ヒントは猫耳?
「うああああぁ……」
客室の清掃が終わった午後のひと時。俺は休憩室のテーブルに上半身を預けて突っ伏した。みっともない姿なのは分かってるけど、今この部屋にいるのはカトレアとリムだけなのでまあ別にいいだろう。
「だ、大丈夫かにゃ!? センカ呼んだ方がいい!?」
「……やめてくれ」
ただ疲れているだけで、大事にはしたくない。
「じゃ、じゃあご主人様呼ぶ!?」
「それはもっとやめて」
とっさにカトレアの腕をつかんで引き止める。
今ルシフなんて呼ばれ、抱きつきに来られたら、避ける元気もないし、精神的にもっと疲れるのは確実だ。
「じゃあどうすれば……」
――と、おろおろするカトレア。そんな彼女の肩をトントンと叩いて、リムは一枚のメモを俺に隠すようにしてちらっと彼女に見せる。するとカトレアはうんうんと頷いて、黙ってしまった。
カトレアが静かになるなんて珍しい。何が書いてあるのか気になり、素早く手を伸ばしてそのメモ用紙を奪い取る。
えーと、どれどれ……『たぶんアノ日だから今日はそっとしておこう』
「――って、違うわ! 生理なんてねえよ!」
ガバッとテーブルから起き上がってリムにつっこむ。
二人は「あっ、そうか~」とでも言うように手をポンッと叩いて納得している。これはもう会うたびに男だと言わないと、そう認識してもらえないんじゃないだろうか……。
「ただ不死系の魔物たちが、スピネルを楽しく観光してもらえるような良い案が全然思いつかなくてなぁ……」
もう来客されるまで三日しか残されていない。なのに思いつく案はどれも中途半端なものばかりなのである。
例えば、見た目を和らげるためにサングラスやマスク、手袋、フードを着用して正体を隠す方法だ。しかし、そんな姿じゃあ不審者に見えてしまうので、避けられるだろうし、悪ければ警備兵からの尋問される可能性もある。それににおいの問題も残ったままだ。
また、においの問題解決として、スピネルに寄る前にこちらに来ていただき、体を湯で流してもらうことも考えた。しかしこれも吸血鬼の血生臭さくらいは一時的にとれるだろうけど、元より体が屍の鬼『グール』に関してはちょっとやそっとじゃにおいは消えない。
このように見た目、においの解決はどちらも詰んでいるのである。
「もういっそのこと諦めちゃったらダメにゃの? 絶対じゃにゃくて希望にゃんでしょ?」
「ダメじゃないけどさぁ……ここに来られる不死系の魔物はやっぱりスピネルの観光がメインだと思うんだよ。こんな質問をするくらいだし。だからこちらからの提案があってもなくてもスピネルには行くはず。そのときに嫌な思いをされるのは後味が悪く感じるんだよなぁ……」
『思い詰め過ぎは体に毒』
「そうそう! ティナはお客のことを気遣う前にまず自分を気遣うべきにゃ!」
「…………そう、だよな」
二人に心配され思い直す。
時間がないと焦りすぎていた。不死系という特殊な種族と言うことで意識をし過ぎていたのかもしれない。彼らに最高のおもてなしをと意気込んで、他の今来られている方へのサービスが低下したら、それこそ何をやっているんだって話だ。
「心配してくれてありがとな。じゃあ今はちょっと休んで、夕方からの仕事も頑張りますか――」
さて、気持ちを切り替えよう。そう思ったところで休憩室の扉が勢いよく開け放たれた。
「見つけたのじゃー!」
現れたのはルシフだ。
赤と紫の入り混じった毒々しい袴を身につけているのはいつも通りだけど、なぜか頭には猫耳がついている。
なんで猫耳が?
――と疑問に思い、三人ともぽかんとしているうちに、ルシフはカトレアの背中に抱きついた。
「レッアにゃ~ん! にゃんにゃんプレイしましょ~なのじゃにゃ~!」
そのまま彼女の体をさすさすとなでるルシフ。
無理やり『にゃ』を入れていて、語尾が変なことになっている――のはひとまず置いといてだ! この野郎、またセクハラをしに来やがったか!
