第71回(家=国家=小宇宙の神話以前・その23)
「風太?」
姐御さんも怪訝に思ったのか手を伸ばして風ちゃんの上着の袖を引っ張ります、あ、風ちゃんの目の充血がすっとおさまった、軽く揺すられる程度で我に返れて良かったわ。
「…あれ? いや。ちょっとお花摘みに」
乙女のように頬を染めてるのがたった今の行為あるいはこれからの行為どちらに恥じらってるのかちょっと興味あるんだけど、風ちゃんはわたしたちの胸の内を知ってか知らずかそそくさと席を立ちます、すると当然床にも積み重なりひしめき合い、ついには荒々しい肉のうねりと化していたメル変どもの海が突如秩序だって割れ速やかに風ちゃんを通す道を作ります、きゅんきゅーんさすがはわたしたちのメル変の王、でも出来ればその道は鷹揚な足取りで渡って欲しかったの、ちょっと前屈みの小走りなんかじゃなくて。
「…んっ」
風ちゃんが台所を出てってから暫くした頃です、姐御さんが痙攣するような唐突さでスカートのポケットに手を突っ込みました、そしてぶーぶー振動してるケータイを取り出します。なんか着信がありましたか。
「メールだ…え? 風太から?」
おや、お花摘みに出掛けた風ちゃんが一体何を。姐御さん同様訝しむ気持ちになって文面を読む姐御さんを見守ります。………ん? どうしました、ケータイ睨み付けて固まっちゃって。はっ、もしかして風ちゃんの身に何か。言葉を失うほどの粗相したとか。
「…」
姐御さんはなおも眉間に皺を寄せ黙ったまま、けれどケータイの画面をこちらに向けてくれました。ふむ、では代読しましょうか。
件名:風太です☆取り敢えず聞いてくれ
厳冬の一日、北面し換気良好な厠にて吟ず。
『かじかんで モノ摘む手の 怨めしき哉』
ほほぅ。ひやっ思わず一句、そんな強い経験が風ちゃんの腰部を貫いてたんですネ。
「その経験を吹聴するならそりゃセクハラだっ。ったく、男ってのは…やっぱり、ちょっと親しくなったと思うと、途端にこうなのか」
姐御さん、顔を真っ赤にして震えてますがそれホントに怒りの感情だけですか? う腐巫、まぁそれは置いておくとして何故かこのメールには鵜呑みにしてはいけない何かを感じますよ、う~ん…あ。姐御さんほら、このアドレス見て。これケータイから送信されたメールですよ、でもって風ちゃんはケータイ持ってないから、メール送るとしたらそれはPCからで…
「きらりっ」
姐御さんが瞳に閃かせたその光よりも早く振り向けば、その先ではわたたたた、両手の上で自分のケータイをお手玉してるリンちゃんの姿がある訳でして。
「リンちゃん…まさか…」
「げへっ。べろっ★」
リンちゃんはその愛くるしい容姿からは全く想像も出来ない、喉の奥から真っ黒な塊を吐き出すかの如き尋常ならざるダミ声で一声叫んだかと思うと、メル変どもうねる肉の海をどかどかどか、一寸の躊躇もなく踏み抜くように押し渡って台所から逃げ出します、ああ後には明瞭なだけで美しくない道が一本と、各種各様の怨み節だけが残されて。
「リンちゃん、何故なんだ。私、今まで目をかけてきたよね? それこそホントの妹みたいにさ」
さもショックだという風に呆然と仰ってますけど、二人の関係が変わっちゃったのは、そもそも姐御さんに劇的変化があったからなんじゃないですかねー。
「宣戦布告というわけかい…ふふ、いいだろう。姉貴分として、受けて立つよ」
ま、たった今のイザカヤ・ドリンキンタイム・ジョーク一つ取っても分かるように、魔性の妹分も相当だと思いますけどね。せいぜい竜虎相うって…おんや? 廊下からわっしょいわっしょい、なにやら威勢のいい掛け声が。なんですかまた急に。
「わ、わ、わ。ちょ、みんなもういいっ。下ろしっ、下ろしてくれて、いいからっ」
弾力・色合い・体毛の生え具合・味の等級等々、多種多様な肉うねるメル変の海の、一際見事なビッグ・ウェーブに時には勢い余って放り上げられ、時には重力を忘れるほど突き落とされ、わっしょいわっしょい唱和するメル変どもの掛け声はまた野太く、彼女が台所に担ぎ込まれたる様はまさに神輿、そう、慌てふためいた声と共に押し流されてきたは我らが女神様、三つの回転軸で複雑にぐるぐるさせられてる状況は砂底で転がされる小貝の比ではありません、メル変の海が意志を持って深く窪む・力を溜める! ゆっくり落ちる女神様の華奢な背中を待ち受ける! 頃合い見計らって一気にどーん、これが最後と景気よく、肉の海は今までで最も強烈な突き上げをかまします、女神貝は虚空でぎゅるるるるっ推定最大はz軸方向の2000rpm、吹っ飛んでわっこっちに突っ込んできた! 肉が裂け! 骨砕ける! 職人技冴える死に神のSEって、わーっ!? 女神様っ、女神様ーっっ!!
「もー、一乙したハンターじゃないんだからもっと丁寧に扱ってよ。あたたた…あーあ、朝方から痛んでばっかり」
何事も無く起き上がってぼやかれます。うん、理解したよ。女神様はもう、誰の心配も要らないんだね。




