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第35回(なんにも穿かずに失礼してます・その2)

「あにー? なぁんでエレちゃんが面倒を引き受けなきゃなんないのよぉ」

 とまぁ小動物がふれば、殆どの遮蔽物=葉っぱが落ちたため林床まで日だまりになったうららかな森に、緊張感の無さではどっこいの女神様の抗議が不意に、本当に不意にですよ実際声はすれども姿は何処にも見えませんし、響くのです。ふーむ。見たくはないけど小動物の額辺りに注目。全身雪の…いんや、焼却灰のような白い毛で覆われた彼の小動物なんだけど、イヤなのを極力我慢してよくよく観察してやれば、どうも頭を動かすたんびにきらっきらっと一筋の光が見える。なにあれ校庭で消え残ってる石灰線みたいな白さの中に、自ら輝くばかりの金色の毛が一本混じってるかのような。でもって小動物は頻りにその一条の光を気にしているようなのですが、最初は右前足で、しまいにゃ後足で立ち上がり両方のま、前足で必死に、ぷくく、これだから四つ足の獣は憐れよのぉ、イタチみたいに短い足だからどれだけがしがしやっても一向に金毛を引っ掻けません、そんな事をしている内に女神様も、いんや、その一本の金毛もケタケタ笑い出すのです。

「エレ様…いい加減、自分の足で歩くんだな…」

 再び四つ足の自然に戻った小動物は、湿った赤茶色の鼻をひくつかせます。見た目はいつもとおんなじ、何があっても覇気が無い・だから誰にも響かない、それこそ感情の起伏など母親の胎内に意図的に忘れてきたって感じの常の態だけれども、ありゃあ実は結構動揺してまっせ。地面に落ちる小動物の影に目を遣れば、本体からゆらゆら立ち上る陽炎がかなりはっきり見て取れます、必死こいてがしがしやっていただけに相当体が茹だってるんでしょうね。お、鼻のひくひくがなんだか痙攣的になってきた。どうした小動物。乱れた呼吸を整えるなら、口でだって出来るんだゾ。

「やーだ。小動物の視点で、もっと森を散策するんだい」

「あっ」

 あっ! きゃーっ、風ちゃーーーーーんっっ!!

「おい、さみゅー。声がするって事はそっちにバカ女神が行ってるんだな?」

「ご明察なんだな…」

 ク、さみゅーと呼ばれた小動物はまたしてもあの嫌らしい笑いを、ク、クシュッ。ク…クク、クッ…クシュッ。んん? あ~そうね、急に体が冷えてきちゃったのねなにやら愉快に痙攣的な、ククク。…うっざ。笑い直しやがった。

「ぬぁ? アナタ、マタバカッテイイマシタネー?」

 姿が見えないから、女神様は行間に青筋を立てて自己主張します。

「うむ。言ったぞ、無職居候」

「あう、すみません…いつまでもご迷惑をおかけします…」

「どうしたんだ急に? 女神様ってエレナさんのことか?」

 でもって風ちゃんの側にはリンちゃんと姐御さんの姿も揃ってるのでした。そっか、もうお昼の時間なのか。休憩の時間がたまたま合った風ちゃんと姐御さんは、やっぱりたまたま図書館に居合わせたリンちゃんを誘って近くのお店に、今日はバス通り沿いにある手打ち麺のおいしいあのおそば屋さんかぁ、入って落ち着いた所だったんだね。風ちゃんはおしぼりのビニールを破りかけてて、姐御さんはテーブルの隅にあった卓上メニューを手に、今日の昼食を思い定めようとしている所でした。うん。それはまぁいいんだけどさ。気になることは別にあってだね。何かってゆーと、見たところお店が混み合ってて相席って訳でもなさそうなんだけどさ。それなら何故にだね。あなた方3人は、わざわざ並んで座ってるのかな?

「俺に聞くな…」

「んー? 聞くようなことか? 別におかしくないだろ」

 わたしたちの指摘に疲れた表情を見せた風ちゃんとは対照的に、姐御さんは楽しげな、いやむしろ挑発的な笑みを浮かべて答えます。いやいや、おかしいです。3人が今占有してる4人掛けのテーブルでそのメンツならば、1(風太):2(姐御&リン)の振り分けで落ち着くのが自然でしょうに。それを片側に3人。そもそもテーブルは物理的に片側2脚が最適です、そこに無理矢理椅子3脚。これはやはり常識として

「別にお店にも、他のお客さんにも、迷惑はかけていませんよ…?」

 うぐっ。リンちゃんに穏やかなれど勝ち誇った笑顔を向けられて、わたしたちは言葉に詰まります。くそぉ、魔性か。またぞろ小娘の魔性なんだな? なんとなれば風ちゃんたちが今腰掛けてる椅子を3脚、横に並べようとすれば、どうあってもテーブルの幅より余分なスペースが必要なのです、しかし3人は普通に椅子3脚を用いなおテーブルの幅にきちんと収まって、なんの異論も不自由も無く食事を楽しもうとしてるのです。横に並べられた3脚の椅子の、長辺方向におけるこの不可解な収縮は。有り触れた飲食店は等速運動する椅子など設置しないのは勿論ですし、そもそも静止を装って自走する椅子など…あ。あの空間巻き取りメル変が関わって? 姿を隠すのが上手いようだし居るのかそこに。返事が無い、ただの屍のようであるかも分かりません、なんとなればわたしたち自身、きゃつらの今を語れないことに気付いたからです。ううむ、きゃつらの関与も無さそうとなると。いよいよ等速運動を認めるのは困難、なら収縮だって。あるはず無いよねー、で済ませられれば幸せなのですが。幸せでいさせてよ。だってね、風ちゃんたちがはめてるね、腕時計をついうっかり見ちゃったらね、なんか思わせぶりにね、一様な遅れを示していたりしてぬぇ。ええ、ええ。勿論検証させて頂きますとも。え~と、テーブルの幅と横に並んだ椅子3脚の本来の長さとから風ちゃんたちが経験している収縮の割合が求まって、それの逆数を取ればいいんだから…おぉう、一致した。わたしたち、静止している観測者から見た風ちゃんたちの腕時計が、理論通りに遅れているのを確認しますた。えー。でもねぇ、少なくとも風ちゃんがはめてるやつ、ありゃ電波時計だったよねぇ。えー、え? いや待てよ。静止。観測者から見たそれと、局所的空間の収縮とが相容れているらしいこの現場。従来通りの静止を、そもそも静止と言って良いものか? おんや。えー。

「あはは。ま、私は新参者らしいけど、まだ1天文単位も入り込む余地が残ってたらしいからな。有り難く好きにさせてもらうよ」

 愉快そうに言う姐御さんの笑顔は本当に惚れ惚れするほど爽やかで、いかにも何かに開眼したって様子に見えます。この清々しさにあっちゃあ放置されてた間の不安も、スルーされたかぁとせっかく受け入れる気になったのに応答来ちゃって深さ倍増な心の傷も、あはは、すぅっと綺麗に癒やされて、なんてことあるかー。こぉの無免許恋の狩人めー。

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