「にゃはははははは! ご主人様! わひ、わき腹はくすぐったいのにゃ!」
なんとかして引き剥がそうと思うのだけど、くすぐられている彼女が暴れまわるので、そう簡単にはいかない。リムも攻撃しようと拳は振り上げているものの、カトレアに当たってはいけないので、動きたくても動けない状態だ。
「ふふふ、このために猫耳を買ったのじゃ。ここか? ここがええのんか、にゃ~」
……調子に乗ってやがる。ただどうすれば……あ。
「ルシフ! こっちだ!」
「にゃんじゃ~、ティナは後から構ってやろうと思っておったのに、仕方ない奴じゃにゃ~……あ……」
俺の呼びかけにこちらを向いたルシフは一瞬で顔が青くなり固まった。
「にゃんでフェーダがここに……確かに撒いたはずじゃのに……」
俺の隣にはいつのまにかフェーダさんが立っていたのである。こちらもなぜか犬耳をつけた状態で。
「がおー、狼です。悪い子猫は食べちゃいますよ♪」
「違う……狼ではない。……その顔はお、鬼じゃ……」
逃げようとするルシフをすぐさま捕まえるフェーダさん。
「それでは……」
ガリッ! ゴリッ! ゴリッ! …………。
「こんなものでしょう。猫は狭いところが落ち着くと言いますし、しばらくこのままにしておきましょうか」
そう言ってフェーダさんは関節をはずされぎゅうぎゅうに箱詰めされたルシフを両手でかかえる。そのまま休憩室から出ようとしたところで一度足を止め、こちらに振り向く。
「あっ、そうだクレスさん。一つお伝えしておくことがありました。つい先日スピネルに出かけたとき仲居さんの募集をかけてみたのですが、あいにく一人も見つかりませんでした」
「あいつがお祝いに一人くらい寄越してくれればよかったんじゃがのう」
ルシフがくぐもった声でフェーダさんの後に続ける。一応箱詰め状態でも意識ははっきりとあるみたいだ。
「あいつって誰かにゃ?」
「知り合いの旅館の主人です。スピネルに出かけたのももともとその方に呼ばれたのが理由でして」
「結局旅ランのランクインおめでとうと言われて、ご馳走になってきただけじゃがな。せっかくならご馳走より仲居のほうが欲しかった」
さすがに仲居一人もらうのは無理な話だろう。ご馳走されたのなら十分お祝いしてもらえたんじゃないかと思う。
「まあ仲居さんはもう少し後でも大丈夫そうです。今お客さんの数はそれほど多くはないですからね。……あのひとつだけ気になっていることがあるので聞いていいですか?」
「いいですよ。なんでしょう?」
「なんで犬耳付けたままなんです?」
「…………」
なぜか黙ってしまった。ほんのりと顔が赤くなっているようにも見える。黙りこむフェーダさんの代わりにルシフが話し始めた。
「これはのう、スピネルの『こすぷれ店』とかいうところで見つけたのじゃが、ワシもフェーダも似合っていてのう。つい衝動買いをしたのじゃ。ここ数日はずっと付けておったからたぶんはずすのを忘れ」
――バタン!
急に箱にふたがかぶせられ、ルシフの声は聞こえなくなる。
「それでは失礼します」
ふたを閉めた直後、一言告げるとフェーダさんは逃げるようにして休憩室を出て行った。
「『こすぷれ店』って何だったんだろう?」
カトレアが不思議そうに首を傾げるとすぐにリムは簡単な説明を書いて見せてくれた。
『変装用の衣装を売ってる店。都市で流行っているみたいで種類・種族も様々みたい』
「へ~」
大人のグッズのお店というわけではないみたいだ。
流行に疎くなっているなぁと頷いていたら、脳裏にある考えがひらめいた。実行できるかどうか確認するために一つだけリムに質問する。
「もしかして――――」
彼女がこくりと頷いたのを見て、俺はすぐさま行動に移した。




