いま必要なもの、欲しいもの
「おー、ご苦労! 仕事終わりなのに呼んですまんのう。とりあえず適当に座ってくれい!」
ルシフがリムを部屋に招き入れる。リムはお疲れ様とでも言うように、俺達にぺこりと頭を下げてからカトレアの隣に座った。
リムの服装は薄手の和服。水流のような模様が入っている彼女の普段着だ。
「遅かったにゃ~。今までにゃにしてたの?」
『お客様と話してた』
お客さんと同じくしゃべれないリムはいつものように素早くメモに書いて俺達に見せる。
「えっ? スライムとどうやって?」
純粋な疑問をぶつける。スライムと話す方法があるなら知っておきたい。明日からも来るお客様のためにも。
「…………」
リムの手が一度止まる。
何か悩むように目を閉じ、しばらくしてから再度書き始めた。
『もう私がスライムの一種ということは聞いてるよね?』
「ワシが口を滑らせてしまったからのう」
ルシフはばつが悪そうに頭をかく。
「…………」
リムは「それなら――」とでも言うようにおもむろに長い袖の着物をまくり腕を出す。
何をする気だ……? おおっ!
腕が肌色から透明な水色へスーっと変化する。ぷるぷると波打つその腕はまさにスライムの一部そのものだ。
『こんなふうに震わせた波を感じ取る』
リムは変化 (スライム化?)させていないもう一方の腕でさらさらと文字を書いていく。
震わせた波、か……。音が出ているわけじゃないし、これじゃあ分からない。 スライム同士限定の言葉みたいなものかぁ……残念。
明日以降も苦労をしそうだなぁ、これは。
「なるほど。俺達には無理かー。なんとかコミュニケーションがとれたらと思ったんだけど」
「……(コク)」『でも言葉は分かる子がほとんど。ダメなら私が対応する』
「うむ。あと団体客が来たときには頼むぞい。百匹などまとめるのは大変じゃからな」
「……(コク)」
リムは素直に頷く。
……って簡単に承諾して大丈夫か? 今までの話の流れだとほぼ毎日団体客が来るみたいだったぞ。なんかリムの仕事量が一気に増えそうだなぁ。俺らもフォローして負担を減らすようにしないと。
「すごかったもんにゃ~。みゃさに鶴の一声。あちこち飛び跳ねていたスライムたちがリムが来たらすぐに静かににゃったもの。リムの気品さでも感じ取ったのかにゃ~」
カトレアのほめ言葉に恥ずかしそうに下を向くリム。こんな様子を見る限りは謙虚な少女だけど、本来は一地域のスライムをまとめる階級高い魔物『クイーンスライム』なんだもんなぁ。ほんとスライムは見た目では判断できないと言ったところか。
「そういえばリムはなんでこの旅館で働くことに決めたんだ?」
俺は気になっていた疑問を口にする。
聞いた話じゃクイーンスライムというのは種族名にも入っている通り人間でいえば王女クラスの者だ。言っちゃ悪いがこんな底辺旅館で働いているのは奇妙である。
『五年位前に攫われてきたから。ルシフさんに』
「なるほどな。俺と同じ境遇か――っておい!」
とっさにルシフの両肩を掴み、俺より一回り小さな体を揺らす。
「お前は昔から何をやってるんだよ! 見境なしか!」
「待て! 待つのじゃ! 攫ってきたわけではない! あのときはまだリムも幼かったしあれは保護じゃ! 森の中で一人でおったのじゃから!」
『「お譲ちゃん、お腹は空いてはおるじゃろう? 食事とゆっくり眠れるところがあるのじゃが……」って誘われたから付いて行った』
うわぁ、完全に怪しいおじさん――いや(ルシフだから)子供じゃん。
ってかリムもそんな犯罪者っぽい人に付いて行っちゃいけません!
「ご主人様は昔から変わらにゃいんだね~」
「ほんとそうなんですよねー」
カトレアとフェーダさんがクスクスと笑う。――いや、よく見たらフェーダさん、目が笑ってないぞ!
