悲鳴の犯人
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
「ん……」
大きな音に目が覚めた。どうやら座ったまま寝てしまっていたみたいだ。首が痛い。
「なんだ? 玄関から……誰だ?」
寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がり、玄関へ。外からは俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ティナ~! ティナ~! いにゃいの~?」
声の主はカトレアだ。焦っているように聞こえるけど、何かあったのだろうか?
鍵を開け、ガチャリと扉を開く。
「どうしたんだ? 今日は夜仕事じゃなかったっけ?」
「今も仕事中にゃ! 今日はまだサボってにゃいし!」
「まだってサボる予定はあったのかよ……」
「みゃあ時間が空いたらねー。でもやるべきことはちゃんとやるよ? ……って今はウチのことはどうでもいいのにゃ! それよりも大変にゃことが起こってて! お客様――それも人間の女の子が一人倒れているのが見つかったのにゃ! 息はあるけれど全然目を覚まさにゃくて……」
「なんだって!?」
今の一言で寝起きのぼんやりとした頭がはっきりとした。
「分かった。その娘のところまで案内してくれ!」
「はいにゃー!」
俺はTシャツに薄手の上着、長ズボンというラフな格好のまま、倒れた女の子を運んだという客室へ向かった。
「失礼します」
カトレアに案内され客室に入ると、リムとムーがすでにそこにいた。リムは仕事着の着物姿、ムーは全身を包帯で覆っているだけの普段の姿。ムーにとって着替えるとは着物を着るか脱ぐかだけみたいだ。
彼女らの傍らには人間の女の子が一人静かに寝かされている。
「どんな様子なんだその娘は?」
「外傷なし、心拍数も安定してますね~。残念ながらただ気絶しているだけみたいです~。包帯の一本くらい巻ければ私としては嬉しかったんですけど~」
お客さんの無事を聞いてひとまず安心する。
「でもにゃんで気絶なんか……」
カトレアが腕を組みながら首を傾げて二人に聞く。
「私は知らないですよ~。先ほど診に来たばかりですし~」
『私もここまで運んできただけであまり詳しい状況は』
うーん……となるとこの娘が起きるのを待たないといけないかー……。場合によっては旅館内の警備を強化しないといけないから、かなり厄介だぞ……。いや情報がないのなら最悪の場合――この娘を襲った犯人がいると考えて、今から警備の方を強化するようルシフに伝えておくべきか……?
そんなことを考えていると、ぺちぺちと軽くほほを叩かれた。はっと我に返るとリムが一枚のメモ帳を俺に渡し、ある方向を指差す。
『でも何があったか知ってる魔物ならそこに運んである』
彼女の指差す方にあるのは押入れだ。なんでそんなところに? と不思議に思いつつ、押入れを開ける。
「――ひっ!?」
中に入っていたのは骸骨だった。その骸骨はなぜか群青色の袢纏を身につけており背中には『摩天楼』のロゴも……
「……ってなんだゲンゾーさんじゃないですか。何をしているんですかこんなところで」
「…………なんでもねえよ。ただ俺っちのせいで気絶させちまったみたいなもんだから、起きるまでここで見守っているだけでぃ」
「にゃにしちゃったの?」
「別に……ふらついているじゃねえかと思って見てたらそいつが倒れてよぉ。だからすぐに駆け寄って支えようとしたら……はぁ」
ため息を吐いたまま黙り込んでしまった。
……あー、なるほど。酔ったか、湯あたりをしたこの娘は廊下で倒れ、その後すぐ支えてくれた魔物が現れたのはよかったのだけど、その魔物がよりによって不死――それも骸骨の姿だったので、びっくりして気絶してしまったのだろう。
「にゃるほど~、それで悲鳴をあげちゃったのか~」
「……悲鳴? それって大きかったのか?」
『私もそれを聞いてすぐに現場に急行して、倒れている彼女とゲンゾーさんを見つけた。カトレアにも聞こえてたのならたぶん旅館中に響いてたと思う』
「旅館中!? ってことは確実に他のお客様にも聞こえたはずだよな!?」
「んにゃ」
「……(コクッ)」
まずい! 何が起こったかちゃんとお客様に説明しないと不安にさせてしまう! 心を安らげる場所の旅館ではあってはならないことだ。
「カトレアとリムはすぐにお客様のところへ今回の出来事の説明を! 他の仲居にも伝えて! 早く!」
「はいにゃ!」
『OK』
カトレアとリムが部屋から出て行く。
俺とも行った方がよいのだろうけど、生憎のところ着物も身につけていないし、この娘も見ておかなければならないので、ここに残る。
「じゃあ私は診終ったので家に戻りますね~。今日の仕事は終わっていますので~」
ムーは自分の部屋へと帰る。
結果、俺とゲンゾーさんがここに残されたわけなのだけど……ちょうどいい。ゲンゾーさんに確認しておきたいことがある。
「ゲンゾーさん、ちょっといいですか?」
「なんでぃ」
「さきほど見守るために押入れに入っていると言ってましたけど違いますよね?」
「…………」
ゲンゾーさんは答えない。
「この娘を心配しているのは本当でしょう。傍にいますし。でも見守ってるにしては、俺が押入れを開けたとき、背中を向いてましたよね? 落ち込んでたんじゃないですか?」
しばらく黙っていたゲンゾーさんだったが、観念したかのようにゆっくりと口を開いた。
「…………悪いかよ。お前に分かるか? 女の子に間近で悲鳴を上げられる男の気持ちが!?」
分かる。分かるけど理由は言えない。
「ま、まあ今日はもうゆっくり休んで気持ちを切り替えましょう。ムーも言ってたようにただ眠っているだけみたいですし。俺が責任持って見ておきますから」
「あ、ああ……ならお言葉に甘えさせてもらうわ……」
俺の提案に素直に従うゲンゾーさん。普段なら最初の意志を通しきるので、意地でもここに残ろうとすると思ったのだけど、やっぱりかなりショックを受けているみたいだ。
「わりいな……じゃあ後は頼むわ」
部屋を出て行こうとするゲンゾーさん。そのとき、
「んん……ここは……?」
と、気絶していた彼女が目を覚まし起き上がった。その声を聞いてゲンゾーさんが振り返り、彼女と目が合う……合ってしまった。
「あ、はは……ま、だ、夢……」
そのまま白目を剥いて倒れる彼女。
「…………」
俺はゲンゾーさんにかける言葉が見つからなかった。
結局次の日、ゲンゾーさんは一日寝込み、仕事を休むことになった。




