プロローグ
基本主人公による一人称ですが、プロローグのみ三人称になっています。
……魔王が勇者に敗れてからもう百年近く経つだろうか。
人間と魔物は領土を明確にし、争うことはない平和が続いている。特にその様子を顕著に見られるのが――観光都市スピネル。
ここは互いの領土の境、魔物と人間の共存する珍しい大都市である。
人間の商う店で魔物が買い物をしている姿も少なくない。
多種多様の土産物、飲食などの店が建ち並び、客の奪い合いをしている中、昨今一番熱い戦いを繰り広げているのが人、魔物の泊まる宿――
『旅館』である。
領土の境という限られた土地であるためか遠くから来る観光客は非常に多い。そのため、旅館という旅の疲れを癒す場所はキーポイント、非常に重要視されているのである。
今では『おすすめ旅館ランキング』(通称・旅ラン)というのが隔月に発行され、注目を浴びている。
そんな中、都市スピネルより少し離れた丘に建てられた――旅館『魔天楼』。
ここは世界でただ一つ魔物が経営する旅館である。
旅ランは圏外。
圏外の中でもかなり下のほうである。
魔物の従業員で構成される旅館は珍しいというのに、なぜここまでの順位か――まあ簡単に言ってしまえば、立地条件では到底なく、接客、経営に多数の問題を抱えていたからである。
経営不振が続く中、ある日やって来た――いや偶然にも連れて来られた一人の人間によって画期的に変わっていく。
「……団体さんが来たわ! 張り切るよー!」
今日は数日振りに多数の客が泊まりに来ているようである。
「グールもいるって? においの問題があるから別館へ案内だな」
「珍しいこともあるもんにゃ。人間のお客様も来てるとは。……せっかくだからティナが行ってくるといいにゃ♪」
「おいおい、次の接客はカトレアの番だろー。楽したいからって仕事押し付けるなよ……まっ、人が相手なら俺としても気持ちが楽か。行ってくるよ…………よし! それでは最高のおもてなしをしてきます」
「うん、いい笑顔だ。行っておいで!」
「はい!」
一人の人間の仲居が店の入口――体長三メートルは超える石の巨人ゴーレムすら入店できるほどだだっ広い受付ロビーに向かう。
いらっしゃったお客様を見つけるとすぐに一礼し、にっこりと笑顔で挨拶する。
「ようこそお越しくださいました。ここは癒しの空間『魔天楼』です。ごゆっくるおくつろぎになってくださいませ」
これはサービス精神の欠片もなかった魔物旅館が旅ラン一位を目指して日々奮闘する物語である。
一応一言――『魔』天楼は誤字ではありません!