観光地の発掘
「も~う、にゃんにゃのにゃ~あの客は~」
朝食の配膳が終わり、休憩室に戻る最中。一緒に歩いていたカトレアは猫耳を赤くしてぷんぷんと怒っている。
「あの肉料理は冷めてるわけじゃにゃいのに~、あそこまで言わなくてもいいと思わにゃい!?」
理由は人間客からのクレームだ。カトレアが怒鳴られていたところに、俺が助けに割って入っていったのである。
「そう思うけど……カトレアもカトレアだぞ。あんなに不満そうな顔をしていたら、余計相手の気分を悪くするだけだって。そういうときは、すみませんと一言置いてから料理の説明をしてあげればいいんだよ」
「でもあんにゃにいきにゃり突っかかってくるにゃんて~……」
カトレアの言い分も分らないわけじゃない。だけど、お客さんの中には短気な者、自分の言い分が正しいと信じている者など少数ではあるだろうが必ずいる。そういう客からのクレームはこちらが理不尽と思っても、度を越していない限りは顔に出さず、客として接するしかない。
「まあ変だなと思う客はあまり気にしないほうがいいな。頻繁に顔を合わせるわけでもないんだし。……もちろん他のお客さんと同様のおもてなしは必要だけど」
「はぁ~い、そうするにゃ。しかし今のこのもやもやした気持ちはどこにぶつければ…………そうにゃ!」
何かを思いついたらしく、カトレアの耳がピーンと立った。
「外にお出かけするのにゃ! 今日は晴れてるから駆け回れば気分転換ににゃりそう!」
「俺達仕事中なんだけど?」
俺が注意するようにこう言うと、彼女はのどの奥でくっ、くっ、くっと笑う。
「ウチが思いつきで言ってると思ってるかにゃ? ……甘い! 和菓子ぐらい甘過ぎる! ちゃんと言い訳は考え済みにゃ!」
…………言い訳かよ。……ただ、いつもはほぼその場のノリで言葉を口にするカトレアが、久しぶりに考えて話すんだ。言い訳でも何でも聞いてやろうじゃないか。
「前にティナが言ってたと思うんだけど、観光地の都市から遠いからなかなか客が増えにゃいんだよね?」
「まあ原因のひとつではあるな」
「逆にこの辺に観光地があれば、こっちに来てくれるってことににゃらにゃい? だから観光地の発掘を理由に出かける。これにゃらどう!?」
ドヤ顔――いや、ドニャ顔でこちらを見てくるカトレア。
都市から観光客を呼ぶのではなく、観光地自体をこちらに作る。方法としては一理ある考えだ。実際スライムの客が爆発的に増えたのもリムを見に来るという目的があったことに因る。
しかし……
「悪くない考えだと思う。でもそんな都合よく観光地なんてあるのか? 近場じゃないと意味ないぞ?」
あまり離れると治安の悪い場所に行き当たり、野盗に襲われる可能性も出てくる。移動手段が徒歩であることも考えるとできるだけ近いほうがいい。
「ふっふっふー、実は当てがあるのにゃ。この前散歩してたらきれいにゃ場所を見つけちゃって。それが観光地になりえるかティナに判断して欲しいのにゃ」
なるほど。それならいろんな場所を回る必要もなく、仕事は少し抜けるくらいで済むだろう。
……しかし、仕事をサボることに関してはかなり頭が回るなぁ。仕事の効率化とか考えてもらえば良い案が出てくるかもしれない。
「分かった。じゃあこの後センカさんに相談してみよう」
「はいにゃー!」
さっきとは一転足取りが軽くなったカトレアと一緒に休憩室に向かった。
……結局、休憩室にいたセンカさんに外出したいとの旨を伝えると、
「また何か企んでんのかい? まあ楽しみにしとくよ」
と、あっさり許可をもらえた。俺達の穴埋めはリムを含む他の仲居さんが頑張ってくれるとのこと。
――というわけで俺とカトレアは今、旅館から出て北へ少し歩いたところの森の中にいる。
「ふんふ~ん♪ やっぱり外は気持ち良いにゃ~♪」
鼻歌混じりにスキップするカトレア。昼からの仕事――客室の清掃を逃れたのが嬉しいのか上機嫌だ。
「ぽかぽかの良い天気~♪ はぁ~寝転がってお昼寝したい気分だにゃ~」
「さすがにそれは止めなさい」
転がったら仕事着――着物が汚れるし、なにより今は外出しているとはいえ仕事中だ。
「も~う、分ってるって、ちょっとした冗談にゃ~――うにゃっ!?」
「――っと」
落ちていた小枝に足を引っ掛け、前のめりに転びそうになったカトレア。俺は彼女の着物の『繰り返し』(首の後ろ部分)をとっさに掴み、体を支えた。
「ふい~、セ~フ」
カトレアは額を手で拭う。体は俺に委ねられたまま。いくら彼女が小さくて軽いとはいえさすがに腕一本で支えるのはきつい。
「そろそろ自分で立ってくれない?」
「う~ん、もうちょっとこのみゃみゃで……落ち着くのにゃ~」
猫の習性によるものだろうか? のぞきこんで表情を見てみるとると気持ち良さそうに目を閉じていた。まあ少しなら……いっか。
その後、自分で歩き出したカトレア。森が深くなる中、彼女についていくとあるものを見つけた。
