待てど待てど……
「にゃ、ティナ結構かわいくなってたでしょ?」
「……(コクコク)」
カトレアとリムが何やら話し合っている。
「普段からあれでもいいのににゃ~」
「……(コクコク)」
ああ、俺の接客中の話か……。
いつも通り昔の癖で女性っぽくおしとやかな仲居を演じてしまうんだよなぁ。
やっぱり接客中を同僚に見られるのはあまり好きじゃあない……まあ一緒に仕事してるんだからどうあがいても隠し通すなんて無理だけどな!
『いつもあんなにかわいかったら惚れるかも』
そしてその評価はやめてくれ!
リムのいう惚れるって絶対男としてじゃないだろ!?
「昨日の俺の話はもういいよ……それよりさ、カトレアはどうだったんだ? スライム達の旅館の評判」
「あー、それにゃー……」
カトレアが申し訳なさ気に目をそらす。
もう言う前からだめな雰囲気がひしひしと伝わってくるぞ。
「来る気配はないかぁー」
「そうにゃの。スピネルまでたまに行くことはあるみたいにゃけど、ここは遠いって」
『あの子らの歩きじゃ時間がかかる』
なるほど……確かに俺らでもスピネルまでは二時間くらいかかるし、そこに遊びに行ってたのならあえてこの旅館まで足を運ばないか。
せめて乗り物によるここまでの移動手段、もしくはこっちに来る理由がないと……。
困った。これじゃあ宣伝の意味がない。同様に毒蜂や妖精もこの旅館までの道のりは遠く感じるはず。
チラシの宣伝だけで他の種族まで届くんだろうか? ここはまずここからスピネルまでの移動手段を考えて…………
俺が次の集客手段を思案していると、カトレアは話の続きを始めた。
「そういえば配っていたスライムの中にびっくりさせられたやつがいたのにゃ。他と比べてかにゃり大きくて、一瞬丸呑みされるかと思って焦ったにゃ」
なんだそりゃ。丸呑みってどんだけでかいんだ?
思わず、話に食いついてしまう。さっきまで考えていたことがすっかり頭から抜けてしまった……まあいいや。
「だから慌てて元のこの姿に戻ったのにゃけど、それでもウチの腰くらいの大きさはあったかにゃー。あれはにゃんだったんだろう?」
ああ、また『獣化』で猫の姿になってたから大きく見えたのね。それでもカトレアの腰辺りか……十分すぎるほどに大きいな。
「……(さらさら)」
「――ああ、それならたぶん『グレイトスライム』ですよ」
リムが何か書こうとしている間に話に入ってきたのはおっとりした声――フェーダさんだ。いつも通り黒いスーツを身につけている。後ろにはこの旅館の主人ルシフも付いて来ていた。
「……(さらさら)」『先に言われた ><』
そんなしゅんと落ち込まなくても。
「どうですか、クレスさん。もうここに慣れましたか?」
「えっ? あっ、はい」
一瞬ドキッとしてしまった。だって久しぶりにちゃんとした名前で呼んでくれたから。……よくよく思い出してみるとフェーダさん以外全員から『ティナ』って呼ばれている。もうあだ名として浸透しているようだ。
「ふふっ、着物よく似合ってますよ」
「うむ、さすがワシの見込んだ人間じゃ。着こなしも完璧じゃのう」
ここで働くのに慣れるのはともかく、この着物姿に慣れるのは男としてどうかとも思うけど……雇い主の前では言えないよなぁ。
それにしてもフェーダさんはダークエルフっていうわりには結構落ち着いて見える。その種族といえばかなり攻撃的で扱う魔法も暴力的な威力を持つものと聞いていたんだけど……
「とりあえずルシフ様。ほめつつ触ろうとするのは悪い癖ですよ」
さりげなく俺の腰に手を伸ばそうとしていたルシフをフェーダさんが引き離す。
「――いったい! 痛い! ちょい、フェーダ、それは引っ張るというより引き千切る勢いいいいぃ…………」
うん、どうやら攻撃的になるのはルシフ相手の限定らしい。
「『グレイトスライム』って他のスライムとにゃにか違うの?」
カトレアがフェーダさんに尋ねる。
誰に対してもタメ口なんだなカトレアは。まあ、敬語になってたら逆に違和感がすさまじいから無理に使う必要はないか。
「普通のスライムよりも大きく、パワーがあるというところでしょうか。簡単に言えば上位種ですね。おそらくですが、その草原に住む長を務めているのではないでしょうか」
「痛たた……そうじゃろうな。ワシもたまに草原付近に足を運ぶが、グレイトスライム以上の大きさのやつはそこでは見かけんし」
どうやら同じ種族の中でも上位種のものが集団を取りまとめていることが多いらしい。発言力も実力もあるからという単純な理由だ。
「まあそやつなら他の地域のスライムの長と交流もあるじゃろうし、宣伝できたのなら十分じゃ。それよりほれ、ようやく契約できたぞ移動用の魔物」
「ほんとかにゃ!?」
『誰?』
二人が食いつく。よっぽど楽しみにしていたみたいだ。
そういう俺も魔物に乗って移動なんて初めてだから気にはなる。
「超蜥蜴ですよ」
「えっ!? 大丈夫なんですか、その魔物……」
俺は魔物の名を聞いて驚愕する。
超蜥蜴といったら体長六、七メートルはある巨大すぎる蜥蜴だ。四足歩行で、長く太い尻尾は何度でも再生する無限の武器。そして大人一人軽く丸呑みできる大きな口を持つ。
戦士が束になって挑まないと返り討ちにされる危険な魔物だ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと勝って契約は済ましてきましたから」
「はぁ…………ん? 勝って?」
「はい」
「あやつもなかなかプライドが高くてのう。自分より強い奴にしか従わんというものじゃから――」
「ご主人様ってそんにゃに強かったっけ?」
「いやワシじゃなくフェーダが」
「ま、そうだろうにゃ」
『納得』
えっ? 何二人とも頷いてるの? フェーダさんの強さは周知の事実? あっ、そう……。
「ただ、最初は龍系の魔物にしようと思ってたんですけど。空も飛べて速いので。ルシフ様に止められてしまって……」
「当たり前じゃ! 龍とか絶対同じように勝負挑まれるからの。怪我したらどうするのじゃ!」
「ふふっ、勝てる自信はあるのですけど……まあルシフ様から優しい言葉をかけてもらってはそれを無視できないですよね」
フェーダさんはルシフの頭をなでる。
「こ、これ……さすがにみんなの前じゃ恥ずかしいわい」
ルシフは顔を赤らめ、彼女の手をどける。
うーん、なんだかんだいってこの二人の関係は良いんだろうなぁ。
普段は変態なルシフも今は反応がうぶに見えほほえましい。
しかし、龍にも勝てる自信あるのか……。もうフェーダさんからの頼みは断れない気がする。
「じゃあ早速明日森まで行ってみようかにゃー。リムもティナも予定大丈夫にゃよね?」
『問題ない』
「ああ」
移動用の魔物も手配してくれたんだ。いくらチラシの効果が薄くてもやれるだけやってやろう。
「じゃあ、明日の朝、入口まで来てもらうよう超蜥蜴を呼んでおきますね」
「「お願いします(にゃ)」」
「……(コク)」
さて、明日の予定が決まったところで…………今日の業務終了かな?
…………はい、お客さんが来る気配やっぱりないです。




