不死(アンデッド)来客
「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」
不死系の団体客が泊まられることとなった当日。俺はお越しになった彼らを別館へと案内していく。
時刻はまだ昼前。雲ひとつない青空からは太陽が地面をてらてらと照らす。不死は日の光が苦手なのか、みんな大きな日傘を差して、光を防いでいる状態だ。
泊まるのは夜なのに、なぜこんな早い時間に来られたかというと、スピネルに観光に行くより先に旅館に寄るよう、こちらが頼んだからである。スピネルを気兼ねなく観光できる良い案がありますと伝えたら、二つ返事で了承してくれた。
「はぁ~きれいなとこだなここは。今年できたばかりの旅館だったか?」
別館に向かい歩いている最中、お客さんの一人、スケルトンが質問をしてきた。その質問には俺が回答する。
「ふふっ、実は旅館自体は昔からあるんですよ。最近ちょっとしたリニューアルを行なっていまして……」
まあちょっとしたというのは言葉の綾で本当は大幅な改修、改装が行なわれているんだけどな。本館の方は先月、別館に至っては一週間ほど前から。特に今歩いている道は昨日出来上がったばかりだ。
ゲンゾーさんの頑張りにより、別館へと続く道は石畳できれいに整備され、別館の内装もこちらの要望プラスゲンゾーさんのアレンジ(寝床に棺を設置するなど)により、不死系専用のものへと見事なまでに変貌を遂げているのだ。新しくできた旅館と間違われても無理はない。
「ふん、まあまあだな」
「きゃはは、何言ってんのよ~。旅行初めてのくせにさ~」
ぶっきらぼうに言い放つ吸血鬼を、ふよふよと彼の周りで浮かんでいるリッチがからかう。上半身しかない幽体であるリッチは想像していたよりずっとかわいい。
「トイウカ、ボクラ、ホトンド、ハジメテ」
グールがぼそぼそと片言でしゃべる。体格はみな小柄な人間の女性くらいで、発酵したような独特なにおいを周囲に撒き散らしている。
「私らぐらいかねえ。過去に一度スピネルに観光に来たのは。ねえ、あなた」
「そうかもなぁ。確か……そう、五年くらい前だったか」
思い出にふけりながら話をするスケルトン二人。話をしている雰囲気から夫婦と思われる。ゲンゾーさんのように言葉は荒っぽくなく、他のメンバーに比べても一番しっかりしていて、普通な印象を受ける。まあ見た目だけは骸骨そのものなのでインパクトはあるけど。
一つ気になったことがあるのでスケルトンの二人に質問をする。
「以前観光に来られたときはどこにお泊りになったのですか?」
「旅館『勇々自適』だったな。俺達のような不死専用の場所が区分けれていて、対応もサービスもすごく良かったんだが……今回は予約が取れなかったんだよ」
すらっと口から出てきた旅館『勇々自適』。誰もが知っているその旅館は、旅ラン一位の座を欲しいがままにしている最良の旅館だ。たまに設備投資などでランクが落ちることもあるけど、一年を通してみれば二位との差は明らか。年中予約で埋まるほどの人気がある。
……しかし不死系のお客さんに対しても、十分満足していただけるサービスがあり、今も予約が絶えないとはさすがだなぁ。もちろん目標はそこよりも良い旅館にすることだけど、この一週間で急遽改装を行なっている現在の状況を考えてみれば、まだまだ時間はかかりそうだ。
「でも前観光したときは買い物中に怖がられたししたからねえ。だから良い案があるって返事が来たのは素直にうれしかった。期待しているよ」
期待の一言をいただいたところでちょうど別館にたどり着いた。俺が率先して建物内に入り、みんなを招き入れる。
本館と同じくこちらも入ってすぐ受付ロビーが設けられていて、一人の女性がそこに待っていた。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました~。スケルトンのケンタ御一行様ですね~。確認しますので少々お待ちくださいませ~」
迎え入れたのは全身をぐるぐると包帯で巻いたムーという名前の仲居さん。種族はマミーだ。包帯が服代わりをしていて、普段は包帯以外身につけていないことが多いのだけれど、今はちゃんと着物を着てもらっている。なぜなら、天候や気分によって巻かれる包帯の数が変わり、明らかにR-15くらい露出の多い格好になってしまうことがあるからだ。
ちなみに彼女はというと、本来は誰か怪我をしたときの救護係としてこの旅館にいた。しかし別館に勤めれる仲居さんが不足していたため、急遽仕事を変わってもらったのである。