さらさらと流れる幅三メートル、足首がつかるほどの深さの小川である。水は澄み、水面からは小魚が何匹か泳いでいるのが確認できる。川の周りには様々な大きさの、角がやや丸くなった石がごろごろと転がり、川の両側を埋め尽くしていた。これだけでも十分美しい景色である。
「この川が目印にゃ。あとは川に沿って歩いていけばいいにゃ」
聞いてみると、どうやら前に散歩に来たときも、この川を見つけてから魚を眺めつつ追っていたら、その目的地とやらに着いたらしい。
上流へ向かって歩くこと約十分。
ごつごつした石が見られるようになり、川幅も半分ぐらいになったところで、俺達はついに目的地に着くことができた。
「はぁ……これは……」
思わず感嘆の声が口から漏れる。
目に飛び込んできたのは身の丈三倍を越えるごつごつした岩壁。その岩肌をなめるようにして透明な水が流れる。
そして、大きな音を立てることなく滝壺へと流れ落ちた水は、一箇所に集まり下流へと流れていく。
流れる幅は五メートル。まさに水のカーテン。迫力のある滝ではないけど、これはこれで趣のある絶景だ。
「見て見て~。こっちには小さい魚がいっぱ~い! おいしそうだにゃ~!」
浅い滝壺に突き出ている岩の上にぴょんと飛び移ったカトレアは、水面を覗き込み泳ぐ魚を観察している。
「お~い、危ないぞ~」
「大丈夫にゃ。まったくティナは心配性にゃんだから~」
手をパタパタと振るカトレア。
さっきも転びかけただろ……まったく親の心子知らずというか……まあ俺はカトレアの親じゃないんだけどさ。
「で、どうかにゃ? ここは観光地ににゃり得る?」
カトレアの質問にしばらく考える。
周りの景色をよく見て、水の音、鳥のさえずりに耳を傾ける。
そして、十分に思案した後、自分の判断を伝えることにした。
「ここは誰が見ても絶景に値する場所だと思う。だからもちろん観光地になり得る」
「やったにゃ!」
カトレアが笑顔で万歳する――
「――だけど観光地にはしたくない」
が、続いた俺の言葉に「ええっ!?」と驚き、後ろにのけぞったかと思えば、
バシャーン!
と見事に滝壺の中に落ちていった。
滝壺は浅く、立てば足が着くくらいだったのでそのまま水底を歩いて岸に上がる。
そこで『獣化』により黒猫の姿になったカトレアは着物を脱ぎ捨てて、ふるふると体を振って水をとばした。
「……言わんこっちゃない」
「ふにゃ~、ティナがびっくりさせるからでしょが~!」
しゃがみ、目線を近づける俺に、彼女はぷにぷにと肉球でほほを叩いてきた。
正直癒される。
「にゃんで観光地ににゃり得て、観光地にしにゃいの~!」
怒る彼女に、まあまあと頭をなでて落ち着かせてから、なぜ観光地にしたくないかの理由を話すことにした。
「……観光地にするってのは良いことばかりじゃないんだよ。ゴミは増えるし、騒がしくもなる。前者に関しては俺達で拾ったり注意したりすることで、景観は守られると思う。でも問題は後者で、声そして足音は注意するだけでは難しい。ここが騒がしかったらどう思う?」
「……う~ん、にゃんて言うか……落ち着けにゃいのは嫌かも」
俺も同意見だ。何が嫌かと言われれば具体的に言葉にし辛いけど、絶景というのは見て、聞いて、肌で感じて、総合的に感動するものだと思う。そこで音が阻害されれば趣の半分近く失われる気がする。
「そうなんだよ。……ただなぁ……俺の意見であって間違ってることもあるし、見るだけでも絶景は絶景だし、他の人なら観光地にするかもしれないんだよなぁ……」
「でもティナは嫌にゃんでしょ? じゃあそれでいいじゃにゃい。ウチもここでのんびりできにゃくにゃるのはちょっと嫌にゃ」
「だけどセンカさんになんて言ったらいいか……」
「理由をちゃんと言ったら大丈夫にゃ! センカは甘いしにゃ……」
悪い笑みを浮かべたのはこの際見なかったことにしよう。
「わかった。じゃあもう帰るか。仕事を任せっぱなしじゃ悪いし」
「そうにゃ~、ウチも気分転換はできたし、残りの仕事は頑張るかにゃ~」
ぐぅ~と前足を伸ばして伸びをするカトレア。
「あっ、そうにゃ。ウチこの体だし、服運んでもらってもいいかにゃ?」
びしょ濡れの着物のほうに目を運ばせる。
「あ……いやいいけど、下着もあるよね?」
置かれているのは着物だけじゃない。当然脱いだばかりのパンツもブラ(胸の小ささからすればないか?)もある。異性がおいそれと触れていいものなのか――
「それがにゃにか問題でも?」
「あっ、はい」
普通に首を傾けられたので、そのまま下着も含めカトレアの着物を回収する。
旅館の改善だけじゃなく、彼女を含め従業員みんなの俺に対する意識も改善しなきゃなぁと思いつつ旅館に帰った。
――ちなみに旅館に帰った後、
カトレアの言うように、観光地の発掘ができなかったことをちゃんと説明したらセンカさんに怒られることはなかった。
が、さすがに着物をびしょ濡れにしたカトレアは怒られた。姉御口調で怒るセンカさんはなかなか迫力あり、途中カトレアは泣きそうになっていた。
これに懲りて不注意によるミスが少なくなればいいなぁ。




