思ってないけど念のため――カトレアのために対策、予防ができるならしておきたい。
「俺が知っているのも一部だがな。どうも旅ラン上位の仲居が主に狙われているらしい。最初は引ったくりとか後をつけられるとか軽いものだったんだが、露出狂に出くわしたり、最近では暴行されたりとエスカレートしているみたいだな。犯行場所は様々で、まだ犯人は捕まってない。男なのは確かみてえだが、どうも目撃情報がばらばらで特定されねえんだな厄介なことに」
「にゃるほど~、まあ襲われてもウチが返り討ちにしてやるけどにゃ、にゃはははは」
カトレアはこう言っているけど、すばしっこいだけでリムのようにパワーがあるわけでもない。襲われたらひとたまりもないはずだ。
……まあ襲われるなんて最悪な状況を考えるのはひとまず置いといて。
「あのさ、カトレア。俺そろそろ食べ終わりそうなんだけど」
「えっ!? 早いにゃ! ちょっと待って!」
まだカトレアの器には半分位麺が残っている。口は動いていたけど、ほとんどしゃべってたからなぁ。
そのまま俺は最後の一口を口に入れる。
「まあ麺はそんなに伸びねえからゆっくりしていきな」
店主の言葉にカトレアが甘えてしまい、結局一時間もこの店に入り浸ることになった。




