通学にて2
今回からグロい描写が……
閲覧するときは注意してください。
彼女は千代というらしい。しかし、その名前は不確かだ。彼女は自分をそう名乗ったが、かなり考え込んでからの発言だったので成り行きからそう言っただけなのだろう。なぜ? それは聞かないで置いた。どちらにせよ、聞いたところでここからは出られない。雰囲気を悪くするより、彼女と仲良くなることを考えた。
「君は、よく電車に乗るのか?」
「うん? ううん、初めて! 電車初めてだよ?」
元気の良い声で言った。本当に不思議な少女だ。出られないとわかっているのにこの笑顔。千代は椅子に膝を乗っけると、同じ風景の流ればかり映し出されている窓を眺める。つられて俺も窓に視覚が引き寄せられる。そういえば、通る光景は何度も見ているが、こうしてゆっくり目を通すのは久しぶりだ。電車の窓ではずっと同じ絵を動かしているようだ。放送終了時のテレビが出すカラフルな線とピーッという耳に残る音を思い出した。何であんな音や色を表示したりするのだろう。もっと自然の風景とか、そういう絵の方が返って見たくなりそうなものだが。
「テレビにもこんな感じで、同じ絵ばかり映すことがあるよな」
「うん」
「何でそんなつまんないことするんだろうな……」
そのまま頭に浮かんだ疑問を口に出してみた。深い意味はない。ただ、無言が少々嫌いな俺は話すネタが欲しかっただけだ。
「う~ん……」
千代は真剣に考える。しかし、答えが出ることはなかった。
「わかんない」
「ははは……だろうな。俺もわかんねーし」
そう、テレビを放映している人たちの考えなんてわからない。ついでに色々ひっくるめてまとめると、大人の考えなんて理解不可能だ。嫌なことを思い出してしまった。大人は俺たち青年や子供を苦しめることしかしない。『仕事をやるということは大変なことだ』とか『プロになるなんて馬鹿げたことを考えるな』とか、やりたいことに対して鎖を掛け、行く手を阻むのが大人だ。で、キレた俺たちへの言い訳は『それが愛のムチだ』とかなんとか。
俺は過去にあるニュースを見たことがある。何でも先生が厳しい指導を行い、生徒が飛び降り自殺をしたらしい。なるほどと思った。先生のやり方はやりすぎだ。何が愛のムチだ。ただ単に言いすぎて失敗してるじゃないか。
「でもきっと……」
「ん?」
「色々訳があってそういうことをしてるんだよ!」
だったらいい。あの放送には何か理由があるだろう。しかし、いつの間にか俺の疑問の主旨は変わっていた。千代のその台詞に今の疑問に対しての反論をぶつけると、きっと先生や両親は何も言い返せなくなるだろう。
――訳あって説教しているなら、生徒が死にたいと思うほど追い詰めたいということか。
所詮、先生もそんなもの。学校内で善人を気取っているただの人間だ。結局、善悪を判断ができなくなっているのは大人の方だ。
「…………」
ということは、だ。ここには誰もいない。電車の音が少し気がかりなだけで、うるさく騒ぐ大人や精神的に参ってしまう対人関係も皆無だ。あるのは自分という存在と、初めて会ったとても素直な少女のみ。同じ風景を見ながら、俺の内側にあるものがだんだん空っぽになっていくのを感じた。そして、しばらく経つと、今度はその何もしていない状況が内心をほわほわとした温かい気持ちに変わっていく。
「――そうか」
幸せってこんなもんなのか。俺が望んだ世界がここにあった。それは何もない世界。自分を狂わせるものが全てなくなった世界だ。電車の中を選んだのは、ここが一番落ち着いていられた場所だからなのだ。俺は静かに息を吐く。
「ねぇ……どうしたの?」
「何でもないよ」
「ねぇ遊ぼう?」
「あぁ、いいとも」
千代は頷いた俺と目線を合わせてニコッと笑うと、細い手で俺の手を引っ張った。冷たい。まるで氷を掴んでいるかのような体温だ。しかし、それ以上のことを感じることはなかった。手を引っ張られ、四両目に連れて行かれる。ここが最後の車両。千代は、顔をこちらに向けた。いまにも何か言いたそうな顔をしている。わかっていた。彼女の言いたいこと。俺は代わりに言ってやろうと口を動かそうとした。その時。
「おいっ!!」
突然、千代以外の声が響いた。低い男性の声。俺は不意へと振り向く。白い髪の毛をした青年だった。
「だれだよ……」
「だれでもいい! そいつから離れろっ!」
離れ……る? 俺は千代を確認した。完全に表情が醒めていた。あるのはしかめ面でため息をつく姿のみだ。
「あーあ……つまんない。せっかくこっちのおにいちゃんと遊ぼうかなぁと思ってたのに。でも楽しかったからいっかぁ。騙されたおにいちゃんの絶望した無様な姿が見れたし」
「……えっ?」
騙された? その言葉に俺はピクリと正気を取り戻す。
「どういうことだよ、千代!」
「そのまんまの意味だけど? あぁ……オナカスイチャッタ。おにいちゃん今度は本気のお願いね?」
俺に千代は近づく。さっきとはまるで別人のような目線だ。思いやりがありそうな瞳をしていたが、今はその面影すらない。俺を嘗めるように見回す千代。一通り観察し終えたと同時に、立ちすくんだ状態の俺は息を飲んだ。
「ハラワタトリダシテクッテイイ?」
野太い、且つ何重にも重ねたような声だった。と次の瞬間、俺の視界は真っ暗になる。
「これって……」
柔らかい。何かの中だろうか。すぐさま理解せざるを得なくなる。俺に触れたのだ。硬く尖った牙が。
「う……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アハハハハハ……オニイチャン、ワタシワカルヨ? オクチジュウニヒロガルノ。オイシソウ……クッテイイ?」
「嫌だ……嫌だぁぁぁぁっ!! 助けてくれぇ!」
陽一ピンチ!
区切りが悪くてすみません。