第34回(なんにも穿かずに失礼してます・その1)
っとぉ。姐御さんの頬に表れた、顕著かつ不穏な変化。経験を語るのみならず、語られた経験をその語り手と同じ質で生き直すこともできるボクたちだから、この抗議だって我が身のこととして間髪入れずに上げているのです。その悲鳴はトンネルの天井に反射、は全くせずに、これは何本もの大木が高い所で枝を交わす木々のトンネルですから、叫びは一旦天井に吸い込まれ、改めて、群青色に澄み切った冬空の高きに向けて解き放たれていきました。枯れ葉が一枚ひらひらと落ちてきます。殆どの枝が葉を落とした冬真っ盛りの今であっても、所々にはまだしぶとく枝にしがみついている葉が散見されるものですが、その内の一枚がボクらの悲鳴に弾かれたのかも知れません。
それにしても先程の姐御さんの “ぽっ” は。緊張、怒り、急な発熱、これが一番望ましかったのですが噴きたいのを堪えたものでもありません、あ、あれは。ぐぬぅ。風ちゃんの正室たるボクたちに見抜けないはずないじゃない、あれは明らかに恥じらい・ときめきの朱でした。姐御さんてば今の今まで風ちゃんを異性とはみなしてなかったくせに。それを突然。俄。きぃっ。風ちゃんはいくら後回しにしたって逃げ場など無いんだ、じゃによってここは真っ先に姐御さんを問い詰めたい、この流れならちょこっと強気に出ちゃったとしても、例えばみんなして一斉に胸ぐらに摑みかかる、いやじゃれつく、いやいやそっと襟元を摘んで注目してもらう、それくらいの粗相ならへ、平気よね平気よね? よし。いやしかし。悲しいかな、ボクらが距離を不問に出来るのは語りのみでありました、我らの手をこっから姐御さんに届かせようとするにはこりゃあ随分と短すぎる。ふぬぅ。何だってこんな時ばかり、風ちゃんから遠く離れた森の中なんぞに居るんだろう。なんでこんな時に限って風ちゃん番を外れてっ。てかそうよ、その風ちゃん番の連中は何やってんの! まさか今風ちゃんの側に居られる法悦に、風ちゃんの愛は小鳥! 我らは鳥かご! ボクら血の責務を忘れてるんじゃなくって。ちょっとあんたら。たまたまじゃんけんで勝っただけとはいえきちんと仕事をだね。生娘みたいな今の姐御さんなら多分防御力も初々しいよ、ここは一つ完膚無きまでにあぁら姐御さん、今更あなたの愛が入り込む余地なんて1天文単位も無くってよ、厳しい現実を刻みこ、生娘に俺っちたちのカ・タ・チを忘れ難く刻み込んでやりな YO 。うひひっ。
「それ、向こうに居るのが君たちなら、実際にやれるのかな…?」
テンションダァウゥゥン!↓ ダァウゥゥゥン!!↓↓
「相変わらずご挨拶なんだな…」
はぁ~…っと。その小動物は、小生意気にもわざとらしい溜息をつくのです。
「インディペンデンス系とはいえ、報道組織を名乗ったのは君たちなわけで…ならばボクのことも…生きて、語り伝えてもらうんだな…」
そしてふっと。その黒味ばかりの湿っぽい目を、光の受容器と言うよりは意志薄弱・無感情、それらこそこの小動物の “平常心” というものだけれど、そんな普段から何も見ず、ただただこいつの暗黒迷宮的内面を映し出すばかりの目を、わたしたちに向けるのです。ちょっとやめてよ見ないでよ、視姦しないでよ。
「いきなり人称が変わったんだな…」
だ・れ・があんたと同じ人称など使うかな使うかな。そんな事より気にするところはそこかい。その魚類様の目でわたしたちを見るべからず。そのイタチみたいな尖った口でわたしたちに話しかけるべからず。その平ぺったく丸まっちい耳でわたしたちの声を聞くべからず。そのふさふさの毛皮と尻尾で風ちゃんの歓心を買うべからず。要するにわたしたちの平穏を乱すな語る世界に存在すーるーなー。
「風ちゃんの膝上占有率は、確かにボクがダントツだけれどもな…」
クククってそのいっかにも食肉目な尖った歯を剥き出して笑うのがホントに癪に障るのよっ! 風ちゃんはただ生きものが好きなだけで! いくらあんたを嫌ってても手の届く範囲にそのモフモフがあるとつい手が伸びるってゆーか! きーっ! 風ちゃんの純情を悪用してーっ! 今までも許しがたいたぁ思っちゃいたがいよいよ爆☆切っ! 堪忍袋の緒っ! 幸いここは人影も稀な冬の森ん中だぁ、ヤれる。ふひゃひゃ。朗報だ、あんた永遠に風ちゃんにモフモフしてもらえるぜ。なんとなればあたいらが今ここで、あんたの毛皮を丸剝きにしてやるからなぁ。うきゃきゃ。
「と、場が険悪になったところで…女神様、仲裁頼むんだな…」




