今後の相談
前話のあとがきを即座に裏切るタイトル。こっちのほうがしっくりきたんです、すみません!
三十位という『おすすめ旅館ランキング』に名が載るすれすれの順位になってから一週間。俺は良くも悪くも客の移り変わりを実感していた。
まず良いところは、都市スピネルから旅ランを見た観光客がちらほらと来るようになったことだ。種族は化猫、人狼、蛇髪女など人型の魔物、そして人間。人型の魔物は人間と同じような暮らしをしていて、接客時に特殊な対応をする必要が少ないので助かっている。
そして悪いところはというと――
「スライムのお客さん減ったよなぁ……」
ここ数日、一日に訪れるスライムは百ちょっと。一般的な宿と比べれば十分な数だろうけれど、千を越えていたピーク時を考えれば圧倒的に少ない。スライムの来客数は今も減り続けているのだ。まあクイーンスライムのリムの所在がばれてから一ヶ月近く経つので当然と言えば当然と言える。ほとぼりが冷めてきているのだろう。
とはいえリム目当ての参拝(?)客は一定数おり、一日数十匹くらいで落ち着くと予想されている。
問題はスライムの来客数の減りに対して、他の種族の来客数が全然伸びていないことにある。このまま放っておくわけにはいかない。
――というわけで俺はいま仕事の合間を縫って、ルシフ家兼仕事場の前にきていた。
「おじゃましま~す」
扉を開け中にあがる。
「あら、いらっしゃい」
「おおー、一週間ぶりじゃのう」
迎える二人はまた部屋の中央で耳かき中だった。毒々しい赤紫の袴のルシフに黒スーツのフェーダさん。いつもの光景である。
すぐに膝枕していたルシフが起き上がる。
「こんなに頻繁に来てくれるとは、さすがにワシの株も上がったということか……旅ランにも名が載ったしのう……」
……はぁ、まだ浮かれてやがる。
「はっ!? つまり今のワシはモテモテ!? 気付くのが遅かった! これはすぐにでも街に向かわなけれ――びゃあ!?」
突然ルシフが白目を剥いて崩れ落ちる。
「……秘孔をつきました」
「耳かきで?」
「はい」
頷き意地悪な笑みを浮かべたフェーダさんは、座椅子を持って来てそこにピクピクと痙攣しているルシフをもたれかけさせる。さらに机、二人分の座布団、そしてお茶を用意する。その間たったの三十秒。早い。
「会議の準備はこれでいいでしょうか? 今後について話し合うんですよね?」
「そうですけど……会議みたいな大層なものじゃなくていいですよ。ちょっとした相談とお願いがあるだけです」
まあ机を取り囲むこの景色は、第三者から見ればくつろぎの空間にしか見えないと思うけど。
「……全然オーケーじゃ。何でも言うてみい!」
「復活早いな!」
「慣れておるからの! ただなぜか体は動かんが!」
体はぐでーと伸びたまま首から上だけが動いている状態だ。なでられたり抱きつかれたりする心配がないので、話をするにはちょうどいい。秘孔をついたというフェーダさんに感謝しておこう。
「じゃあ話を進めるけれど……最近スライムの客が減ってきているのは気付いてるよな?」
「馬鹿にするでない。それぐらいは承知じゃ。その分都市から魔物や人間がやって来ておるはずじゃが? 一日の収益はそんなに落ちておらんぞ?」
「それでも減る客数のほうが圧倒的に多いんだよ。収益に変化が無くても」
スライム一匹と人間もしくは人型の魔物では一泊の宿泊代が五~十倍ほとの差がある。一体当たりに必要な部屋の大きさ、食事の量などの違いがその主な理由だ。
「それに旅ラン上位を目指すんだろ? ならこの二ヶ月は前よりも厳しい状況になってるのは分かるよな?」
「う~む『客数』か……」
「問題となるのは『客数』だけじゃない」
俺がこう言うとルシフは首をひねり固まってしまった。しばらくしてフェーダさんが助け舟を出す。
「前回の結果ですでにポイントが低かったものはこれ以上問題になりにくいと思いますね。となると――」
「そうか! 『評価』じゃな!」
その通り。前回の評価対象はスライムが九割以上を占めていたのだ。さらにスライムのほぼ全てが、リムを見ることが出来て十分満足していたため、アンケートの十段階評価では十になっていた。
このアンケート対象が多種多様な種族にわたれば、確実にいまより評価は落ちる。正直なところ小さな魔物とターゲットに動いていたため、人間含めその他の魔物への接客、対応は全体でまだ平均的な宿屋のレベルでしかないのである。フェーダさんの前では言い辛いけど……。
「そう。そこでお願いしたいことが二つ。一つはここ――旅館『魔天楼』と都市スピネルをつなぐ手軽な移動手段が欲しい。都市からの客を増やすためにもね。そしてもう一つは人間や人型の魔物の接客が上手な奴をもう一人は雇って欲しい。いまはなんとかトラブルがあっても俺が対応してるけど、これ以上人間客が増えてきたら手が回らないんだ」
俺が頼み事を言い終えると、ルシフは「ふむ、それくらいなんともない。任せておくのじゃ」と二つ返事でオーケーを出してくれた。
「ティナ~、どこにゃ~! ヘルプにゃ~!」
外からカトレアの叫ぶ声が聞こえてくる。
「すみません、じゃあ俺はこれで」
立ち上がり、一つ礼をする。
「彼女たちのフォローお願いしますねー」
「また来るんじゃぞ~、できれば夜中に!」
二人の声を後ろに、ルシフ家から退出し、すぐさまカトレアの元に向かった。
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――クレス=オルティナが去った後。
「のう、フェーダ。ところでワシはいつになったら動けるようになるんじゃ?」
いまだ、ぐでーと座椅子にもたれかかったままのルシフは疑問を口にする。
「さあ、どうでしょう。一時間か、もしかすると二時間かもしれませんね」
「そろそろトイレに行きたいのじゃが!? このままでは漏らすぞ!?」
焦り、首だけをぶんぶんと振り、なんとか動こうとするルシフ。
「大丈夫ですルシフ様。そのときは責任もって世話をしてあげますから」
後三分もすれば動けるようになることを知っているフェーダは、彼を見て悪戯に微笑むのだった。




