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第55回(家=国家=小宇宙の神話以前・その7)

「そ、そんなことよりさっ」

 姐御さんは勝負服と思って選んだ可愛らしいスカートが皺になるのも構わずに、裾を両手でぎゅっと握りしめ、声を裏返しながら言います。うふ。なんだか今の姐御さんの方がね。必死で可愛いわ♪

「このメル変って子たち、この家にどれくらい居るんだ? ここに寝てるだけでも随分色んな子が居るみたいだけど…」

 横目でちらちらとベッドの上を見ています。別にそんなにね。意識せんでも。ひひ。

「例えばこの、『開閉』としか言いようの無い連中…」

 あっ。姐御さんそれは。あっあっあっ。あたあたあた。それはまさしく仰る通り、この宇宙に存するありとある開閉の風景を、一口に開閉って言ったって引く押す開け閉め・持ち上げ下ろす開け閉め・左右の回転による開け閉め・電流の流量による開け閉め・パスワードロックみたいな状態による開け閉め・更には随意筋による開け閉めなどなど、とにかく色んな開閉がある訳でございまして、要するに言わば “開閉” の全見本が生きものとして生活しちゃってる実体がこの開閉のメル変っ子なのですよ、だからそんな連中をけしかけられるとおあたぁ! 指先挟まれちゃったり、ツィスト! ツィスト! ちょっさすがにそれはっボクたちも焼き切れっ、んっんっんっ、なぁんかちょっとばかし目覚めちゃってもいっかなーとかなんとか、おおお思ったりしてしまうのですぞーっ!?

「うぅむ、こちらは…そう、全く『表裏一体』としか理解しようの無い…」

 ためつすがめつ、表裏一体のメル変っ子を見定める姐御さんの目は真剣です。ちなみに表裏一体のメル変っ子ってのはこの宇宙に存するありとある表裏一体の風景を

「(ry」

 あい。

「わっ。こっちはなんだ。まるっきり『穴』じゃないか」

 ん? わわっ。姐御さんそれはダメ! 覗き込んじゃ危なっ

「…え?」

 追い付かない理解が口をついて出た時には、姐御さんはもうその “穴” に頭から落ちかけていて、でもそこはさすがに姐御さん、一瞬で我に返って無理矢理身を捩り、辛うじてその “穴” の縁に両手をかけてぶら下がったのです。今度は小さく苦痛を訴える呻き声。無理に体勢を入れ替えた時どこか捻ったんでしょうかそれとも両手だけで全体重を支えたから衝撃でどこか痛めたんでしょうかとにかく姐御さんの一大事! どどどうしよう。

「人を! 誰か呼んでよっ!」

 姐御さんは足をばたつかせ必死に体を持ち上げようとしますが、姐御さんそれじゃダメなんだ、なんてったってそいつは穴のメル変っ子、そこに入るものがあればただ諾々と受け入れる、そんな穴というものの本来そのままが進化適応生活している輩なんだから、一度そいつの中に落ちかけたらね、後はもう完全に落ち切るしかないのが宇宙の理なの。そんな訳でして。誠に言いにくいのですが今更助けを呼んだところで処置無し、そのまま潔く落ちて頂く以外に選択肢は無く。

「ええっ!? 落ちるって! 何処に!」

 さぁ何処でしょうねぇ。その穴メル変については分かってないことが多いのですが、一つ二つはっきりしてるのが今申した通り穴の本質の進化適応した姿であるが故に落下に関しては無機の穴より一層厄介であること、後はそうですね、あ、具合のいいことに。丁度指摘したい現象が始まりました。

「ひっ? なんだ、なんか降ってきた! いたた! お、落ち…! おおい、一体何が始まったんだよぉ!?」

 姐御さんに降りかかり始めたもの、それはメル変っ子たちの亡骸です。ほらさっき、夜毎風ちゃんの温もりに惑わされ、飛んで火に入る如き自ら滅ぶメル変っ子の話をしたでしょ、そういった連中の今夜分の亡骸が穴メル変の中に落ち始めたんですよ、この事実が穴メル変について言い得るもう一つのことで、その理由となると未だ皆目見当もつかないのでありますが、何故かこの穴メル変、気持ちよろしゅうてやがて果てまで果てちゃったメル変っ子たちのバルハラとなってるようでして、ホントにこう、まるで戦乙女たちに導かれる神話そのままの光景みたいですよね、置き時計など他の動き得る諸々は微動だにしない中、亡骸だけが自ら進んで穴メル変の中に落ちて行くでしょう。いやまったく、穴メル変のトンネルを抜ければ常春の理想郷だったとか、案外行ってみる価値あるかも知れませんよ、姐御さん。

「冗談言って…まじ、落ちるっ…風太…」

 メル変たちの亡骸は突風に強打された小石の如く、姐御さんの肩と言わず頭と言わず、まさに自らの命を逃さんとする十指にも、情け容赦ないつぶてとなって姐御さんを苛み続けているのです。あわわ、姐御さんの指が穴の縁から離れたり必死に摑み直したり。そしてだんだん、体重を支えるのにぎりぎりの本数しか縁にかからない時間が長くなってるようです。やばげ。ううむ、さっきは落ちるが宇宙の理とか言ったけど、それを覆す別の理はないものか。でもなぁ、理が別の理で否定されちゃうなら、それはもう理じゃないんだよなぁ。そんな理無し。ああ、なるほど無理かぁ。それを無理と言うんだなぁ。なるほどなぁ。無理なんだなぁ。

「ば、ば、ば、ばかーっ!」

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