第58回(家=国家=小宇宙の神話以前・その10)
「はっはー、いい子だいい子だ。しかし今は俺と遊ぶんじゃないぞぉ。ほれ、あの穴の縁に誰かの指が覗いてるだろ。あの人が遊んでくれるってさ。かくれんぼかなー?」
「なっ」
きらーん。表裏一体っ子は、確かにその覗く指先の像の電気パルスを受光器で解析したのでしょう、そして思ってもみなかった新しい遊び相手の出現に興奮し、歓喜に視覚野を輝かせたのでしょう。いえ、その輝きを見たのはボクらだけじゃありませんでした、姐御さんもです。穴の中の姐御さんには外で何事が進行中かは無論見えません、けれど明らかに表裏一体っ子の昂ぶりに合わせて狼狽した声を出しましたし、全身の竦みを縁を摑む指先に集約させ表しもしたのです。
「よーし。表裏一体、行ってこーい!」
みぃ・つ・け・た・っ♪
「ひっだっ! ぶぷっ、たっ、やめっ、くそっ、んんっ! ちょっどこに潜り込んで、うひっ、い、ふっ…あっ! あーーーーーっっっ!!!」
さすがに気にならない訳もなく、姐御さんはその行為が自身を一層追い詰めかねないと承知していてもなお、両腕に力を振り絞り穴の外を窺わずにいられなかったのです。表裏一体のメル変っ子が再度の大跳躍で自らをディープインパクトしてきたのはちょうど目が穴の縁の上に出た時です、((狭い範囲に集中した質量)×(目にも止まらぬ速さ)^ 2)/2を姐御さんは眉間で受け切ることになりました、仰け反った拍子に首がもげてもおかしくなかったほどの撃力だったんですがそれに耐えたってのは大したもんですね、ところが表裏一体っ子としては見付けたんだからこっちへ来るの、姐御さんを早く早くと穴の外へ引っ張り出したかっただけなんでしょうけれど、それが出来へんからこんな苦労しとるんやないかい! それどころじゃない姐御さんに結果的にじゃれつく格好になりまして、ふふん、やっぱその対風ちゃん用勝負服は仇となったようね、両者揉み合う内に表裏一体っ子がするん、セーターの両肩も露出するほど広い襟ぐりから服の中に入り込んじゃいました、表裏一体っ子はこれを更なる余興と受け止め益々じたばたもぞもぞ、姐御さんの均整の取れた上体のあの辺やこの辺でグッド・バイブレーション、過ぎた力は破壊だが適度な力は創造を、故にほんの一瞬気構えが緩んだ姐御さんは一気に窮地に陥り…その十指は遂に、それは強靱な意志の象徴だったはずなのに、自らを手放すことすら極限に至ればあっけないものです、最後は力無く2度、3度虚空を引っ掻いて、光届かぬ穴底へと消えていったのでした。ううむこれはまた。いやはや寓意に満ちた。ん? いやいや、浸ってる場合じゃ。ねぇ風ちゃん、姐御さんもだし、表裏一体っ子も一緒に落ちちゃったけど。ホントに大丈夫ん?
「そぉのうちなんとか なーるだぁーろぉおおおおおぇいっと」
いやそんな、はっはっはーって。風ちゃん物腰は鷹揚に、発する高笑いは実に軽ぅく。メル変どもの亡骸を掻き集めたレジ袋を両手に提げると、部屋を出てっちゃいました。えーホントっすかー。その内なんとかなるっすかー。風ちゃんにいかな勝算が。それも気になるけど、もしその内なんとかならなかったら風ちゃんどうするつもりなんだろうってそっちもまた気になって夜も寝ないで昼寝して。ぐぅ。…はっ。…は? ややこれは。ボクたち寝ぼけてる訳じゃないよね、おめめごしごし。ほら二重まぶた、じゃなくって。やっぱりおや空目かな、って訳では無さそうで。ふーむ、ほうほう。そうですか、その内なんとかなるだろうですか。確かにマジックワードだ。ただ今の場合、この言葉には不思議と抗ストレス作用がある、そんな意味でマジックと言うんじゃなくて、まったくもって手品を見せられた気分だからそう言うんですけどネ。
「よーしよしよしよし。ほらエサだぞー。たんと食えー」
そんなことに感心していると、風ちゃんの声が再び階段を上って近付いてきます。もぉ、まぁた別の王国の主みたいなこと言って。でも、やってることは近いんだよなぁ。




