客室からタタミが消えたわけ
「あったにゃー!」
カトレアの大きな声を聞いてすぐに彼女の元へ集まる。
「……思っていた以上にあるんだな」
一つの部屋、それも十畳以上はゆうにある部屋を埋め尽くすタタミ、タタミ、タタミ。これでもかというくらい詰め込まれている。
山のようなタタミを目の前にして、リムがメモ帳にさらさらと書き俺に見せる。
『タタミ祭り』
その言葉のチョイスはどうだろう……。
リムのメモはスルーしつつ、一畳のタタミを手に取る。
触った感じ保存状態は悪くない。カビも生えていないし、そのまま使えそうだ。
「ウチ一人で一つ運ぶのは重いからティナ、手伝うにゃ」
「いいけどさ。俺じゃなくてリムと一緒に運んだらどうだ?」
確かに大きくて少し重いけど、俺一人でも十分持てる。ここで少しくらい男らしさを見せてや――
「あれ見るにゃ」
――ん? ああ……。
カトレアの指差す先にはタタミ五枚を束ねて軽々と手に持つリムの姿。
こちらを向いて恥ずかしげに笑う彼女。おとなしそうな顔に似合わず、非常に力持ちのようだ。
そのまま三人そろって客室へ。
一往復して一部屋敷き終えた後、ふと疑問を口にする。
「それにしてもなんであんなにタタミが置いてあったんだ? もしかして昔は全部の客室に敷いてあったのか?」
「おっ、その通り。察しがいいにゃあ。確かに一年くらい前までは敷いていたにゃ」
「じゃあなんで今は倉庫に入っているんだ?」
「それがにゃ~……」
『クレームがあった』
クレームかー、タタミだと擦れてささくれていたり、じめじめした天気が続いてカビが生えていたとかか? でも運んだものは全部傷一つ無くてクレームつけられるようなことは何ひとつ見当らないけどなぁ。奥に入っていたものがそうなっていたんだろうか……。
「思い返せばいろいろあったにゃ~。『タタミがぺちゃんこにつぶれた』とか『タタミが燃えた』とか……」
「は?」
つぶれる? 燃える? なんだその状況?
俺が混乱していると、リムはすぐさまメモで教えてくれた。
『ゴーレムや火の魂からのクレーム』
なるほどそりゃそうなるわ。むしろそんな魔物が泊まりに来たらどうしろというのか、いやできな――
「まあそのクレームに関してはにゃんとかにゃったんだけど」
「どうやって!?」
「にゃんか地と火の補助魔法をタタミにかけたみたいにゃよ。だから質感はそのみゃみゃで強度と耐熱を持っているにゃ」
「にゃるほどー」
ちょっと口調が移ってしまった。気をつけよう。
「新品のようにきれいだったのは魔法を付与していたからなんだな。ゴーレムが乗っても大丈夫となるとすごい高等魔法じゃないか。でもそれじゃあ倉庫に片付ける必要なかったんじゃないか?」
「その後に起こったクレームが問題にゃのにゃ……」
カトレアが目を瞑り、腕を組んでうなる。
どうやら相当困った問題みたいだ。
カトレアは昔を思い出しながらゆっくり話し出す。
「夫婦の来客があったのだけど……一晩泊まった次の日、二匹は体中がかぶれていたのにゃ。『昨晩は大変だった』と一言残して宿を出発していって……彼らの泊まった部屋には擦れてついたと思われるわずかな血痕がタタミに残っていたにゃ」
『嫌な事件だったね……』
「なるほど。傷口からなにか病原体が入ったと。その病原体の温床がタタミにあると考えたのか?」
「そうにゃ。実際タタミを倉庫にしまった後は起こってないにゃ。さらに他のクレームも起きていないにゃよ?」
『問題解決』(――文字後ろにピースサイン)
「いやクレームがないのはお客も来なくなったからだろ。もしくはクレームを出す気力もないくらいあきれられているんだよ、たぶん」
あの何もない部屋、不十分な設備じゃあねえ……。俺ならもういいから早く家に帰ろってなる。
「にゃ!?」
『吃驚仰天!』
リムは!がつくほど驚いている顔ではないな。本当に驚いていたらカトレアみたいにリアクションで十分見て取れるはず。
現状の旅館『魔天楼』がダメ旅館であることをリムは理解しているようだ。俺に協力してくれている理由がちょっと分かったかも。
「それにしてもリムは難しい字を覚えているんだな。吃驚とかなかなか書けないぞ」
「リムの最近の趣味にゃんよね」
「……(コクコク)」(ペラッ、スラスラ――)『四字熟語』
渋い趣味だなぁ……。
「ふ、ふーん、好きな熟語とかあるのか?」
この質問にリムはすぐにメモ帳に一際大きく四文字を書いた。
『唯我独尊』
…………なんか似合わねー。
「リムっぽくない気が……」
彼女は首を傾げる。
『超格好良』
確かに格好良い熟語であるのは共感できるけどさ。
「ってかそれはもはや四字熟語じゃないだろ」
『素有仮名?』
素有打世!
『閑話休題』
素有打値! ……ってもういいか。
「まあ、あれだ。タタミを片付けたからといって根本的な問題解決にはなってないんだよ。そもそもかぶれた原因がタタミにあるとは思えないし」
タタミで全身かぶれるなんていままで聞いたことがない。親父の旅館だけでなく、他の旅館の情報含めてだ。
考えられるとしたら食物アレルギーとかだけど…………待てよ。そういえばここって火の魂なんて泊まるのが珍しい(旅館が燃えるから普通お断りする)魔物も来ているんだったな。もしかすると都スピネルでは泊まることなかった魔物の可能性も十分にあるぞ。先にその情報から聞いておくか。
「そういえばかぶれた魔物ってどんな種族だったんだ?」
「ええと確か……」
しばらく考えた後、カトレアは思い出したようにぽんと手を打った。
「ああそうにゃ、吸血蝙蝠だにゃ」
「………………それだろ」
一瞬で理解できた。
「二人――いや二匹は夫婦だったんだろ。客室で止まっている間に喧嘩して噛みつき合ったか、もしくは……きっとお楽しみだったんだよ」
「お楽しみ?」
「いや分からないなら深く考えなくていいよ、うん」
「……(シュー……)」
あっ、リムは分かるのか。
顔が赤くなって、頭から湯気が立ち上っている彼女を見て、俺はへぇーと軽く頷いた。