第28回(図書館の彼女と魔性少女・その11)
おっと。ちょっと感慨にふけってる間にリンちゃんが、したくってうずうずしてた事をし始めましたよ。今では合流した川のように、性質の異なる堆積物を運ぶ川どうしが合流した場合、合流点の辺りでは色彩変化の魔術とでも言うべき光景が見られたりするものですが、一部が一筋になった両者の思考の場においても、その一筋は両者の場の他のどの部分とも違う色彩と明度の変化を、魔術として施してくるようです。その結びあった思考の場のリンちゃんのおでこにほど近い部分に、今一瞬、急激な明度の変化が起こりました。何とも言い表しようのない中間色の光がぱっと閃いた感じです。その色彩閃光はやっぱり一瞬で、まったくその爆発の正確な逆回転で、しゅわっと結びあった思考の場の色彩雲の中に吸い込まれたのですが、それきり消えてしまった訳ではなさそうで、これは雷雲の表面を稲妻が走る様子によく似てますね、色彩雲の表面の所々に時折現れては短い距離をさっと走り、また潜って見えなくなる、そんな事を繰り返しつつ次第に姐御さんの方へ近付いていくようです。どうやら姐御さんのおでこの辺りを目指して進んでるようですね。おっ、直ぐ近くにぴょこっと顔を出した。え? いや顔と言ったのは比喩のつもりだったのですが。リンちゃんのおでこから出発したその光の線条が、結びあった思考の場の色彩雲の中から今にょきっと頭をもたげ。なんか目標を確かめるみたいにきょろきょろしてる、物理的な光線にしか見えないそれが。あっ。目標はけーんとばかりに身震いした。と見る間に姐御さんのおでこの真ん中辺り目掛けてダーイブ! やだ、なんでいきなりこんな漫画的描写なの。
ふおっ! リンちゃん発の光線の“頭”が姐御さんの額にずんと突き立ち、意外と短かった“体”を強力にくねらせながら頭蓋の中へ次第に埋没、“尻尾”までするんと消えたかと思った瞬間でした。顕著な変化が二つほぼ同時に起こります、先ずは姐御さんの顔が、上手い言い分を考えに考えてぎゅーーーーっと内向的になりすぎていたが故になん周りも頭骨が縮んで正味干し首みたくなってたそれが、急激な逆転現象、打って変わった精気の爆発的放出と同時に復元して、くわっと開かれた両眼が知恵の神をも卒倒させる英知に輝きます。もう一方の著しい変化は、結びあった二人の思考の場に表れています。姐御さんの考えがある程度リンちゃんに知られる所となったがために結びあったそれの有り様には、これまでは姐御さんの考えがそこに優勢だったという観点から、恐らくは姐御さんの考えに由来しての特徴、言い換えれば姐御さんの思考に“染まっての”色彩や明度、濃淡といったものが言い表せていたのだと思います。ところがリンちゃんのおでこで何色とも言えない曖昧色の光が閃き、身を捩って泳ぎ、最終的に姐御さんの頭中に飛び込んだ今、結びあった場の言い表しようはがらっと変化して、濃淡のまだらはべったりと濃いだけに、色彩や明度についてはなにやらひたすら弁別の境界線上にあらんとするかの如き微妙な色具合が言い表し得るようになったのでした。さてここで、思考の場に言い表し得た幾つかの属性っぽいもの、つまり色彩や明度、濃淡といったものですが、こりゃ一体何なのさってところを一度整理しておきましょうか。まず濃淡は先にも触れたように、誰かの思考が場のその辺りにある確率の高低の有様が最初はわたしたちによって言語的に、後には皆さんによって視覚的に記号化、もしくは喩えられたものでありました。それまでの結びあった思考の場は、姐御さんの考えがリンちゃんに知られる所となったから結び合ったとはいえ、その知られ方はあくまでも限定的、つまり受け手のリンちゃんが様々な条件から推し量ってみた姐御さんの胸の内が、この場合は高い確率で正しかったから結び合えたというだけで、故に姐御さんの頭部周辺などに視覚に重きを置いて喩えれば“不透明感”が強く、リンちゃんに近付くほどそれが全体の傾向としては徐々に薄くなって、所々がまだら状なのは誤解とか姐御さん自身の思考の揺らぎが言い表し得ているのかにゃー、と考えられるのです。で、今そんな視覚的比喩である濃淡が結びあった思考の場に言い表し得なくなり、“濃い”印象にのぺっと均一化されたってのは、何らかの考えが揺らぎなく強く、二者の間で少しの差異もなしに完璧に共有化された、ってことを意味するんでしょうねやっぱり。うん。言うは易く、そんな状態を実現しようとすれば難しなんてことは、誰だって身に覚えのある事でせう。なんだってまたこんな特異な状況が可能になってるのか。ま、その辺は追い追いお話しするとして、取り敢えずは色彩とか明度とか、属性っぽいものの残りについてとっととまとめることにいたしましょう。この色彩や明度というのも、思考の場に対してわたしたちの言葉が先立った故の便宜的なものでありまして、別に味覚に聴覚に、嗅覚に触覚に重きを置いた喩えをしてみても一向構わなかったのですが、まぁ人にとっては視覚的な比喩が一番分かり易いでしょうから取り敢えずそう言ってみますた、よーするに感覚世界では自ずと恣意的にならざるを得ない“属性”なのですが、これらを幾らかでも理解するために、ほら姐御さんがヒントをくれそうですよ。
「…あ」




