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旅バト!  作者: 染莉 時
第三章:妨害!?
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まさかの再登場

『移動用の魔物を用意したのじゃー!』


 女将のセンカさんより、ルシフの知らせを受け、朝の配膳後時間が空いた隙にすぐさまルシフ宅に向かう。

 旅館の状況はやはり芳しくない。すれ違うお客さんの数はやはり少なく、スライムや火の魂(ウィスプ)以外は団体客ではなく、個人客がほとんどだ。

 魔物ばかりが従業員の旅館という、他にない旅館を一目見ようと来る変わったお客さんなのだろう。でなきゃここまで長い距離を歩いて来ることはまずないはず。もちろん馬車などをレンタルして来るお客さんもいるが、レンタル料は当然必要となるので、その数は少ない。

 なので、これを機に新規客だけでなく、これまで来てくれたお客さんも移動の苦労をせず、今度こそゆっくりしていただければいいなぁと思う。


『どこ行くの?』


 前からやって来た俺と同じ仲居のリムに声を――いや、メモを見せられる。


「ああ、ルシフのところにちょっと用事があって……」


『私も同じ』


 リムは一枚メモをめくり、素早く文字を連ねていく。


『仕事に関して。他に回してもらおうかと。最近あの子達の来客が減ったから』


 あの子達と言うのはスライムのことだ。先月、リムが接客するお客さんはすべてスライムだったけど、最近は減ってきて時間が空いたから他の仕事もしたいのだろう。


『最近カトレア落ち込んでたみたいだし、支えになればなぁなんて』


 あっ、そういう理由もあるわけね……確かにカトレアとリムが離れ離れの仕事は多かったからなぁ。


「そうか……あれ? でもじゃあなんで逆方向に?」


『ルシフさん宅に行ったら『外出中』って札が。行き先は旅館の入口だって』


 なるほど。もしかするとすでに移動を手伝ってくれる魔物が来ているのかもしれないな。

 俺は回れ右をして、来た道を引き返――そうとしたところで肩にトンっと手を置かれた。


『話は変わるけど、この前カトレアと()()で出かけたよね。あれってデート? 違うよね? ね?』


 振り返ればメモを顔の真横に掲げたまま、ガン見してくるリムの姿が!? 普段おとなしいから余計怖い! これはあれか!? カトレア分(カトレアから発せられる元気成分)が不足している反動なのか!?


「ち……違うからあああ!!!」


 言い知れぬ恐怖に、思わず大声を出して走って逃げてしまう。

 カトレアとリムが同じ仕事に取り掛かれるよう、俺からもルシフに進言しておこう。

 そう心に決め、急いで旅館の入口へと向かった。




 息切れしながらたどり着いた旅館の入口。

 ちょうどお客さんを送りに来ていたカトレアがいてくれたおかげで、リムが落ち着いてくれたのは助かったのだけれど……。


「…………なあルシフ、これは……何?」


 目の前に映るのは巨大な生物。その後ろにはひもでつながれた車輪付きの大きな荷台がそこにあった。


「何って知っておろうが。忘れたのか?」


 ルシフの問いに俺は首を振って否定の意を示す。

 知っている……ってかこんなインパクトのある魔物を忘れるわけがない。ただこいつがお客さんの送迎をするなんて信じられないだけなんだよ!


「一応確認しておきたいんだけどさ、そいつが用意したっていう移動用の――」


「そうじゃが?」


 当然とでも言わんばかりに即答される。


「じゃあ言わせてもらうけど……」


 俺はゆっくりとその生物を指差し、ルシフを問い詰める。


「なんで超蜥蜴スーパーリザードなんだよ! さすがにお客様は怖がって乗らないだろ!?」


 そう、目の前の巨体は、以前俺達が森へ向かうのに乗せてもらった超蜥蜴スーパーリザードなのである。七メートルはある体長に、大の大人を丸呑みできるくらいの大きな口。まともに戦えば軍が出動しなければならないほどの強さ、危険度S級だ。


「なにを言っておるか。ティナも乗ったのじゃからそれほど怖いものではないことは知っとるじゃろう」


「それに万が一にもお客様を襲うなんてことはありませんよ。そんなことをしたらどうなるか位は分かっているでしょうし……ねえ?」


 フェーダさんがそう付け加え、にっこりと超蜥蜴スーパーリザードの方を見ると、巨体の背中がビクッと大きく動いた。


「安全なのは分かりました……というか分かってますよ。ただ判断するのはお客様の方なので、見た目で怖がっちゃうんじゃないかと――」


「あっ、お客様にゃ」


 カトレアがトントンと俺の背中をつついて、お客さんが来たことを教えてくれる。

 すぐさま話を中断し、お客様に向かってお辞儀をする。もちろんルシフも頭を下げる。

 入口から出てきたお客さんは鋭い犬歯と犬耳が特徴的な男の人狼ワーウルフと髪の先が蛇頭の蛇髪女メデューサの若いカップルである。どちらもアクセサリーを取り付けていてチャラチャラした印象を受ける。


