客室を改装した次は……
「もう、いつまで寝てるのにゃ! もう料理来たにゃよ!」
んっ……。
カトレアが俺の頭ををぺしぺし叩く。
ここは……従業員食堂だな。目の前にはすでに料理が並べられている。
そういえばリムに口と鼻を塞がれたせいで気を失ったんだっけか。
トントン……。
隣に座るリムがカトレアに気付かれないように、こそっと『ごめんなさい><』と書いたメモを渡してきた。悪気はなかったんだろうし、怒っていないので『次は気をつけてくれよ』とその下に書き加えてメモを返す。
ややしゅんとしていた顔のリムに笑顔が見られた。
「ようやく起きたかにゃ。初日だから仕事疲れたのはわかるけど部屋に帰ってからにするにゃよ~」
「大丈夫だ! 明日からはこんな倒れ方はしない!」
――はず! ……大丈夫だよな? 一応リムが原因だったってことは彼女のために黙っておくけど。
「ここまで運ぶの大変だったのにゃからね」
カトレアが手首を振ってため息をつく。
「悪かったって」
「運んだのはリム一人だけどにゃ」
一瞬申し訳なくなった気持ちを返して欲しい。
「まったく、ならなんで疲れたみたいに手を振ってるんだよ」
「んにゃ? 今日の仕事が疲れたからに決まってるじゃにゃいか」
紛らわしい! 確かに何往復もしたからさすがに疲れたけどさ!
『ティナは軽かった』
「それはよかったよ」
リムの中でも『ティナ』でもう浸透しているのな……まあいいや、あだ名と思おう……。
「お姫様抱っこされてたにゃよ。いいにゃ~、似合ってたにゃ~。ウチも一度されてみたいにゃ」
あえてその抱え方かよ。もう意識されてなさすぎてやばいけど、俺は男なんだからお姫様だっこじゃなくてお殿様だっこだから! …………いやいやなんだよ、お殿様抱っこって。冷静に考えてそんなのねえよ! 気持ち悪いわ!
……うん、一人でノリ突っ込みするのはここまでにしよう。とりあえずリム、『じゃあ今からでも』ってメモに書きながらカトレアを襲おうとするのはやめような。ここ一応従業員食堂っていう俺ら以外にもみんながいる場だから。
顔を赤くしているリムを制止させつつ、一つ礼(?)、詫び(?)を入れておく。
「ここまで運ばせて悪かったな。さすがに疲れただろ?」
「……(フルフル)」
リムは大きく首を振る。
『ゴーレム運んだときより断然平気』
「ゴーレムと比べりゃあね! ってかゴーレムなんて持てるのか!?」
「……(コク)」『頑張れば』
マジか! その華奢な腕のいったいどこにパワーが……。
「まあ人間とは違うからにゃ、えっへん!」
「ま、まさかカトレアもゴーレムを持てるのか!?」
「なーにを言ってるにゃ。ウチはタタミ一枚でも精一杯にゃ。にゃからティナと一緒に運んだのにゃよ?」
「…………」
さも当然でしょと言わんばかりのカトレア。……ちょっとうざい。しかし、「にゃははは」と無邪気に笑う姿を見るとうざさも全然許せる。その笑顔は反則だわ。
『魔物も多種多様』
――だな。だからこそこの旅館にもチャンスがあると思っているんだから。
「人型、動物、無機物、精霊、ほんとにいろいろいるよなぁ。俺ももうちょっとそれぞれ特徴や暮らし、それに力を理解しないと」
思わぬ怪力で殺されそうにならないためにもね……。
「まあ難しい話は置いといてそろそろ食べにゃいと料理が冷めちゃうにゃ。いっただきまーす!」
「あっ、ずるいぞ、一番形のいい魚からとるとか。俺もいただきます!」
「……(パン)」(手を合わせる音)
とりあえずは今日消費したエネルギーを取り戻すため、腹いっぱいになるまで夕食を堪能した。
…………はぁ~、美味かった。
料理の味だけは他の旅館と比べても、抜きに出てると思うけどなぁ。まあ野菜や肉がごろっと大雑把に切ってあったりと、見た目がちょっと残念だけど。んー、結構料理の方面で人や魔物を呼べる可能性も――
「で、明日は何か変わったことするのかにゃ?」
カトレアが俺のほほをツンツンと突いてきた。
「んー、そうだなぁ……今日やったことと同じ客室の改装はまだ続けたいとして……あとはやっぱりあの窓だ。天井に近い位置の小さな窓。あれをなんとかしたい」
「あー、あれかにゃ」
『覗き防止用』
覗きか……まあそんなところだろうな。
「そこは窓から見える場所を立ち入り禁止の庭園みたいにすれば大丈夫だろ」
「でも立ち入り禁止とか書いていてもたまに入ってくるお客もいるにゃよ?」
「そういう客にはこちら側が厳しい対応をすればいいさ」
「いいのかにゃ!?」
『お客様は神様』
「もちろんだ。お客様は大事にしなければならないけど、お客様(笑)にはそれ相応の対応も仕方ない場合もあるさ。もちろん、見極めは必要だけどな」
「にゃるほど~、言われてみればこっちが悪いと思いすぎてたのかもしれにゃい……」
「……(コクコク)」
「……わかったにゃ! 窓の位置も変えていいんにゃね。ならゲンさんに頼むといいにゃ」
「ゲンさんって?」
『ゲンゾーさん。建築士、大工両方してる魔物』
ふーん、改築専門の魔物も雇ってるんだな。
窓の位置変更はさすがに俺ではどうしようもないし、そいつに任せるとしよう。
「明日時間のあるときに紹介してやるにゃ。……客室の窓以外では何かすることあるにゃ?」
「もちろん山のようにある…………でも、いまさらになるけどいいのか? 俺を手伝ってもらっちゃって。言い方はわるくなるかもしれないが、今までのようにお客さんがいないからって楽できなくなるんだぞ?」
「つまらないよりは刺激を求めたいにゃ。にゃんかティナに付いていくほうがおもしろそうにゃし」
『楽は楽しいと両立していないと意味ない』
なるほどね、『楽』と『楽しい』は個々ではなく共存していると。ちょっと小難しい話だなー……あれ?
リムがぴらっとメモを一枚めくる。そして隅に小さく文字を連ねる。
『カトレアと一緒ならなんでも』
……わかりやすい理由でなにより。
「ありがと。理由はどうあれ手伝ってくれるのなら助かるよ。……ある程度改装を終えたら絶対にやりたいことが一つあるんだ」
「それは?」
『3』(ぺらっ)
『2』(ぺらっ)
『1』(ぺらっ)
『デデン!』
……デデン! ってちょっと古くない? まあいいけど。
「それはここ旅館『魔天楼』の宣伝だ。せっかく部屋も変えたんだからお客さんに来ていただかないとな!」
狙いはおすすめ旅館ランキング――通称旅ランの採点項目の一つ『顧客数』。ここを狙い目にして、旅ラン順位を上げていってみせる!
ようやく旅ランを含めた話になりそうです。自分でも思うけどたどりつくまで長かった……。
次話で旅ランの採点方式について詳しく説明します。