魔物旅館初めての結果通知
仕事を終え、現在ルシフ宅の居間にお邪魔させてもらい中。
真ん中に置かれた漆塗りの机にはすでに夕食(時間的には夜食になるか)が並べられている。焼き魚にすまし汁と時間も時間なので結構あっさりとした食事だ。
「いっただきま~す!」
カトレアが早速焼き魚に手をつける。やっぱり化猫だから魚が好きなんだろう。
「あらあら、そんなに急がなくても食事は逃げませんよ」
最後にお茶を持ってきたフェーダさんがカトレアの向かい側に正座する。座る動作ひとつをとっても無駄が無く、きれいに見えるのはさすがだと思う。
「ゆっくり召し上がってください。リムさんももう少ししたら来られると思いますので」
どうやらリムも呼んであるらしい。まあ改装や宣伝など俺達三人がメインでやっていたから当然といえば当然か。
「ん~、ほうにゃの? ひむとひっしょにゆうしょふなんへひふぁひふぁにゃ~(リムと一緒に夕食なんて久々にゃ~)」
「忙しくて時間合わなかったしな。あと食べるかしゃべるかどっちかにしとこう」
「だっておいしいんだもん」
「それは理由になっていない」
俺はカトレアの額をぺしっと軽く叩く。
「ふふふ、なんかクレスさんがカトレアさんのお母さんみたいですね」
だからそこはせめて『お父さん』にしてほしい。
「やっぱりそう思う? ちょっとマナーにうるさいんだにゃ~」
「仲居をやってるんだから当然だって。普段から慣らしておかないと」
…………とは言っても仲居の手伝いをするからってここまで女性の仕草や座り方とか慣れなくてもよかったよなぁ……はぁ。
なんていつものように幼いときを思い出しため息をついているとピン……ポーンと一つ間の空いたチャイムが鳴った。
「「「おつかれさま(です)(にゃ)」」」
俺達三人に迎えられたリムはぺこりと一礼し、居間へと入りカトレアの隣に座る。心なしか疲れているように見える。
「どうかしたのかにゃ?」
カトレアも調子の悪そうなリムの様子に気付いているようだ。リムはさっとメモに書いてそれを机の上に置く。
『庭園で話してたんだけど、私の村に来てくださいって誘いが多い。ちゃんと毎回断ってるけど』
なるほど、どこのスライム集団にも属さないから、他の地域のスライムからすると自分達の地域をまとめてもらおうと引っ張りだこになっているんだな。
「それがにゃにか問題?」
カトレアは首を傾ける。
「あー、誘ってもらったのに断るのは気が引けるってところだろ」
「……(コクコク)」
「そういうものにゃの?」
不思議そうな顔をするカトレア。
まあカトレアならダメなものはダメ、Noとはっきり言えそうだし、気に病む理由が分からないんだろう。
……しかし、悩むほど誘われてるのかー。人気があるのはいいことだけど本人が嫌がっているのだからなんとかしないと。
…………うーん、どうしようか。別に誘われてるといってもそこまで押せ押せで来ているわけじゃあないはず。自分より上位のクイーンスライムに対してなんだから敬っているだろうし。
となるとやっぱりあれかな。
誘いを断ったときの相手の苦笑い。まあスライムだから俺には表情なんて分からないけど、同族のリムには何か感じ取るところがあるんだろう。なら――
「なあ、リム。別にどこの誘いを受けるつもりもないんだよな?」
「……(コクコク)」
リムはすぐに頷き、さらさらと書いたメモを見せる。
『私はこの旅館にいたい。みんな普通に接してくれるし、特に最近はお客さんも来てくれるからにぎやかで楽しい』
(それにカトレアもいるから)とでもいうようにちらっと彼女の方に視線を送るリム。
なんだかんだでカトレアの存在が半分近く占めていそうだ。
「だったらそのことをはっきりと言ってやったらいいさ。今ここにいるのが楽しいんだってな。今まで理由も伝えず断ってきたんじゃないか?」
「……(コク)」『でもここで働きたいっていうのは私のわがまま。それをはっきり伝えていいもの?』
「ああ。むしろちゃんと言ったほうが相手も分かってくれるはずさ」
