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第42回(なんにも穿かずに失礼してます・その9)

「…メスだ」

「メスですね…」

「女の子だったんだなー」

 目を針で突いたみたいな点々にして呆然と呟くのが精一杯の姐御さんやリンちゃんとは対照的に、女神様は肩を竦めながらもどこか楽しそうです。その様子だと女神様だけは小動物の真の性別を知ってたみたいですネ。そして風ちゃんは。身を折ったまま小刻みに震え。どうした、のっ!? …まさか。まさか風ちゃん、ボクっ娘萌えとか! ぬおっそいつぁなんたる隠し球っ、いや待て、確か風ちゃんはメガネっ娘萌えだったはず。いやーんどっちなの。風ちゃん、萌えたのっ? 萌えてしまったのっっ??

「うーん。メガネっ娘か…」

「私は作家の卵ですから…今からメガネ着用でも、何ら不自然はありません…」

「…ぐっ」

 呻くと同時に慌てて口許を押さえた風ちゃんは、椅子を倒して立ち上がりそば屋の奥の方へきゅっかくっ、きゅっかくっかくっきゅっ、慣性自在の弾丸みたいに走り去ってしまいました。自身の在り方について再考を余儀なくされていたらしい姐御さんとリンちゃんも慌てて立ち上がり、数瞬遅れて風ちゃんの後を追います。わたしたちの非物質的なとゆーか立場的な目に残像を焼き付けて、遠い彼方のおそば屋さんの質感が急速に失われていくようです。虚構にとっても無視し得ない時間と空間が、再び確固として機能し始めたのでした。

「乙女に決死の思いでここまでさせといて…風ちゃんはにぶちんのうえに、救いようの無いヘタレなんだな…」

「ううっ。風ちゃん、強く生きようね」

 女神様は小動物がぶちぶち言ってる不平を聞いてそっと目許を拭ったようです。そんな事よりも小動物、あんたのそのあばら屋の入り口だかなんだか、いつまで見せつけっぱなしなんだヨ。

「仕方ないんだな…」

 小動物はまたしてもやる気無く溜息ついて、さも大儀そうに身を起こし、全身をもさもさ揺すって付いた枯れ葉を振るい落とします。

「いい加減、ボクもお腹がすいたんだな…ビジターセンターに戻って、お昼にするんだな…」

 例の森の落とし物を収めたビニール袋を、こんな所は誠に器用かつ俊敏に、人間が風呂敷包みを背負うみたいに自分の首に自分で括り付けて、小動物はとことこ歩き出したのでした。

「そういやあんた、仕事中じゃなかったっけ」

 女神様は四つ足でちょこちょこ歩く小動物に直ぐに追いついて、話しかけます。

「ボクは、その仕事で森を見回ってたんだな…女神様みたいに、エスケープの物見遊山でここに居るんじゃないんだな…」

「ちっちっち。あんたも小動物なら人間の物差しで仕事を定義しちゃダメだよ。時折命濃い場所に自然に在る。それは女神エレちゃんのお仕事なんだからね」

「大人しくいま直ぐに帰って、晩ご飯を確実にした方がいいと思うんだけどな…」

 一女神と一匹は、だらだら続く坂をのんびり上っていきます。かさり、かさりと踏みしめて行く夥しい朽ち葉の中には、時折落ちたばかりの色づきをまだとどめるものも散見されて、著しく目を引くけれどそれはとても淡くです。やがて木々のトンネルが途切れ、右手の方の視界がぱっと開けました。少し離れた所にある山々の杉林は、今日の豊かな日差しを浴びすぎて、冬の空の下でちょっとのぼせてるみたいです。山並みの何処ともつかない場所から一筋の煙が真っ直ぐに立ち上っているところを見ると、ホント風一つ無い冬晴れなんですね。視界が開けたのは、そこが両側を穏やかな山並みに挟まれた、谷間の一角だからです。目を細めて頑張って見詰めれば、その顔付きが見分けられそうなくらいの高さでトンビが輪を描くその真下、目を移せば、平屋建ての大きな建物とその向かいに広い駐車場が認められます。この平屋の建物が当自然公園の拠点で、女神様たちは今そこを目指しているのです。建物の名称はビジターセンター。公園を訪れた人たちに周辺の自然や施設の情報を提供したり、楽しいイベントを催したり、公園内の自然を研究したり見守ったり。そんな専門家たちが常駐する場所です。

「朝から比べても、相変わらず車無いねー」

 額に手をかざして駐車場をざっと見渡し、女神様が残念そうに言います。

「まぁ、オフシーズンもいいところだからな…しかも平日だし…」

「もったいないなぁ。冬だろうが寒かろうが、森はいつでも面白いのに」

 そんな事を話している間に土の遊歩道は下りに変わり、いつしか地面が舗装され始め、5,6人は横に並んで歩ける石畳の階段をちょっと上って、植え込みの若木たちに出迎えられながら、これらって公園が整備された際に植えられんだけど何故かみんな外来種でね、建物を右に回り込むとハーイお疲れ、ビジターセンター正面へ到着です。玄関の前にはいろんな押し葉で縁を飾られたウェルカムボードが置いてあって、寒い中をようこそ。薪ストーブで暖まっていきませんか? と手書きで書いてあります。薪ストーブさんせーい。自動ドアを開け、いろんなパンフレット類が収められたラックが目を引く風除け室へ。更に自動ドアをがー。おー、ホントあったかい。ほっとするー。

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