女三人寄ればかしましい(俺をカウントするな!)
「意外とルシフもちゃんと仕事してるんだな」
書斎の引き出しの中、経費をまとめた帳簿や従業員のシフト表をぱらぱらとめくりつつ、悶えがようやく収まったルシフに話しかけた。
「むぁーの。しゅひんじゃからほうへんじゃ。よし、もういひじゃろう」
そう言って鼻の詰め物をとる。
鼻血を出していたとかどんだけ興奮していたんだよ……。
「はぁー、エロいお前だから絶対に危ない本とか入ってると思ってたんだけどな」
「ふっ…………そんなものフェーダにとうに捨てられたわ……」
遠い目をするルシフ。
ああそうか、フェーダさんもよくここに出入りするんだから、隠し持つなんて無理なんだ。
「……のう、ティナ。そこで相談なのじゃが、ワシのまだなんとか隠し通せているエロ本を一時お主の部屋に預けたいのじゃが……」
「はいっ!? なんでだよ!? 隠し通せてるなら今のままでいいじゃん」
「ダメじゃ! 今残っている場所は地中一メートル深く、もしくは食材の魚を放してある巨大水槽の底、と見たいときに見れんのじゃから!」
もうそれは莫大な隠し財産レベルの隠し場所じゃないだろうか。
「あのなぁ、だからといって俺の部屋って……女子寮にあるんだぞ? さすがにそこに持っていくのは……」
「何を言っておる。だからじゃ! 言うじゃろう? 木を隠すなら森の中、エロ本を隠すなら女子寮の中、と」
「言わねえよ! お前は女子寮を何だと思ってるんだ!」
「……女子寮?」
最低だ!
一瞬だったとはいえ仕事ちゃんとこなしてるみたいだし、いい奴かも――って思ってしまった過去の自分を殴りたい!
「お前絶対女子寮へ近づくんじゃないぞ。仕事であってもだ!」
「ふん、そんなこととっくの前に禁止くらっとるわ!」
胸を張っていうことかよ……。
「……っておい、それじゃあ結局俺の部屋に置いても見れないじゃん」
「…………あっ…………そうじゃった……」
完全にど忘れしていたらしく、ルシフはしょぼんとうなだれる。
そのまましばらくは自分の考えを反省してもらいたい――
「いや待て、入れないならティナに持ってきてもらえば……」
――けど淡い期待だったなぁ……おっ!
「見つけたにゃー!」
カトレアの喜びの声が書斎まで響いてくる。
そのまますぐにこの部屋に入ってきた。リムもカトレアの後ろに続く。
「おー、ありがとう。どこにあったんだ?」
「玄関にゃ」
「あー……そういえばこの前、配り終えて帰った後そこに置きっぱなしじゃったか」
「ちゃんと片付けておかにゃいと。探すの大変だったにゃ」
『全部の部屋探した』
「すまんすまん。じゃが事情くらいはあるのじゃ。なんせその日はティナをここに連れてきた日じゃからのう」
ああ、草原で倒れていたついこの前か。寝床用意してもらったり、ご飯もらったり、転んでできた傷の手当てもしてもらっていたなぁ。それは俺にも結構原因が――
「なんとか夜這いしてやろうという思いで頭がいっぱいで、すっかりチラシのことを忘れておったわい」
――いや九割方こいつのせいだわ。
「まったく、ご主人様は相変わらずかわいい女子好きにゃねー」
「……(コクコク)」
いつものこと、と呆れるように二人は頷く。
「くくくっ、当然じゃ。かわいい女子にかける思いは旅館一を自負しておるからのぉ」
女子への『思い』だけでなく、そこは『思いやり』を持って欲しいとこだけどな。
いきなり手を出すとかねぇ。体中触りやがったし。
「――はっ! ワシとしたことが大事なことを見落としていた! 今ワシの家に三人もかわいい女子がきておるではないか!」
「気付くの遅っ! あと俺を一人に数えないでくれるかな!」
「フェーダも外出中だしチャンスじゃ。ここで行動せねば男が廃る!」
「人としてすでに廃っている!」
『ルシフは魔物』
そうらしいけどさ! 今そこに突っ込む!? ――ってちょっと!
「スキンシップ開始じゃー!」
ルシフがガバッと抱きつきにくる。
――――スッ。
俺はそれを重心をずらしてかわす素振りを見せずに、抱きつきを軽くいなす。
これぞ痴漢まがいのことをする迷惑客への護身術。いままで仲居の手伝いをしてきたときに身に付けた賜物だ。
ふっ、昔何度お尻を触られたことか……(泣)。
「くっ……」
ルシフの次の標的をカトレアにしようとする――が、彼女はすでに自分の背の高さ位の衣装箪笥にぴょんと飛び乗り、安全を確保していた。
パワーは無いといっていたが、身体能力は十分に高い。
「ならば――」
と、すぐさま標的をリムへ変える。
一見おとなしそうなリム。
「……」
動きは鈍く、抱きつきを真正面から受け止める形になる。
……まあそんな状態でも俺が落ち着いて見ていられるのは、
――バシッ! ドゴン!
