窃盗犯を追跡
「わかったわ。ルシフも来なさい。あんたにも関係ある可能性が高いわよ」
「なんじゃ? 今いいところ……そうか、何か問題でも起こったみたいじゃな?」
ルーフェさんの真剣な表情にルシフは即座に察したみたいだ。
「ええ、大きな声では言えないけど、泥棒が大多数出現したそうよ。狙いは旅館。離れているとはいえ、あんたのところも危ないかも」
多数の犯罪が起こったことによる混乱を避けるため、ひそひそ声で話す。
「ふむ、わかったすぐに連絡をとろう。旅館に従業員が少ない中、何があってもいいよう、リムにメタルスライムの派遣を頼んでおいて正解じゃったわい」
メタルスライムといえば移動速度がトップクラスの魔物だ。この街スピネルから旅館『魔天楼』まで、十分少々で移動することができるだろう。
「昨日そんなことを頼んでたのか。それでそのメタルスライムはどこに?」
「街の正門とワシの旅館に一匹ずつ派遣してもらっておる。入れ違いになってしまうかもしれんが、こちらにいるメタルスライムに向こうの様子を見に行ってもらうことにするつもりじゃ」
「ということはルシフさんは正門に向かうのですね。私たちはどうしましょう?」
「そうじゃなぁ、メタルスライムに様子を見に行ってもらうのはワシ一人で十分じゃし――」
「だったら私と一緒に来てくれるかしら。犯人と出くわしたら、足止めしてくれると嬉しいんだけど」
「わかりました」
「俺も行くよ。じっとしているのも嫌だし。ククばかり危険なところに行かせるわけにはいかないしな」
「ふーん、ククのこと結構大事にしてくれてるんだ。ちょっと安心したわ。……じゃあ行くわよ、着いてきて」
俺達は旅館を狙った泥棒を追うため、こっそりと闘技場を出ることにした。
正門に向かうルシフとは別れ、『勇々自適』の旅館へと急ぐ。
途中で出会った大会関係者や、旅館の従業員の中には額に汗を浮かべながら、どこか落ち着かない様子の人も何人か見かけた。もしかすると泥棒に逃げられたのかもしれない。
闘技場には用心棒の精鋭が集まっているとはいえ、大会中であるので運営が街の警備を強化しているはずなのに、泥棒に逃げられる。プロの犯行なんだろうか? それに同時に多数の旅館で起こるのも不自然だ。何かの目的があって集団で犯行におよんでいる可能性が高い。しかしどういう目的が……?
「……嘘でしょ! 嫌な予感がするわね」
大通りの十字路目前で、前から走ってきたのは、ルーフェさんと同じ柄の着物を着た女性二人だ。明らかに誰かを追っていた様子で息切れを起こしながら走っている。
「何があったの!?」
すぐさまその二人に駆け寄ったルーフェさんが問い質す。
「ど、泥棒が入って……ルーフェさんの宝剣レグンブーが……奪われました……」
「追いかけたのですが、つい先ほど見失ってしまって……」
「ついさっきってことはまだ近くにいるわね。手分けして探すわよ。何か泥棒の特徴はあったかしら?」
「すごく素早くて、顔も全然認識できませんでした。これといって特徴は……ただ宝剣をしまうのに大きな長細い木箱を用意していました。それが泥棒の目印です」
「大きな長細い木箱ね。わかったわ。それじゃあモールたちは左、ククたちは右の方を探してくれない? 私は空から探すことにするわ」
「「了解です!」」
「ウィンドウェア」と唱え、風を体に纏わせたルーフェさんが急上昇する。さすがはルーフェさん。補助魔法が得意とするエルフの中でも、自在に空を舞えるのは彼女くらいなものだ。
俺とククは十字路を右に曲がり、大きな細長い木箱を持っているという泥棒を血眼になって探す。
「くそっ、この人混みの中で探すのはきついぞ」
「しかし大きな木箱が目印です。何かに包んでいるかもしれませんが……」
「その木箱の大きさってどれくらいなんだろうか? 剣の大きさにもよるけど」
「実物は一度見させてもらったことがありますが、あの宝剣が入るとなると、人一人分が入るくらいでしょうね」
「結構でかいな。となると重さも?」
「それが特殊な素材を使っているらしく、大きさに比べてかなり軽いと聞いています。運ぶのには苦労しないかと」
重いのなら汗をかいていたり、疲れていたりしているんじゃないかと思ったけど、当てははずれた。大きな荷物を持っている人物に声をかけていくしかないのか? でもそもそもそんな大きな荷物を持った奴周りにいない気が――
「――あっ、あそこに!」
とか思っていたら、ククが不審な影を見つけたみたいだ。狭い横道を指差す。
「こっちから行きましょう! そこの裏通りから街の外に逃げるとすると、東門に向かうはずです! 先回りしましょう!」
カトレアほどとはいかないが、ククも街の道のほとんどを把握している。ここは信じてククに付いていこう。
「はぁ、はぁ……」
――速い。歩幅は明らかにこちらの方が大きいのに、ククに離されそうになるのをなんとか踏ん張って付いていく。
「足の、速さには、自信、あったん、だけど、なぁ……」
ククが裏道に入り、少し進んだところで急にブレーキをかける。
「――っと、ごめん!」
思わずぶつかってしまったけど、ククは全く動じない様子で向こう側を凝視していた。
「……クレスさん、ビンゴです」
「え?」
俺達の前には大事そうに大きな風呂敷をかかえた一人の女性が立っていた。あの風呂敷の中に、宝剣の入った木箱があるのだろう。
「ちえっ、せっかく追跡をまけたと思ったのに。ほんとしつこいねー。そんなんじゃ男に嫌われるよ?」
「そんなことで嫌われません。ねえ、クレスさん」
「お、おう」
なぜ俺に振る。というかしつこさはこの際関係ないだろ。しつこさより悪事をはたらく方が嫌われると思うぞ。
「早く宝剣を手放し、お縄についてください」
「べぇー、やなこった。せっかく手に入れた大きな獲物だよ。私のほうからもいわせてもらうけど、そこどいてくれないかなあ?」
窃盗犯はポケットから何かを取り出す。
鞭だ。しかも先端がバチバチと光っている。防犯用の魔石と鞭を合わせたのだと推測できる。となればまともに食らうと気絶する可能性が高い。
「痛い目みたくなければ……ね」
ウインクしてお願いされたけど、鞭をしならせながらなので全く可愛げはない。
「そうですか……その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
ククはそう言うと、懐から手鏡を取り出し、それを真上に空高く投げる。
「はあ? いったい何やってんの?」
窃盗犯は唖然とするが、次の瞬間――
ビュン!
と真上から風邪が吹いたかと思うと、俺達と、窃盗犯の間にルーフェさんが立ちはだかっていた。
なるほど。さっきの手鏡は俺達がここにいることを、ルーフェさんに知らせるためのものだったのか。
「へぇー、おもしろいもの持ってるじゃない。それでこの二人に何をしようとしていたのかしらねえ~」
相手は武器を持っているにもかかわらず、ずかずかと窃盗犯に詰め寄るルーフェさん。顔はにこにことしているけど、明らかに怒っているのを感じる。
「やば……これ詰んだわ……」
一方の窃盗犯は、この上ない絶望の表情をしていた。
いつのまにか100部も行っちゃってました。そろそろ完結させたいですねー。……たぶんあと五万字くらいかな、と思っています。