「ルシフ様はほんと誰でも連れてくるんですから……」
「まったく、見境ないとかひどいのう~。ちゃんと『かわいい子』を選んで攫ってきておると言うのに……」
あーあ、さらっと自ら攫っているって言っちゃったよ。
おーいルシフ。フェーダさんがにこやかに殺気をはらんでじっと見ていることに気付いているかー、いないよなぁ。
とりあえずフェーダさんが怖いからここは我関せずと黙っておこう。
「…………ルシフ様」
「ん? なんじゃ――ぅ!?」
フェーダさんの表情を視認したルシフが本能的に体をこわばらせる。
「いつも迷子の子がかわいそうだったから連れてきたとおっしゃってましたよね? ちょっとお話しましょうか」
「い、いや、その、いたっ! いたたたたたっ!!! ちょっ、フェーダ! それ! もげるもげるうぅぅ……」
フェーダさんはルシフの両耳をつまみ上げ、そのまま奥のおしおき部屋へと連行して行った。
これはしばらくは出てこなさそうだな……。
『まあルシフさんの誘い文句は冗談として』
「冗談!?」
分かりづらい! 現実味がありすぎるものは冗談としてダメだって。……まあルシフの普段の行いが悪いのも原因だけども。
『実際は迷って行き場のなくなってた私を助けてくれた』
「ふ~ん、ご主人様がねぇ」
納得いかない感じのカトレア。
うん、俺も同じ気持ちだ。
「でもさ、本当に助けるのならここに連れてこずに、群れに帰すんじゃないの? やっぱり下心があったように思うけど」
「…………」
リムの手が一瞬止まる。
気持ちを落ち着けるようにほっと息を一つ吐き出し、再度言葉を――気持ちをメモに書き並べていく。
『私が群れに帰らないと意思表示した。家出、ううん群れからも出て行こうと決めていたから』
「にゃんで!? まさか嫌がらせでも受けていたの?」
「……(フルフルフル)」
リムは大きく首を振る。
『嫌がらせなんて無かった。むしろ小さいときから敬られていた。みんな私に対して優しかった。でもだからこそ』
リムはメモを一枚めくる。
『私は孤独だった』
敬われ、丁重に扱われ、箱入り娘として育てられる。
その未来に確約されるのは絶大な権力だ。
でも本当に彼女がそのとき――今、欲しかったのは対等に、気兼ねなく話せる仲間、友達だった。
リムはスライムの世界から飛び出すために群れを抜け、旅館に来ないかというルシフの提案を受けたというわけらしい。
『私はここに来て良かったと思ってる。気兼ねなく話せるし、ダメならダメと叱ってくれる。対等に接してくれる。だから』
メモ用紙がめくられる。
ためらうように彼女の手は震え、一文字一文字がゆっくり書き連ねられる。
『カトレアもティナもいままで通り接してほしい』
一枚のメモに書かれたのは彼女の精一杯のお願いだった。
クイーンスライム――人間でいう王女様クラスの格式高い魔物か……
まっ、関係ないだろ。
「もちろん。第一俺は人間だし、魔物の階級がどうとか言われても実感がないからなぁ」
「ウチも気にしにゃーい。リムはリムでしょ? 仕事仲間で、友達にゃのは全く変わらにゃいよ~」
俺とカトレアの言葉に不安そうだったリムの顔が一気に明るくなる。
そして、うれしそうにぴょんと、ぎゅっと飛びついた。(当然カトレアに)
「よしよ~し。さっ、ご主人様たちも戻ってこにゃそうだし、そろそろおいとまするかにゃ~」
「そうだなぁ。明日も早いし……」
「……ん? にゃんか納得いってにゃさそうだけどどうしたのかにゃ?」
「いやルシフがリムの手助けだけしたってのがなぁ……」
「――ああ確かに」
らしくないというかなんていうか……。リムもそのときは小さかったって言うから手を出す対象じゃなかったってことなんだろうか?
『あっ、下心はあったと思う。何度も部屋にベッドに侵入してきたから。もちろん追っ払ったけど』
「――あっ、やっぱりそうなんだ」
ルシフはやっぱりエロいルシフだ。まあ今回の件でエロにロリコンも付いたかな。
心のもやがすっきりした俺達は、おしおき部屋から聞こえる「すまんかったぁあああ!」というルシフの叫びを無視してに自分達の寮へと帰宅した。