苦笑いするとしたら、それは他のスライムに盗られることを悔やんでのことだろうからな。旅館に残ると伝えれば、その心配は無い。
それに旅館に残りたいという『クイーンスライムのわがまま』を聞き入れないスライムはまずいないはずだ。まあこれは特別扱いして欲しくないリムには黙っておくけどね。
『次からそうしてみる』
リムは目を閉じ、一つ小さく頷いてから笑顔を浮かべる。少しは気が楽になってくれたようで何よりだ。
「にゃんかわからにゃいけど、悩みは解決したみたいだし、ほらリムも食べよ~」
フェーダさんが持ってきたリムの食事――焼き魚の一切れを、カトレアは自分の箸でリムの口元へと持っていく。
「はい、にゃ~ん」
リムはパクッと満足げにそれを口にする。
……うん、これで完全回復だな。
「「ごちそうさまでした(にゃ)」」
「……(ペコリ)」(手を合わせて一礼)
「おそまつさまでした」
フェーダさんはてきぱきと机の上を片付けていく。さすがに全部やってもらうのは悪いと思い、手伝おうとしたけどやんわりと断られてしまった。
あっという間に机の上から物がなくなり、ピカピカに拭かれる。そしてその後に置かれるのは一枚の大きな封筒。
「これが今回の旅館の評価表です。まだ私も中身を確認していません」
やっぱりこれが結果の通知か。親父の旅館のときも見覚えがある。この中にこの二ヶ月の旅館の評価――いわば俺達従業員みんなの頑張りを評価したものが入っているわけだ。
ごくり……。
緊張する。もし全然ポイントが伸びていなかったら、ランキング圏外から抜け出せれる気配がなかったらと嫌なビジョンがよぎってなかなか封筒に手が伸びな――
「お~、イベントってこれかにゃ。じゃ早速開け――」
「ち、ちょっと待ったー!」
慌てて封筒を手に取ろうと伸ばしたカトレアの腕を掴む。
「ん、んにゃ!? どうかした!?」
「いや心の準備が…………結果見るのは結構ドキドキするんだよ」
「そ、それにゃらウチだって今ドキってしちゃったから大丈夫! おあいこにゃ!」
……おあいこの意味が分からない。しかもおあいこだからと言って封を開けるのをもう少し待ってほしいこととは関係ないはずだけど…………そもそもカトレアは何に緊張したんだ? うーん…………。
「あっ、リムが早速開けたにゃ」
「ええ!?」
カトレアに気をとられている間にリムは封筒から一枚の紙を取り出し、内容を確認していた。
「待ってって言ったのに!」
『待っても中身は変わらない。てきぱきとしないと時間がもったいない』
……ぐっ……せ、正論だ。もう夜遅いしな……。
ただ、なんかいつものリムらしくないような気がする。言い方――いや書き方にとげがあるというか…………あっ!
リムの目線がある一点――カトレアの腕をつかんでいる俺の手――に釘付けにされていることに気付き、すぐにつかんでいた腕を放した。
やっぱりカトレアのこととなると感情が分かりやすくなるなぁ。普段はどちらかといえば淡々としていて、何を考えているかも読み取りづらいのに。
さて、俺も覚悟を決めて結果を確認しよう。
結果の書かれた紙を覗き込んだフェーダさんが、さっきから目を閉じてうんうんと頷いているのがすごく気になってるんだよ。彼女の反応からじゃ、よい結果なのか、いつもと変わらずまあこんなものかという感じなのかはっきりしない。
リムとカトレアといえば旅ランの結果を見るのが初めてだからか、いまいち内容の良し悪しが分からないようで、表情がほとんど変わっていない。
「お、俺にも見せてくれ!」
リムから結果の紙を受け取る。
ふぅ~と息を吐きながら、ゆっくりと目を通していく。
第三○一回おすすめ旅館ランキング結果
客数 ―――― 75RP
名声 ―――― 8RP
評価 ―――― 96RP
利益 ―――― ―50RP
社会貢献 ―――― 5RP(貢献内容:観光客数の少なかった種族、スライムの集客)
総合―――― 134RP
総合順位―――― 三十位