そもそも避ける必要がないっていうね、簡単な理屈。
リムの平手打ちをまともに食らったルシフは思いっきり壁に打ち付けられる。
うん、さすがのパワーだ。ルシフはもう足をガクガクさせて何とか立っている状態。いやよくあそこまでやられて立てているよ…………これもあれだな。日ごろの(フェーダさんにおしおきされていることによる)成果だな。
「ま、まだ……まだ……やれる」
「誰が見てもドクターストップだから」
「はいこれー!」
カトレアが衣装箪笥の中から白いタオルを取り出し、ルシフに投げつける。
タオルをかけられたルシフはそのまま崩れ落ち、場がようやく静かになった。
………………。
しばらく沈黙が続いた後、リムはおもむろにメモ用紙を取り出す。
『閑話休題』
ありがとうリム。その一文を待っていた。
もうさすがに仕事しないとな。サボり(主人公認)になってしまう。
……それじゃ、作戦会議開始だ。
「さて、カトレアが見つけてくれたチラシなんだけど……」
「いつものようにスピネルにでも配りに行くにゃ?」
「いいや、いつもやっていてだめなんだろう? 競争相手も多いし、勝ち目は薄い」
『人里まで遠出?』
「そこもすでに配ったことがあるんじゃないか?」
「もちろんじゃとも。人間は旅館客の多くを占めるからの」
復活早えな、ルシフ。
さすがにダメージは残っているらしく、飛び掛る気配はないから一安心だけど。
「……ああ、でも正直旅行経験の多そうな人間じゃあ、まだここのクオリティは低く感じると思う」
「そうか……」
あからさまに落ち込むルシフ。
いやいや、人里にも行ったことあるならクオリティの差に気付けと。
「じゃあどうするのにゃ? 残っているのは魔物にゃけど、いろいろいるのにゃ」
『多種多様』
うん、エルフのような見た目人間と全く変わらないものもいれば、カトレア、センカさんのような人型。無機物でできたゴーレムや火の魂のように不定形のものもいる。そんな中での――
「狙いは……妖精や毒蜂、スライムなどの小さい魔物だ!」
「なんでにゃ?」
「…………」
「利益はほとんど出んぞ?」
確かに食事の量は少なく、泊まる部屋のスペースは狭くても十分なので、一人、いや一匹当たりの宿代は安く、こちらとしての利益も少ない。しかし――
「だからこそ、だ。あえてその辺りの魔物に積極的に宣伝をしに行く旅館も少ないだろ? 今からでも十分に新規客が狙える。それに今回『利益』はほとんど見ていないしな。大事なのは『客数』だ!」
魔物と人間の共存するスピネルではできる限り平等に扱われることになっている。当然『客数』も人間一人でも、スライム一匹でも変わらず『1』と数えられる。
それに小さな魔物というのは外敵から身を守る上でも集団で生活、行動していることが多い。つまり、群れ一つを一気に集客できる可能性がある。
「にゃるほどー、じゃあまずはここから近い草原にいるスライム達にチラシを配って宣伝してくれればいいんにゃね?」
「そうだな。近場なら今日はそこに行こうか」
「うーん、そう上手くいくかのぉ……」
「…………」
「まあ、やってみれば分かるって。あっ、そうだカトレアちょっとそのチラシ貸してくれ。イラストとかどんなのか見たい」
「はいにゃー」
カトレアからチラシを受け取る。
えーと、なになに……
【ようこそ旅館『魔天楼』へ!】
「……………………これだけ? えっ!? おすすめのポイントは? それに地図は!?」
「書くの面倒じゃったし……それにほれ、書いてなかったらなんか隠された秘境っぽいじゃろ?」
「そんなにポジティブに思えねえよ! 普通に嫌がらせかと思うわ! 最低限地図ないと困るって! いちいち自分で見つけないといけないとかさ!」
「旅館の癒しか? 欲しけりゃくれてやる……探してみろ! この世の癒し(すべて)をそこに置いてきた……」
「なんかどこかの海賊王が言っていたような!? ――って癒しを求めるのに探し回るのは意味ないだろ! 疲れるわ!」
「やっぱりダメかの?」
「当たり前だ! 書き直しだ書き直しー!」
「わーい、お絵かきにゃ!」
『文字を書くのなら任せて』
新しい紙をルシフに用意させて(体がぼろぼろだろうが関係ない)、チラシ作りに取り掛かる。
…………結局、チラシ作り、そしてどうせならということで旅館内の案内板を作っていたら一日が終わってしまっていたよ……はぁ。