「…………はい、二十名。確認終わりました~。用意する物がありますのでここで少々お待ちくださいね~」
ムーはここから見て一番手前の客室へと入っていく。不死系の観光を手助けするある物がそこにもう置いてあるのだ。
さて、ムーが持ってくるまでの間にこの別館の説明をしておこう。
造りは本館とほとんど同じで、受付ロビーに客室、大浴場がある。違いと言えば調理場がないくらいだ。
内装は不死系専用。ぽうっとした蜜柑色の薄暗い明かりに、風通しの良い廊下。においが立ち込めるのを防ぐためである。
しかしそれでもやはり多少においは残る。なのでこの別館で働く従業員は、においに対して全く気にしない不死系、もしくは鼻の効かない魔物に限られるのだ。
俺としても今は鼻をつまむのを我慢して案内をしているし、これが毎回別館の接客となれば相当辛い。今回は急遽ムーに仲居さんを頼んだが、こちらの従業員も増やさなければ、確実に足りなくなるだろう。
「お待たせしました~」
ムーが客室から出てきた。自身の包帯を使い、物をぐるぐるに巻いて運んできたため、先ほどまで頭に巻かれていた包帯がなくなり顔が露になっている。
ショートヘアで、片目はずっと閉じたまま。年齢は俺と同じくらいに見える。傷はなく怪我を負っているから包帯を巻いているわけではなさそうだ。
「こちらになりま~す。スピネルに観光に行かれるときは是非こちらを身に付けてくださ~い」
ムーが包帯をほどく。
「ほ~う」
「ア……」
「む……」
「かわいい~」
姿を現わしたそれにお客さんはそれぞれ声を漏らした。俺がそれについて説明する。
「こちら『着ぐるみ』になります。足や腕にそれを身につけた後、頭のかぶり物をかぶってくださいませ」
ルシフが猫耳を買ったというコスプレ店は、何も体の一部を付ける猫耳や鬼の角だけではなく、全身に身に付ける着ぐるみも置いてあったのである。デフォルメされた犬、馬だけでなく、ゴーレムやスライムなど種類も豊富だ。それらを今日のために色々と買ってきていたのだ。
「これらを着ていけば注目は集めるでしょうけど、少なくとも怖がられたり、嫌がられたりすることはないと思います」
見た目はもちろんのこと、むさい男が入っていても周りに気付かれないくらい、においを閉じ込める効果がある。見た目、においの問題は解決するはずだ。
「へぇー……うんいいんじゃないか」
「ボク、キル」
「じゃあわったしも~」
お客さんがそれぞれ気に入った着ぐるみに入っていく。スケルトンとグールは普通に入り、リッチは能力『憑依』により着ぐるみ自体を動かしている状態だ。
火の魂は燃やさないようにしているのか、着ぐるみ触れないよううろうろ落ち着かない様子。彼らには、フェーダさんお手製防火仕様のスライムの着ぐるみを渡してあげると、すぐに中に入ってくれた。
浮かんでいるスライムに違和感はあるけどまあ気に入ってくれたならいいだろう。
唯一着ていないのは吸血鬼三人だけである。
「私はこんなかわいらしいものなど着ん!」と、プライド? が高いのかお気に召さなかったようだ。
うーん、吸血鬼は見た目は問題ない……というか格好良いから別にいいんだけど血生臭いにおいがするって聞いてるしなぁ……ん?
吸血鬼に近づいてみて気付いた。血生臭いにおいなんて全然しない。むしろ――
「お客様良い香りがしますね」
俺がこのようにほめると吸血鬼の一人は当たり前とでも言うように
「香水は紳士の嗜みだからな」
と答えた。
不死系はにおいを気にしないと聞いていたんだけどなぁ、と不思議に思っていると俺の隣に寄ってきた憑依された着ぐるみが耳打ちをしてきた。
「嗜みとか格好つけてるけど、ただ他の種族からもモテたいからなんだよ~」
「そこ、うるさいぞ」
「はいは~い、すみませんね~」
吸血鬼から注意を受け、リッチが俺から離れる。
そうか、観光に来るのに自分で対策をしてくれたわけだな。こちらとしてはかなり助かる。
これでお客様全員のスピネル観光への準備は整った。
「それでは皆様準備が整いましたら、スピネルへお送りするスッパリ君のところまでご案内いたします。よろしいですか?」
みなが頷く(火の魂は上下に動いている)のを確認したので、俺とムーは超蜥蜴のスッパリ君のところまで案内をする。
お客さん全員が荷台に乗ったことを確認し、スッパリ君に出発の合図をすると、二十名が乗った荷台はスッパリ君に引っ張られ軽々と動き出す。
「「いってらっしゃいませ(~)」」
俺とムーはお辞儀をして彼らを見送った。




