おすすめ旅館ランキング詳細【重要】
「はぁ~~~~」
深いため息が広い受付ロビーに響く。
時刻は午前八時。今日の旅館の仕事が始まる時間だ。
午前八時出勤とか旅館にしては遅すぎるけど、これはお客さんが一人も泊まっていないせい。基本は朝シフトなら午前五時、夕方シフトなら午後三時からだ。まあお客さんがいる、いないで出勤時間が変わる現状の制度は後にフェーダさんに改善を要求するとして……。
「はぁ~~~~……」
もう一度ため息が出る。
「おっはよー、ティナ! んー? 朝っぱらからどうしたのにゃ?」
元気いっぱいに挨拶してきたのは化猫のカトレア。今日も調子良さそうに猫耳がぴこぴこと動いている。
『憂鬱なことでも?』
その隣のリムは不思議そうにこちらを見つつ、メモ書きをこちらに向ける。
しゃべることのできない彼女にとってメモ帳はコミュニケーションととる上で非常に重要なものだ。
ちなみに挨拶は軽く礼をするくらい。さすがに『おはよう』でメモ一枚使うのは紙も時間ももったいないからね。……まあ『憂鬱』は『ゆーうつ』とか『ユーウツ』とかで書いたほうが圧倒的に時間がかからないと思うけど……四字熟語が好きとか言ってたから文字自体正確に書くのがポリシーなのかもしれない。
「いやー……ここに来る前ちょっと……」
俺はうつむきがちに答える。
「そんな沈んだ声じゃかわいさ半減にゃよ?」
……なら普段からこの声にしようか。男なんだからかわいさはいらないんだよ!
「昨日話してただろ……? 窓とか大きな改装……ゲホッ!」
思わずむせてしまった。無理に低い声を作ろうとするのは結構辛い……。
『風邪?』
「あー、違う違う」
声をいつもの調子に戻す。
「ほら昨日窓の改装? 改築? ――ならゲンゾーさんに頼めばいいって言ってたじゃん? だからさ、ここに来る前にそのゲンゾーさんのところに行ってきたんだよ」
「……にゃるほど~、撃沈したということかにゃ?」
「ああ……」
「ゲンさんもなかなか堅物だからにゃー。どの部屋をどんな風にするとか取り決めも不十分じゃしかたにゃいかも……」
『職人気質』
うん、まさにそうかも。
今朝――
「ってやんでぇ、べらぼうめぇ! ぽっと入った新人の思いつきで、この俺っちが動くとでも? おめぇが信頼における奴だって結果を見せてからにしろぃ!」
――と頼みを一蹴されたからなぁ……。
就職、協力を得る、改装開始―と、とんとん拍子に進んでいたからいずれ躓くとは思っていたけど……やっぱりあの断られ方は心にくるものがある。
「ほぼ取り付く島も無く断られたよ…………まああの態度には俺にも原因があるのだろうけど……」
「どういうことかにゃ?」
「いや実は俺、あの魔物カトレアから紹介される前に会ってたんだよね。そのとき失態をしちまったから……」
『具体的には?』
「…………声かけておいて、そのまま逃げた」
そう、ゲンゾーさんは仕事初日の朝、俺が迷っていたときに会ったあの骸骨だったのだ。
もうすでにゲンゾーさんに二回も心に衝撃を与えられたね。
――一回目はその骨だけの見た目で。
――二回目は「やっちまったー……」という後悔の念から……。
絶対俺の第一印象最悪だったろうなー。呼びかけておいて、スルーして逃げるとか……非常に悪いことをした。
「みゃー、しゃーにゃいにゃ。ウチだって今でも夜中会ったらびっくりしちゃうもん」
「……(コクコク)」
「しかしどうするにゃ? さすがにウチらじゃ窓を変えたり、庭園を作ったりはできにゃいけど?」
「そこは……やっぱりゲンゾーさんに頼むさ。謝るのももちろんだけど、結果を示してから……そう、まずは旅ラン圏外から脱出させてからだ」
『りょらん?』
「にゃにそれ?」
二人とも顔をぽかんとさせる。
マジで!? 旅館で働いていてその存在をしらないとか……。
ええい、面倒だけどちゃんと説明しておくぞ! 大事な目標となるものだからな!
