一仕事終えた後に……
「お疲れ様です。これで今日来られるお客様は全部でしょうか?」
「ああ、そうらしいって」
センカさんは全く疲れを見せずに答える。
「ふぅ、さすがにヘトヘトにゃ~」
一方、カトレアは受付の机の上に体を預けてへたり込む。
みっともなくてお客には到底見せられない姿だけど、幸い今は全員客室に案内し終え、ここには見当らないので別に無理に体を起こすなんてことはしない。
気持ちは分かるし。
なんせ来客したスライムは百匹は軽く越えていたからな。二百、いや三百はいたか。まさに群れ一つ分のスライムが押し寄せた感じだった。
おかげで小さな魔物専用の小部屋が一日で埋まってしまった。明日以降も来るのなら、了承を取りつつ、大部屋に十から二十匹くらい固まって入ってもらわないといけないかもしれない。
はぁ……俺だってもたれかかりたいよ。
でももし用があってお客さんが来られたことを考えるとなぁ……どうにもきちんとした姿勢の良い格好を意識してしまう。
昔からの染み付いた感覚のせいだ。まったくやっかいな……。
…………まあまずは気持ちをオフするためにも着替えよう。
「とりあえずは仕事も終わりました……終わったし、着替えない? で、その後ルシフのところに行こうと思ってるんだけど……」
「今日の残業代をもらいにかにゃ? もちろん行く行く~」
「ん? 残業代なら月末に給料と一緒に渡すよ。今まで知らなかったのかい?」
「そうにゃの? だって今まで仕事で残ることにゃかったんだもの」
「ああ……それもそうかい」
普段暇だもん。普通に一日雑談できるくらいには。
「じゃあにゃに? にゃんでご主人様のとこへ?」
カトレアのいうご主人様とはルシフのことだ。この前聞いたらルシフがそう呼ばせているらしい。
まったくあいつは何をさせているのかと。
普通にパワ&セクハラじゃないかと思うのだけど、カトレアが全く気にしていない以上は別に問題ないんだよなぁ。
「ええと、それは――」
言おうとして少し思いとどまる。
――そういえばリムの秘密がどうとか言ってたな。俺としては単純に今日の来客の多さの理由を聞きたかっただけでも、リムの話になるのは確かだろう。
「どうかしたのかにゃ?」
う~ん、しかしカトレアならむしろ聞かせてあげたほうがいいかもしれないな。リムとかなり仲いいし。それにリムの秘密がなんであれ今までと変わらず接するだろうし。
「ああ、なんでもない。ちょっとスライムが集団で来たことについて聞きにいこうと思って。なんかルシフは知っているみたいだぞ」
「そうにゃの? ウチも聞きたいかも。明日もこんなに来るのか気ににゃるし」
「よしじゃあ一緒に行こうか。……センカさんはどうします?」
「アタシはいいよ。大体理由は予想できるし。それに早く寝て明日に備えないとねえ。明日は早いよ」
「分かってますって。六時でしょ」
お客様の出発を見送らなきゃいけないもんな。
「うへぇ。きついにゃ~。起きれる自信にゃいかも」
「大丈夫さ。寮はそこにあるんだからティナが叩き起こしに行ってくれるさ」
「俺ですか!?」
「そんなに驚くことないだろう? 何か問題でもあるのかい?」
あるよ! そりゃあ女子寮の一室を借りてるから彼女の部屋まで近いけどさ。叩き起こすってことは勝手に部屋に上がりこんでってことでしょ? 男が寝ている女の子の部屋にだよ? さすがにそれはまずいのでは……。
「ウチからもお願~い。遅刻して給料減らされたくはにゃいから~」
くっ、そんな上目遣いで頼まれたら断るに断れないじゃないか……。
「……分かったよ。でもできるだけ自分で起きるんだぞ」
「はーい!」
元気よく片手を挙げて返事するカトレア。
やっぱりこういうところ子供っぽいよなぁ。…………あっ、そうか。子供の面倒を見るのは親の務め。親が子供の部屋に入って起こすのはよくあることだから何も問題ないな、うん。
「よし、じゃあさっと着替えて早くルシフ宅に向かおっか」
「らじゃー」
「じゃ、アタシはこれで。二人ともご苦労様。早く寝るんだよ」
「あっ、お疲れ様です」
「お疲れにゃ~」
帰りの挨拶をして俺とカトレアは更衣室の方へ向かい、センカさんと別れた。
何気に一緒に更衣室に向かわなかったところを考えると、センカさんはまだ仕事が残っているんだろう。俺達従業員の予定の立て直しとか。
(まったく……俺達の前では苦労を表に見せないようにするんだから……ほんと変に強がるなぁ。まあ無理だけはしないでくださいね)
俺は心の中でそう呟く。
とりあえずセンカさんのためにできることは……明日仕事に遅れず、余計な仕事を増やさないことだな。
「……カトレアは……まだか」
女性用の更衣室より少し離れた場所で彼女を待つ。
ちなみに俺はもう着替え終わった後だ。
もちろん男性用の更衣室で――というわけにはいかず、寮まで戻って自分の部屋で……。
だって着物姿のまま男性用の更衣室に入るのは、ねえ? 絶対驚かれるだろうし、何より俺が男だってことを知らない従業員も結構いるみたいだから更衣室はまず使えないんだよなぁ……はぁ……。
――っとため息をついていたらカトレアが更衣室から出てきた。
今日の私服は黒色のワンピースと涼しげな格好だ。最近少しずつ暑くなっているからだろう。ワンピースにしては大胆な色な気がするけど、地毛(獣化時)が黒だから黒色はやっぱり好きなのかな?
「ごめんごめん、待ったかにゃ~」
ワンピースのスカートをひらひらとさせながら、こちらに向かってくる。
そしてスカートと一緒にカトレアの尻尾が揺れる。仕事中は着物で隠れているけど、ぴこっ、ぴこっと動く尻尾は非常にキュートだ。
「結構似合ってるな」
「そ、そうかにゃ!? ふ、ふふん、ちょっとは大人っぽく見えるかにゃ?」
「大人っぽさは全然。でもいい感じだと思う」
「む~う」
不機嫌にほほを膨らませるカトレア。――と思ったらころっと表情を柔和に変えた。
「……(まあいっか、いい感じにゃら)」
「ん、なんて?」
カトレアの小声はよく聞こえなかった。
「あっ、にゃんでもない、にゃんでもない。それじゃご主人様のとこへ早く行こー!」
そう言って走り出した彼女に俺は
「もう就寝しているお客様もいるかもしれないから、静かに歩かなきゃだめでしょ!」
と、仕事モードに切り替わってたしなめる。
――はっ、しまった! 着替えて気持ちを切り替えたつもりだったのに……。女性の言葉遣いがとっさに出てしまうのはなんとかしないとなぁ……。
カトレアが叱られたことにしょげる一方、俺は幼い頃から染み付いた言葉遣いに人知れず落胆するのだった。




