まさぐる手
「う……んっ……」
照明の淡い光が顔に差し込み、目が覚める。
何時間くらい寝たのだろう。気分もだいぶすっきりしている。
――ふよふよ。
このウォーターベッドによる快眠のおかげか。
ぴったりと体にフィットして、全体を優しく包み込んでくれている。
…………ってここはどこだ?
当たり前のように疑問に思う。俺が目を閉じたときにいたのは草原の地べた。寝心地はこのベッドとは比べるまでもなく悪い。
……そういえば誰かに見つけられて運ばれたんだっけ。
記憶をたどりながら、ゆっくりと体を起こす。空腹のせいかあまり腕に力は入らず、起き上がるのにも一苦労する。
――広い部屋だ。
子連れの家族でも余裕で泊まれるくらいの広さ。
だけどなんだろう。落ち着かない。ベッド、机と最低限のものししかなく、色合いもないので部屋というよりは広い空間という印象を受ける。
……おっと?
部屋の入り口の方から誰かが入ってくる。
こそこそしているように見えるのは気のせいか?
「おっ!」
――目が合った。
銀髪ボブカットの少年だ。和装のはずなのに、その色合いが赤、紫と変に毒々しい。
「今しがた目が覚めたところかの? それは良いタイミングじゃ」
どうやら俺のことを知ってるみたいだ。ここまで運んできてくれた内の一人かな? それならここがどこか聞くのが一番早いか。今の状況を知る上でも。
しかし良いタイミングって……?
――バフッ!
「うわっ!」
ふと疑問に思った矢先、座っているウォーターベッドが大きく揺れた。
原因は単純明快。目の前の少年が急に飛びかかり、俺を押し倒したからだ。
「な、何を……」
のしかかる少年を引き剥がそうとするも、空腹で力が入らない。
「道端で倒れておったところ助けたのだから、そのお礼をもらおうと思っての。……どれ、そなたのすべてをワシに見せてくれんか?」
何を言ってるんだこのエロ子供は!?!?!?
「はーなーせー!」
俺は体をうねらせて抵抗する。
「恥ずかしがるでない! じきににヨクなる。……くくくっ、このためにフェーダの目をなんとかくらませたのだからな。じっくりそなたの体を味わおうではないか」
いやらしく手をワシャワシャとさせる少年。俺を見下ろす灰色の瞳が怪しく光る。
くそ、全力で否定したい事だけどこれはあれだ。
こいつ『も』勘違いしてやがる。
俺は部屋中に響き渡る澄んだ高音で叫んだ。
「待て! 俺は男だーーーーー!!!」
「はあ?」
きょとんとした顔を一瞬硬直するも、すぐに俺の体をまさぐり始める。
「何を言っとるか。くりっとした目に華奢な体つき。どこからどうみてもかわいい女子じゃろうが。まあ確かに胸はあまりないようじゃが……」
「当たり前のように胸を揉むなーー!」
くそ、言うだけでは駄目か。ほんと、いっつも分かってくれないんだよな。言葉遣いもできるだけ男らしくしてるってのに。――ってちょっとそこは!
「ひぅ!」
「――ん? この感触は……」
エロ子供の手が俺の下部のとあるところに触れる。
「これは……やはり『ついて』おるということか……?」
くそぉ、誰とも分からないやつに体中、挙句の果てには大事なところまでまさぐられるなんてすごく嫌な気分だ。
でもこれで男だと分かっただろうから、ようやく止まって――
「――っておい! 何で服に手をかけてんるだよ」
「やはり『生』で確認せんことには! どうしても信じられん!」
「そこは引けよ! 見てもがっかりするだけだから!」
「いいや、万が一男の『モノ』があったとしてもそなたはかわいい。それはそれで背徳的な感じがして良――ぐわはぁっ!」
うん、鳩尾を蹴り上げてやった。
エロ子供にクリーンヒットしてベッドの外へ吹き飛ぶ。
いやー、人間本能的に危険を感じると力を出せるもんだな。
一切手加減をしていないけど…………なんとか大丈夫そうだ。
少年は胸を押さえつつ、よろよろと立ち上がる。
「――ゲホッ、ゴホッ、……なにこのくらいいつものこと……」
「いつもやられてるのかよ。懲りないんだなぁ」
「くくくっ、エロは不滅……」
わけの分からない迷言を発しつつ、めげずにこちらに向かい、一歩を踏み出してくるまさにその瞬間――
どごおおおおん!
部屋の入口の扉が爆音をたてて開け放たれる。――いや、開けるというよりは壊されたといった方が正しいか。
すごい勢いで開かれた衝撃により、吹き飛ばされた木製の扉は、反対側の真っ白な壁に突き刺さっているのだから。
「フェ、フェーダ、なぜここに……?」
フェーダと呼ばれた女性――扉を壊した張本人はやれやれと嘆息して、少年の方をにらみつける。
「ルシフ様の行動などお見通しです。……また連れてきた女の子に手を出したのですね」
女の子じゃないんだけど……。
反論したいのにどうも会話に入っていける雰囲気ではない。
少年の前に立つ凛々しい女性は上下黒いスーツを身に纏っている。いかにもできる女って感じだ。髪も黒く、きれいなストレートロング。背中まで伸びている。
身長は俺よりも高いだろう。百七十はあるように見える。
「べ、別にまだ服を脱がせてもおらんし未遂じゃ!」
「本当ですか?」
鋭い目がこちらに向けられる。
俺はゆっくりと首を振って答えた。
いくらなんでもあれだけ体をまさぐったというのに未遂はない。
「嘘までつくとは……これはおしおきが必要ですね」
「ま、待つのじゃ! 実はもうすでに返り討ちにあっておる。痛い目に遭っているのじゃのじゃ。だからおしおきは勘弁を……」
「何を言ってるのですか。いま意識があるでしょう。それで痛い目とは生ぬるすぎます。これくらいしません、と!」
にっこりと冷徹な笑顔を見せたその女性は二、三歩軽く助走し高く前宙する。
美しい円弧を描いた長い足は彼の脳天に命中した。
「へえ……」
洗練された美しい動きについ凝視してしまった。
そして、そのときちらっと見えてしまったもの――彼女のパンツの色はやはり黒だった。