第19回(図書館の彼女と魔性少女・その2)
「今なら背中からばったり倒れてみても痛くないかな-」
さささっ。
「仕事の邪魔じゃ。ついでに早うどこぞへでも去ね」
わたしたちが今ここから立ち去ってしまったら、人気の無い図書館で真面目至極に黙々と書棚の整理をしている風ちゃん、哀・労働者もしくはザ・ワーカホリック、受肉化した労働に一体誰が人格を認め、おもろうてやがて哀しき有様をおもろうてやがて虚しき筆致で全世界に発信するとゆーの。
「そうやって人の周りでごちゃごちゃ喋くって仕事の邪魔するなって言ってんだヨ、いるだけでも鬱陶しいのに」
物質的に存在することを否定されたわたしたちは、なおさらエネルギー的・疎密波的・喋くることでしか存在し得ないと思うの。
「お前らの存在は正弦関数的じゃなく贅言関数的だろう。完成とはそこに付け加えるものが無くなった時のことを言うのではなく、取り去るべきものが無くなった時のことを言うと誰かが指摘したのを知らんのか。お前らはいつも言い過ぎだ。例えば場面転換後の冒頭数十行なんぞは、本来以下のような数行で充分のはずである」
・・・例文ここから・・・
引っ越しに手間がかかるのは当然なのだが、かと言ってそればかりにかまけている訳にもいられない。仕事を持っている者は仕事へ行く。
風太自身は自宅から私鉄の駅で三つほど離れた所にある、築20年・蔵書数8万冊ほどの小さな公立図書館で働いていた。ただし自治体職員ではなく、図書館運営が次第に民間へ業務委託されつつある最近の流れに乗り、スタッフを派遣している、ある民間会社の社員だった。
正午近くの館内。この時間帯はやはり昼食時なのか、忙しい休日でも比較的息のつける一時だった。ましてや今日は平日、館内が閑散としているのは普通のことだった。
・・・ここまで・・・
こ、こんなコピペみたいな文章を強要されるくらいならわたしたち筆を折ります。あたしゃキレました。さらばネット文壇、捜さないでくだちい。
「おう、それは重畳」
上述の要約なるは偽文であります。何故と言うにわたしたちは未だ現在がいつ頃であるか言及していないにも関わらず、当該要約には“正午近く”“今日は平日”など大まかではあっても日時を限定する表現が見られるからであります。ですからこの偽文に対しわたしたちが何らかの感慨を抱いたとしてその言葉の軽重は元の偽文に見合う程度の価値しか端から持たず、ましてまっとうな言質と受け取られるとなるとはなはだ不本意だと申し上げるほか無くなります。要するにですね、キレてないのですよ。時は来た、それだけであってもええキレてないですヨ? 無論折ってもいません。この世界という広大な画布をわたしたちの言葉で語りつぶすっ! それは一族の悲願とかそんな関係性の中から生じてくる事後的なものではなくって、そもそも DNA にそうコード化されちゃっている=わたしたちは何はともあれそのように在るしかないってな話なのでありまして、そんなわたしたちが筆を折るなんてあーたそれこそ言葉の内だけでのこと、まぁ風ちゃんが言葉の内にわたしたちに筆を折らしめるほどの力を込められれば、頼む! みんなおらに力を貸してくれっ、それで全生命の祈りを織り込んだ言葉玉でもぶっつけられた日にゃあさ、わたしたちも生まれ変わっちゃったりするかも知んないけんども。
「そうか。ならさっきの要約文なるものに、そのヒントがあるような気がするな」
なるものってなにさ。風ちゃんが言ったことじゃん。
「そうだったんか?」
え?
「いや。今思えば、あれはどうもメタ言語的な…」
まあ。この子ったら、一体何処でそんな言葉を覚えたの。
「あり? そういやそだな」
うふふふふ。
「ま、なんでもいいや」
風ちゃんが突然立ち上がったのではっとしてしまいました。小声でわたしたちと遣り取りしながらも両目と両手はしっかり働かせ続けた風ちゃんでありますから、所定の位置まで書棚の整理が済んだのです。見上げると、こういった作業の際は必ずはめる滑り止め付きの手袋を外しながら、ほっと一息ついています。
「お前らが遂に筆を折るのであるから、細かいことはどうでもよい」
風ちゃんからから笑いながら踵を返しって、ちょーだからあれを言質に取るのはそもそも不成立だって図解で分かる! 並に明瞭平易に申し述べたというのに何で既成事実化してるのかな? かなっ? それと風ちゃん、カウンターに戻るならわたしらも乗っけてってくれませんと。コンパスの短い身でジャスト人間サイズの建物内を自力移動するのは道中三笠の山に出でし月かも、あなたという故郷を思わず偲んでしまうほどの。大事業。なのでありますて。さて諸君、取り残された我々は次に風ちゃんがここらを通りかかるまで何をして待つべきか。取り敢えずそこらの本を2,3冊、入れ替えてやるくらいはしておこうか。