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第86回(家=国家=小宇宙の神話以前・その38)

 ふわー、ちょっと身を乗り出して下の方を覗いてみれば。伝承では青き衣を着た人が金色の野に降り立つのだそうですが今見えるのはその逆です、光纏いし天上の人々が青き広野に降り立つよう、目を眩しく射る水の青が、自在な筆遣いでここには厚く・あそこにはさっとひと撫で、同じものはふたつと無い勝手さでちりばめられた白さと、それらの奥に時には緑・時には黄色・時には赤味を帯びた、これもまた無心の造形センスで形作られたような様々なアクセントとで重層的に飾り立てられ、何処までも何処までも広がっているのです。いやー、大地って高所から見下ろすと実に様々な色合いを見せてくれるものなんですね、雲は殆ど単色ですけどあのずっと見続けてるとくしゃみが出そうな眩しさはやはり見事です。おお、かと思ったら光景が一変、窓の外は暗闇一遍に。これはなんですか、わたしたちが地球の夜の面に入ったってことですか。とするとわたしたちは地球の高度どの辺りを周期どれくらいで回ってるんですかねぇ。ああ、さっきは真っ黒にしか見えなかった辺りに星が瞬きだした、昼の面では地球の明るさに目が眩んで、変わらず背景にあったはずのあれら星々が見えなかったんでしょうね。おおっ! これはまた夜の地球で一大スペクタクルが! 目を焼くような激しい光点の明滅が同時多発的に起こっています、今地球の広い範囲を活発な雷雲が覆っているのでしょう。うおーっ、光がうねる! 走る! あっ! スプライトだ! 今宇宙に向かって赤い光のシャワーみたいなのが噴き上がったよね? ああっ、また! ほら風ちゃん凄いよ! スプライトだよ、スプライト!

「…」

 あり? どったの風ちゃん、そんなに深く眼窩を落ち窪ませて。

「王よ、あれが地球かと何故女神に問う? この奇跡は私のものだz」

「蚊ぁんの野郎がよぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 ぶわっちぃぃぃぃぃん!! うおふぉっ、女蚊様が風ちゃんの耳許にぷ~んとすり寄り拗ねたように訴えたのがスイッチだったのか、千切れんばかりに伸びていたらしい風ちゃんバネの掛け金が突如外れた、直後空気も固体化せよと言わんばかりの巨大エネルギーにて閉じられる両の掌、狙いあやまたず女蚊様をデス・サンドイッチ。うあうあ。あ、いや。女蚊様不死身だったか。うん、平気。多分。

「俺はただ引っ越ししようとしてただけなのに! それが今宇宙の渚に立つとかっ! 訳分かんぬぇーっだろっこんちくしょっばばっうあっはぅわはあああああ!!!」

「何を泣いている? 突然宇宙にやって来て不安に思うなら、要らぬ心配だぞ?」

 うん、やっぱり何ともなかったね。女蚊様は、相変わらず風ちゃんの顔の周りをぷ~んと飛び回っています。

「空間を歪めたか」

 女神様がなんかキリッと解説。いやそんな、“神の手” の新参者じゃあるまいに。

「王の懸念通り、これは確かに新居を利用した宇宙船ではあるがな」

「ねぇ風ちゃん、風ちゃんそこんとこ懸念してたっけ?」

 それは直接女蚊様に聞いてあげようよ、女神様。

「しかし実態は宇宙船以上の物だ。お前たちを新居に飛ばすと同時に私は再び世界を生んだ、新居がちょうど器となる程度の箱庭世界をな。よって、私たちが今いるのは宇宙船内ではない、なりは小さくても新しい母なる惑星ほしである」

 はー、そうですか。ここが母なる惑星ならば新鮮な空気・適度な熱・有害な宇宙線をカットする仕組み等々、いつの間にか宇宙に出てたことには気付かせない環境が、我ら旧母星・地球と同等に整えられてるらしいのも納得です。お? しかし食料や水、利用可能なエネルギーの持続的調達は? 物質の自律・恒久的循環については?

「ふふっ。全て地球システムの欠陥を補いつつ、この極小天体に適合するよう調整もしてある、不自由は何も無い。くくっ。しかしこんな箱庭でな。新鮮な海産物が得られ続けるようちょいと知恵を絞ったなど、我ながら可笑しいぞ」

 新鮮って、ぴちぴち?

「漁はお前たちでするのだぞ」

 そりはまたこだわりの…けど女蚊様。とか自慢しまくっちゃって、さっきは重力=1Gを忘れてたでしょ?

「ん? まぁ許せ。創造するもの・調整するもの、あまりに多かった故」

「おいお前ら。俺はそんなことを詳らかにしてもらいたいんじゃないんだ」

 風ちゃんはまん丸に開いた瞳孔を女蚊様に向けて訴えます。

「何でもいいから早くこの家を元のところへ戻せ。こんな未確認飛行物件が衛星軌道上を周回してるとか、うっかり知られでもしたら大事だろうが」

「この雄飛に胸躍らぬとは人柄もあろうから致し方ないが、戻れというのは聞けないな」

「なぜ」

「私に思うところがあるからだ。王は誤解しているようだが、私とて戯れ事でお前たち一家を母なる惑星から引き離したのではないのだぞ?」

個神こじんの都合と、この家がなんの通達も無く各国上空を通過してて国際問題になり兼ねないのとだな、おおおま、お前はどっちを重視して」

「報告します。最終軌道修正マヌーバ、無事完了しました」

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