俺は『旅ラン』について二人に説明を開始した。
『おすすめ旅館ランキング』――通称『旅ラン』。
魔物と人間の共存する珍しい都市スピネル周辺の旅館をランキング付けしたものだ。
このランキングは旅館の質そのものと見られ、当然ながら観光客の旅館選びにも影響を与える。上位ともなれば常に予約で満室とのこと。
少なくとも圏外を逃れ、三十位以内に入ることができれば、ランキングに旅館名が載るので、多くの人や魔物に知ってもらうことができるだろう。……まあ、二十前半から三十位は入れ替わりが大きいから効果は薄いかもしれないけどね。
じゃあ具体的にランキングはどうやって決められているのかというと、五つの項目『客数』『名声』『評価』『利益』『社会貢献』で換算されるポイントから成り立っている。
『客数』――――そのまま旅館を訪れる客の数。相対評価で、0~100RP。(RP:旅館ポイント)
『名声』――――その旅館がどれだけ世に知れ渡っているかを示す。都市スピネルおよび他の地域の人、魔物に『RJ』(旅館審査委員)の方がアンケート「この旅館○○を知っていますか?」というのを行い、その認知度で採点される。絶対評価で0~100RP。
『評価』――――客の満足度を示す。旅館を訪れる客に対してランダムでアンケートがとられる。評価は十段階で表され、平均×10がポイントとなる。絶対評価で10~100RP。
ここまでが主な採点基準で、残り二つは付加的な意味を持つ。
『利益』――――ここでは黒字経営か赤字経営かの二択のみで判断される。(具体的な利益は生々しいので隠される)黒字経営なら±0RP、赤字経営なら-50RPとシンプルな仕組みだ。
……ただ大事なところが一点。この『利益』に関しては隔月の経営状況のみで判断されるということだ。増築など設備投資を多く行なえば、その月だけ赤字になり-50RPされることも多々ある。
『社会貢献』――――一番あいまいな項目。従業員による人(魔物)助け、ボランティア、設備投資による都市全体の観光客数増加が対象となる。都市スピネルにおいてプラスのことをし多分だけポイントがプラスされる仕組みだ。上限は+50RP。どれだけプラスされるかは『RJ』に委ねられているので詳細は分からない。
――と、以上が採点項目だ。
最終的には旅館ごとに10~300±αのポイントが示され、旅ランに反映されるのである。
「――以上が旅ランのすべてだ!」
俺は長い説明をようやく終えた。
「うーん、よくわかんにゃい」
えー……。じゃあリムは……。
『十を聞いて一を知った』
おっ、さすが…………じゃない! よく見たら十と一が逆だ。
「まあ普通そうだよなー。一度に覚えれるわけないか……。確かマニュアルがあるはずなんだよ。それを読んでゆっくり覚えていけばいいさ」
たぶんルシフあたりが持っているんじゃないんだろうか。一応主人ポジションらしいし。
「なんにせよ、ゲンゾーさんに認められるには、三十位でもいいから旅ランに『魔天楼』の名前を載せてやればいいはず。幸いにも今日から新しい月が始まってるし、旅ランも更新されている。今からでも二ヵ月後の結果には間に合うかもしれない」
「そう簡単にいくかにゃ~?」
『無理難題』
諦めの表情を見せる二人に対し、俺はにやっと笑みを見せる。
「なーに、ちゃんと方策は考えているさ。……『客数』。ここに狙い目がある」
上位はさすがに無理でも三十位くらいなら勝機はあるはず。
「まあ詳細は後ほど話すとして、とりあえずは一人でもお客様に来ていただけるよう、しっかり宣伝しないとな」
「宣伝? それにゃらご主人様のところにチラシがあったはずにゃ」
「ご主人様?」
いきなり出た単語に思わず聞き返す。
『ルシフのこと。そう呼ばされてる』
「へー、じゃああいつの部屋に行ってくるか」
チラシを取りに――そしてカトレアにご主人様と呼ばせていることを問い詰めに――。