「うおっ、なんすかこいつは!?」


「やっべ、マジでっけー」


 カップルはどちらも超蜥蜴スーパーリザードにびっくりしているようだ。当然の反応である。


「こちらはスピネルまでお客様をお運びする超蜥蜴スーパーリザードになります。ここまでの景観を眺めつつ、楽にお帰りになることができるよう今日から始めたサービスなのですが、いかがですか?」


 フェーダさんが説明をして、お客さんに利用を勧める。

 さすがに断られるだろう……と思っていたら、


「あっマジっすか!? もちろん乗るっす! ここまで結構距離あったっすからねー。他の客を待ったり……もしなくていいんすか、よっしゃ!」


「貸切とかマジ豪華じゃな~い?」


 と、二人とも超蜥蜴スーパーリザードの利用をまさかの快諾。


「……あの~、怖くはないんでしょうか?」


 快諾してくれたことに、俺の方が驚いたので、気になって聞いてみると、


「まあでかくてびっくりしたっすけど~、宿が用意したもんなんで大丈夫っしょ? それに怖いのならこいつの方が――いったた!」


「あはは、それ以上言ったら石化覚悟だかんね」


 蛇髪女メデューサの髪の蛇が彼のほほに噛み付く。彼はそれに慣れているらしく、噛み付かれた状態で話を続ける。


「じゃあ石化される前にこれから街でショッピングするのでそろそろ出発しよっかなー……ここに乗ればいいんっすよね?」


 彼は噛み付かれたまま彼女の手をとり、荷台に乗り込む。


「あっ、そうだ。ここの料理長にまた食べに来ますって伝えてくれるっすか?」


「マジちょー美味かったんで~」


「ありがとうございます。伝えておきます」


 フェーダさんがお礼を言い、ルシフが超蜥蜴に出発の合図をする。


「それでは、またのお越しをお待ちしております」


 フェーダさんに続いて、俺達全員がお辞儀をして、二人を見送った。


「…………なっ、ワシの言った通り大丈夫じゃったろ?」


「まあな……いやそれでも馬車のいくつかは用意しといてくれ……たぶん、少なからず怖がる奴もいるだろうから」


 さすがに目の前で怖がらない例を見せられたのだから納得せざるを得ない。

 やっぱり価値観というか感性は人……いや魔物それぞれなんだなぁ。


「ふむ、分かった。どちらにせよあいつ一匹じゃ足りんと思っとったからの。馬車じゃともの足りん気もするがまあいいじゃろう」



 

「それではルシフ様そろそろ私たちも」


「んにゃ? どこかにお出かけするの?」


「うむ、ある奴に呼ばれておっての……ワシとしてはあまり会いたくないのじゃが……。まあそれはついでとして、働き手も探すつもりじゃ」


 移動用の魔物に次いで仲居さんも探してくれるのか。仕事が早くて助かる。

 それにしてもある奴って誰なんだろう? ルシフなんかを呼び出すなんて変わった奴なんだろうとは思うけど……。


「というわけで旅館を一日空けることになるが、よろしく頼むぞ。寂しがったりするんじゃないぞ!」


「わかった。寂しがったりはしないけどな」

「オッケーにゃ。寂しくはにゃいけど」

『了解。さみ(以下略)』


 俺達三人の答えに少しは落ち込むかと思ったけど、ルシフは

「まったくうちのみんなは恥ずかしがりなんじゃから~」

 と全く気にする様子もない。


「それじゃ、行くかの」


 そう言ってルシフはフェーダさんの背中にぴょんと飛び乗る。


「では、行ってきます」

「行ってくるのじゃ~」


 フェーダさんはおんぶしたまま駆け出し、あっという間にその姿は小さくなっていく。あのスピードなら確実に先に出て行ったカップル二人を追い抜くだろう。


「行ってらっしゃいを言う暇がなかったな」


「みゃああの速さじゃ無理にゃ」


『さすがフェーダさん』


 俺達はそのまま通常の仕事に戻る。

 一応提案の一つ『移動用の魔物の雇用』はクリア……かな?



 ――ちなみに、都市スピネルに着いた超蜥蜴スーパーリザードは、その巨体が目立たないわけがなく、あっという間に有名になった。そのおかげで旅館に来てくれるお客さんが増えるのは少し後のことだ。

 また、ルシフが旅館に戻った後。いちいち超蜥蜴スーパーリザードというのは面倒と言う理由で、ルシフがその魔物を『スッパリ』と略し、旅館全体にはその名前で呼ばれるようになるのだった。


雇われた超蜥蜴は『スッパリ』と言う名前を気に入ったようです

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