表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/91

第53回(家=国家=小宇宙の神話以前・その5)

「あっ! なんだその目。腐ったものを見るみたいにっ」

 姐御さんは再び顔を真っ赤にして、今は何かを待ち侘びるみたいに薄く開きちょっとだけ前歯を覗かせている、例のア・ピース・オブ・人面に発作的に手を伸ばし。

「大体風太がこんな不埒なものを枕元に置いとくから…ふぬぉっ!?」

 今度はバク転までいかなかったものの、姐御さんまたまた叫んで仰け反った。何故ならばその不埒な人面片に姐御さんの手が触れようとしたまさにその時、どんな動体視力にも捉えられぬ明滅的変化、不埒な腔状器官は細く整った指先を持つ左手へと気付けば姿を変えていて、己に向かって伸びてくる姐御さんの右手とがっちり! 熱く力強く組み合ったからです。ほら姐御さん、だからさっき手をかざしてみてって言ったんじゃん。その時素直に従ってれば、今そんなに驚くことも無かったのに。

「…はっ! うわっ、わっ、だからなんなんだよこれ! 気色悪いっ」

 今度はア・ピース・オブ・人体、左手の手首から先くらいの断片と期せずしてロックアップしちゃった姐御さんは暫し呆然と状況を眺め、さあ両者手四つの体勢から胸を合わせて力比べだ! とまでは残念ながら気持ちが昂ぶらなかったようですが、我に返るなりしっかり指を絡めてくるその人体片を振り飛ばそうと、慌てて右手を思い切り振り始めたのでした。ぶんっ。何度目かの強大な遠心力に観念したか、遂に左手首のみが元いた枕の上へ振り飛ばされます。ぼす。うきゅるっ! そしたらまぁ、枕の弾力で左手首のみが跳ねたと見えたのは錯覚のようでした、全ての経過をカットした編集映像を見るように、もうそこにはソフトボール大で全身鏡面に輝く、水銀の滴のような奴がうきゅるっ! うきゅるっ! なにやら鳴きながら枕の上でぽすんぽすん、自力で跳ねているのです。あー、姐御さん。こいつ怒ってる。粗雑な扱いされたもんだから。

「だーかーらーこれは一体なんなんだってさっきから聞いぃてんだろ教えてくれよまっとうに扱わせていただだぐぉっあぁ」

 んだば姐御さん、落ち着いて聞いてくださいな。この真球の鏡という奇跡のような存在は別に奇跡でもなんでもなくって、ご覧の通り自身に映ったものの成分組成・構造・色・つや・形・性能等、つまりそのもののあらゆる定量的・定性的個性について厳密に我が身に写し取ることが出来る輩でございまして、ボクらの間では単に鏡メル変って呼ばれてるメル変っ子なんだよ。

「んー、んー。それ要するにだね」

 姐御さんは目を閉じ、皺を寄せた眉間に手を当てたり離したり、必死に言葉を探すようです。

「人を映せば人体の一部に変身し、例えば…そう」

 姐御さんは目を開き、枕の上に視線を定めました。そこでは鏡メル変がころころ、今は不満げに小さな円を描きながら転がっています。姐御さんが不意に手を伸ばし、無造作に鏡メル変を捕獲して、自身の額にぴたっと押し当てました。さて、姐御さんの意図は。鏡メル変も生きもの=有機質なんだから人体組織の立体複写なんぞはお手の物、じゃあ対象が無機質ならどうよってことで、例の伊達メガネをコピーさせようとしてるのかな。姐御さん、それなら試してみるまでもないっすよ。先程も申し上げた通りそいつは自分に映ったものの構成元素の種類・その比率・及びそれらの結びつき方なんかを瞬時に知って、ちゃちゃっと我が身に元素置換&構造組み換え等を施しつつなお自身として生きていられるのが自然な奴なんですから、セルロイドでもチタンでもガラスでもなんでも、どんなメガネにだってお望み通り早変わ、り。して。するはず。えーと。しないの? しようよ。しないんだ。姐御さんに額を押し付けられた時から姐御さんの両手の中でどこか硬直した風の鏡メル変だったけど、ぶるぶるぶるぶる、なんか次第にその身の痙攣を大きくさせていきます、すわっ非常事態の発生か。ずろり。突如、鏡メル変の輪郭が崩れます。美しかった真球が混沌の不定形へと、見るも無惨に姿を変えたのです。無残なのは体色もそうでしょう、まるで全身のあちこちから黄泉が泡立ち染みを作るように、体の各点から同時多発的に輝いていた鏡面が黒ずんでいくのです。鏡メル変が身を捩りました、しかしそれにはもはや自律が感じられず、どこか糸に操られたようなわざとらしさがあるのです。や、鏡メル変から何かが立ち上り始めました。うむむ、これは。湯気や煙のようなごくありふれた微粒子とは違うようです、それらよりはきめが粗いってかなんかぼそぼそした感じだし色だって不自然に暗いし。はっ、こんなものを吸ってしまって! …いや、平気のようです、もうとっくに吸い込んだろうけど別に何ともないです。しかしこれは。こう、光景としてはあんまし見ていたくないってゆーか、なんか力を失って崩れた鏡メル変に小さな蠅がわんさと、蚊柱ならぬ蠅柱が何本も立つほどたかってるように見えなくもなく。そんな様だから、その蠅柱のような黒くてぼそぼそした粒子群の空中での揺らめき、まったく無音の内に行われているんだけど、どうしたって耳の奥で羽音が渦巻いてるように錯覚してしまいます。ちなみに臭いの方もまったく無しっおおっ!? 今のは? 揺らめく幾本もの偽蠅柱の内の1本、その先端から、一片の黒色細粒子がふわり一際高く舞い上がったのですが、それが明らかに文字だったのです! …ええ文字ですよ。モジデスヨ? 見間違えでもなんでも無く、確かに “奪” って一文字だったんだよぉ! 更に目を凝らしますよ、嫌だけど。注目すべきはやはり偽蠅柱の密度が低そうな先端など。いやあ、はっは。そこではまぁ。ぐらぐら煮立つように色んな文字が舞い上がったり沈んだりしてたじゃないですか、黒くてぼそぼそした粒子に見えてたのってよーするに虚空に舞う文字の一つ一つだったんですね、他には “惜” とか “で” とか “ば” とか “邪” とか “っ” とか。怪煙の正体見たりなぞ深まれり。この現象は一体どのような原理で。鏡メル変に可能なのは物質を基礎とした変身ばかりと思い込んでいたのですが。姐御さんの掌に積もったり虚空に舞ったりする無数の文字片への変化って。それは物質を基礎として。できるの? いやあ。はっは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