不死系の魔物がやってくる
「はぁ……どうしようかねぇ……」
ルシフとフェーダさんを見送ったその日の夕方。本日の俺の仕事が終了したので、「おつかれさまです」と一言挨拶しに受付ロビーへ戻ると、ぼろぼろ手紙を持ったセンカさんがそこでため息を吐いていた。
「どうしたんですか?」
「……ああ、ティナかい。ちょっと厄介なことがあってねぇ……まあこれを見な」
センカさんから手紙が渡される。それを上から読んでいくと――
……なになに、旅館の予約は二十名、日程が一週間後と。
「……? いいことじゃないですか。団体客ですよ?」
「お客の数はね……まあ二枚目を見てみな。お客の情報が足りてなかったからもう一度手紙を出してもらうよう頼んだんだけどねぇ。その返事がその手紙さ」
俺は一枚目と二枚目の上下を入れ替え、目を通す。そこに書かれていたのは――
代表者名、それに来られるお客さん全員の種族、最後に補足か……。
代表者名は宿泊当日に本人(本魔)確認するため、種族はどのような大きさの部屋が空いていればいいか、またどんな料理を出せばいいかなどを確認するためである。
種族を一通り見て、センカさんが悩んでいた理由が分かった。
「あー……不死系の魔物ですか……」
手紙に書かれていた種族はスケルトン、グール、リッチ、吸血鬼そして火の魂だ。たぶんこの予約はよく来客される火の魂の紹介によるものだろう。
「そうなのさ。部屋とかサービスはゲンゾーにでもアドバイスもらったらいいとして、他のお客が不死系の魔物を見てどう思うか……」
「驚くでしょうね、夜だと特に」
かくいう俺も最初ゲンゾーさんを見たとき、驚いて逃げてしまった過去がある。もし子供が見かけたりなんかしたら軽くトラウマになりかねない。
「それに見た目だけじゃない。においも問題があるのさ。吸血鬼も血生臭いがグールはもっとひどいね」
「なるほど、それでこの補足ですか」
補足には『ショッピングを楽しみたいので、街に行っても嫌がられない、良い方法があれば教えて欲しいです』と書いてあった。自分達が怖がられ、避けられるという自覚はあるみたいだ。
「まあ補足って書いてあるし、無理してお願いを聞く必要はないんだけどねぇ。とはいえ普段は辺境の地に住んでいる種族がわざわざ遠出してここを選んで来てくれるんだ。ちょっとは助けになってやりたいじゃないか」
センカさんの言葉に黙って頷く。
俺だって来てくれるお客様には全力でおもてなしをしてあげたい。
……しかし見た目とにおいの問題か…………解決方法がすぐには思いつかないなぁ。
「……おっと、仕事の終わりの時間だってのに長々と話しちまったね。この話はひとまず頭の隅にでも置いといてくれよ」
「わかりました。それでは、お疲れ様です」
センカさんと別れ、寮の自分の部屋に戻る。
結局この日解決方法は全く浮かばぬまま、次の日を迎えた。
「おっはよ~! ……あれ? あれれ? 朝っぱらからどうしたのにゃ? 元気にゃさそうに見えるけど」
女子寮を出てすぐ、カトレアに出会う。
朝からテンションが高く、おでこに手を当て熱を測られたり、脈を測られたり、ひざをコンッと叩かれたり、肩をもまれたり……明らかに適当な診察をされる。
「異常にゃ~し! ……と思うけど(小声)、にゃにか精神的なものかにゃ? ティナも怒られたりしてる?」
「単に寝不足なだけだよ。……ってか『も』ってまた怒られたのか」
「にゃはは、みゃあね~、でもウチだけじゃにゃいみたいよ」
……ちょっと抜けているカトレアはともかく他の同僚もか。スピネルからの人、魔物が来客されるようになってからまだ日は浅いので、クレームがやや多い気もするけど……やっぱりまだスライム以外の接客に慣れてないんだろうか?
「みゃあ気持ちは切り替えて今日頑張るにゃ。それよりにゃんで寝不足? みゃ~たおもしろそうなことに手を出してるのかにゃ~?」
「おもしろくはないんだけどなぁ……」
しかしこのまま言わないでいても、今日、明日、明後日と食い下がられるわけで。それなら今話すほうが気が楽だ。なにより秘密にすることでもないんだし。
――というわけで、昨日のセンカさんとの話を教える。
「ふ~ん……わかんにゃい! みゃあティナが一晩考えて思いつかにゃかったんだから、ウチが早々思いつくわけにゃいか」
う~ん、俺を基準にして欲しくはないなぁ。カトレアにしか分からないこと、発想できないことは必ずあるのに。
「とりあえずはゲンさんのところに行くのかにゃ?」
「ああ、そのつもり。カトレアも一緒に行くか?」
「う~ん……今回は遠慮しとくかにゃ~……。ゲンさんと話すのはちょっと苦手だし」
ああ……確かに固い考えのゲンゾーさんと軽いノリのカトレアじゃあ、反りが合わなそうだもんなぁ。イメージとしては頑固親父と思春期の娘みたいな。うん、いろいろと話がこじれそうだ。
「そうか、なら一人で行ってくるわ」
「じゃあ、みゃた後でね~!」
カトレアに大きく手を振られ、俺は見送られた。
女子寮からルシフ宅を通り過ぎ、男子寮へ。さらに男子寮の奥の小さな小屋にたどり着く。
ここがゲンゾーさんの住む家である。自分で建てたらしい。
「ゲンゾーさんいますか? クレスです」
木製の扉をノックする。するとすぐに声が返ってきた。
「クレス~? 聞いたことねえぞ。誰だてめぇは?」
ん? どういうことだ? と一瞬思考が停止したが、そういえばこの旅館ではフェーダさんしか『クレス』と読んでくれないことを思い出した。
「えっと…………あ、あの、ティナです」
そう答えると、きぃーと扉が開き、ゲンゾーさんが姿を見せた。
「なんでぃ、お前か。まったく名が二つあるなんて人間ってのは面倒なぁ」
……名前じゃなくてあだ名です、とつっこめるわけもなく、小屋の中にお邪魔する。
六畳の畳が敷かれた部屋の真ん中に卓袱台一つ置いてあるだけの質素な部屋だ。
「まあ座れや。珍しく俺っちのもとに来たんだ。なにか話があるんだろぅ?」
ゲンゾーさんに言われるがまま座布団に正座。ゲンゾーさんはというと俺の正面に勢いよくドカッと座った。……座ったときにポキッと骨が折れるような音が聞こえたけど、彼が平静を装っているので気にしないでおこう。
「まずは遅くなりましたけど、改装してくれたお礼をと思いまして、あのときはありがとうございました」
「はっ、なぁにお前は結果を出した。それに応えねぇのは男が廃るってもんだ」
ゲンゾーさんは恥ずかしいのか目線を逸らして言う。
「それでここからは相談、いや教えてもらいたいことがあるんですけど……」
俺は昨日のセンカさんとの話をし、不死系の魔物に対し、どのような部屋を用意したらいいか、また他の不死系以外のお客さんとの衝突をどう防ぐかを尋ねた。




