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第37回(なんにも穿かずに失礼してます・その4)

「なぁ。エレナさんが居る森って、こっからどれくらい離れてるんだ?」

 え? えーとねぇ、こっから西へ、直線距離で40キロ弱かな。首都の水瓶になってる人造湖があるだしょ。その湖畔にある自然公園に居るんだよ。

「ふーん」

 姐御さんは箸を置くと、自分の小ぶりなバッグを引き寄せて中を探ります。

「あれ。ケータイ、事務室に置いて来ちゃったか」

「私は、家に置き忘れてきました…」

「なに? 誰かと連絡取るの?」

 リンちゃんが応じ、風ちゃんが問えば、姐御さんは首を横に振ります。

「いや。その自然公園のこと、ちょっとネットで見てみようかなって思っただけ」

「それなら後で教えてあげるよ。俺達も常連みたいなもんだし」

 風ちゃんは未だにケータイを持ってない人だもんね。そんなもん持ってたら行方不明になれんではないか、行方不明こそ男のロマンだ、まぁその言い分も分からない訳じゃないけどさ、独りになんてさせてはあげないけど。

「ま、持たなくってもね。あっちの様子もこっちの様子も、こうやって手に取るように分かり合えるんだし。会話に支障は無いわな」

 再び箸を取りつつ姐御さんは言います。姐御さん、思いの外馴染んでるよねー。

「まぁなぁ…」

 姐御さんは急に上の空になって、どこか焦点の定まっていない目で虚空を見詰めます。けれどそれも束の間、直ぐにまたいつもの思慮深さを纏い直し、ふぅと一息つきました。

「それでも、読者にもなれるってとこは盲点だった。今日は発見の多い日だよ」

 風ちゃんへの想いは発見する必要無かったけどね。うふふふ。

「それについては追い追い…でも、遠方のエレ様とお話しできることとなると…中にはまだ私たちのせいだと、思っている方もいらっしゃるようですよ…」

 リンちゃんはちょっと左へ、姐御さんはちょっと右へ顔を動かし。風ちゃんを挟んで視線を交わすと、二人は思わずといった感じで吹いたのでした。

「ん?」

 その間も数十キロ遠方の女神様とあーだこーだと対面口論していた風ちゃんが、怪訝な表情で二人を見ます。

「なんでもない」

 姐御さんは既にかき揚げを箸で押さえ、つゆを染み込ませる作業に取り掛かっていましたが、その澄まし顔は、とても繕い切れてるとは言えないものでした。

「ほら、お前も早く食べちゃえよ。伸びちゃうぞ」

「あー。エレちゃんもお腹すいたなぁ」

 誰も居ない森でただ一人、隠す素振りも見せずに欲望を目に晒し、指をくわえている女神様の足下では、冷たい風が躊躇いがちに、落ち葉をかさこそ鳴らして過ぎていきます。

「今すぐ帰ってきて言いつけ守れば、晩飯くらいは食わせてやるぞ」

 そんな可哀想な女神様に見せ付けるようにして、風ちゃんは漬け物で白飯をかき込んでいるのです。けどさぁ、風ちゃん。今更かもしんないけどそのメニュー、ちょっと炭水化物率高くない?

「ん…?」

 小動物が、それまでは我関せずといった感じでうろうろ、女神様の周りを歩き回っては高木や低木の根元を覗き込み、積もった枯れ葉を鼻先でひっくり返したりしていたのですが、急に立ち止まって顔を上げたのです。がさがさ。見上げた先の斜面を埋める、冬枯れて茶色くなってもなお倒れない丈低い草たちが不自然に揺れ、その揺れが次第に下って小動物に近付くようです。小動物は一部の青色が美しい鳥の羽を、多分カケスの翼から抜け落ちた物でしょうが、右前足で器用に摑んでいたのをそっとビニール袋に移しました。口をめくって物を放り込みやすくして、地面に置いてあるそのコンビニ袋を覗いてみれば、他にもトチの実やらリスが囓ってエビフライそっくりになった松ぼっくりやら、見て触れてちょっと楽しい、いわゆる森の落とし物が幾つか入っていて、うろうろしながら地面を探るようだったのは、予め持ち歩いていたらしいこのお宝袋を満たすためだったのかも知れません。小動物が森の落とし物を一つ袋に追加して、枯れ草を掻き分け下り迫る何者かの方へ、体ごと向いた丁度その時です。荒々しく耳障りな鳴き声を、興奮しているのかでたらめに鳴き散らしながら、小動物よりは一回り大きな影が、枯れ藪の中から勢い良く飛び出してきたのでした。

「むおぉっ」

 その時、姐御さんは丁度そばを男前に啜っている最中だったのですが、遠方での急展開に思わずおおっ、と声を上げずにはいられなかったのです。もぐもぐもぐもぐもぐ

「さみゅーさんと、よく似た獣さんですね…」

 お上品に、そば2,3本/一口の摂食速度を保っていた割には何故か誰よりも食べ進んでいる魔性少女が、遠方における闖入者についての、第一番目の感想を述べます。

「っは。おい。それ、私の台詞だろう」

 と、ようやく口の中の物を飲み込んだ姐御さんがちょっと涙目でリンちゃんを睨めば、

「姐御さん。私たちのような身の上で、テンポが悪いというのは…」

「ありゃあ、テンだなー」

 のんびりと両手で湯飲みを包み込み、生きもの好きらしく目を細めて指摘する風ちゃんなのですが、その言葉の奥底にはどこかそこはかとない焦燥感が、そして異論ならばこれ以上は一切認めぬぇという、何故だか決然とした意思が、んーなんか場違い? なんだけど感じられちゃうんだよねー。

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