第17回(女神様は彼と遊ぶ・その17)
んむ。さあみんなして肯定の声を上げ、いや待った、“巻き・取り/戻しのメル変っ子”の連中も女神様の今の発言に頷いて、もっとも糸巻きみたいな全身に首肯に必要な諸々なんてやっぱり無いものだから、空間の小さな部分部分を巧みに巻き取って背景から際立たせることで虚空に“然り”と書いてみせた、むぅ、しかも達筆。言葉遣いと相まって古武士風の性格付けなのあんたたち、さっきのぴょんこぴょんこと跳ね回る様からは“然り”よりも“まじヤバイ”って感じなんだけど。いやそんなムラ言葉の多義性なんてどうでもいいんだ、ボクたちだって今再び各自手にした枕を一斉に高く掲げ、彼らに負けじと一層の賛意を示そうではないか。ボクたちメル変っ子も多種多様その種数は万を下らず、ボクたちを始め“神”という概念を理解し得る連中は数多く、概念という思考形式を用いずとも“神”を哲学し得る連中もまた多く、そもそも概念も思考も持ち合わせてはいないけれどもその各メル変っ子各様の知性に“神”を引き受けられる連中も結構居たりして、要するにボクらメル変っ子も“神”が理解できない訳じゃあないのですが、その実メル変っ子の有史以来、どの種も例外なく不思議と“神”とかそれに類似した何かを生み出したためしが無くて、それがまあ我らメル変っ子の、この場合は歴史・民俗学的研究成果に基づいたひとつの特徴なのであります。とどのつまり、メル変っ子は女神様のことを神様だと認識可能ではあるけれども、そういう存在を崇め奉るとかはどの子も本来的にないんだよ。だから女神様の仰る通り、メル変っ子にとっても女神様はお友達。それ本当。
「私にとつては、ほんたうにだうでもいゝことだ」
風ちゃんの棒読み感がいや増してるぅ。
「それにだネ、風ちゃん」
しかし女神様は一向意に介さず、むしろ不敵な笑み。
「忘れちゃったの? エレちゃんたちが風ちゃんのお家に住んでるのって、お日様は毎日東から昇る、物は地面に向かって落っこちる、そういうのと同じ自然さだったよね」
風ちゃん言葉に詰まった。女神様良きご指摘です、そうなのです女神様を始めボクたちメル変っ子は決して風ちゃん糾弾の如き悪質間借り人などではないのです、てかボクらと風ちゃんの間にはそもそも賃貸契約とかそんなもの必要ないじゃないの、女神様やボクらは風ちゃんの扶養家族、そしてそれは世界の自然な姿なんだから。落下する物体を指して貴様何故鉛直に地面へ向かうっ! そんな風にキレる人は居ません。だからボクらに向かって出てけとかお金入れろとか、風ちゃんそんなこと他の人に聞かれたらきっと眉顰められちゃうよ?
「…! …! …!!」
風ちゃんいきなり突っ伏した、拳で床を打ち始めた。えっ、声も出さずに泣いている、どうしたのそんなに昂ぶって何かいきなりトラウマでも蘇って。しかしこれは慰める振りをして
「ふひひ。風ちゃんを胸に掻き抱くチャーンス」
先に思い付いたのはあたしたちだーっ。
「届けを出したのはエレちゃんの方が先だよ」
「卦好風太の証言」
うっ。突っ伏して胸詰まらせてたと思ったらいつの間にか居住まいを正し、無表情で語り始めた。
「こいつらが押し掛け居候なのは確かなのだ。この件に関しては他でもないこいつら自身が私から居住の了承など得ていないと証言している。しかしそれ故に私は悩ましいのだ。何故か。私はこいつらが我が家を不当に占拠しているのを知っている。不本意ながら認めている。嫌で嫌でたまんねーのに配慮させられている。ならば、と君は呆れて言うだろう、権利は家主にあるのを知らんのか、そんなふざけた連中ならばさっさとおお追い、追い、おっ」
うおっ。我、再び感極まれり! そんな具合に風ちゃんの両目から涙が爆発的に、ぼしゅっどどどっと噴き出して。
「出来ぬのだっ! 居住可否を定める権利は我にあり、どんな理由で私がそれを知らぬだろう。しかし今度こそ立ち退かせん、その断固とした意志はっ。ああ、あたかも鏡が気取られずにそうするようなのだ、気付けば何故か共生への努力へと、即ち完全なる鏡像へと変換されてるのが常なのだ。鏡よ鏡、忌々しい鏡さん、あなたはなんで取り払っても取り払ってもあっこの野郎またしれっと元通りになりやがって。私は幾度も突破を試みた、その度道を逸らされる、化かされた瞬間にはただの一度も気付くことなく、決まって事後に思い知らされながら。この不条理に説明を求めて東へゆけば、世界がそうなってるからじゃんとメル変どもは取り合わぬ。戦友を求めて西へ赴けば、茫漠たる荒野に我が孤影しか見い出せぬ。君知るや我が懊悩。以上血書にてしたため、君の信を得ん事を欲す。某年師走。卦好風太」
「おお~~」
おお~~。口上を終え、正対した明後日へ深々と頭を下げる風ちゃんがなんだか凛として萌え。女神様もあたしらも思わず拍手。ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぶぁちぃっ!
「痛ぅっっ」
風ちゃん、一心に頭下げてた故に無防備だった背中を押さえて仰け反れば、“巻き・取り/戻しのメル変っ子”たちがその上からころころ床へ落っこちた。あー、なるほど。直前まで風ちゃんの背中の上でしてたあの、熱暴走は俺が止めるっ! とか言いながら自ら焼き切れんばかりの冷却ファンみたいな高速回転は、あんたたちなりの讃える気持ちの表現じゃあなかったんやね。あんたたちもぱちぱちぱちぱちがしたくて風ちゃん着用の化繊製セーターへ自らを連続擦過してたんやね。拍手を通り越して、はっ倒したみたいな凄い音が出たけどさ。
「やー、さすがはメル変の王。メル変っ子ばかりじゃなく、女神たるエレちゃんの心をもきゅっと鷲摑む、重厚な演説だったよ」
わざとらしくそっと目許を押さえながらの女神様の言葉に、風ちゃんの猫耳の左側だけがぴくっと反応してこっち向いた。
「貴様、またあれを言うか」
風ちゃんの真剣味がいや増してます。対して女神様は、てかあたしたちもだけど、明らかに楽しんでます。にやにや。
「メル変の神ってゆーなら、風ちゃんこそまさにそれじゃんねぇ」
ねー。
「さてそんな、自分の正体を他人と勘違いしちゃうようなお馬鹿さんのお名前はぁ?」
「言うなっ! それを言うんじゃないっっ!!」
悲鳴を上げた風ちゃんには委細構わず、片耳に手を当てた女神様へ向かってあたしたちはクライ&シャウト、魂を飛び立たせながらその名を大唱和するのです。怪好風太様ぁーん!!
「ぐぬっ」
「もー、風ちゃん! 相変わらずいい反応なんだからっ」
腹を抱えて笑い転げてる女神様よりも、胸を押さえて卒倒しちゃった風ちゃんの周りで跳ね回る“巻き・取り/戻しのメル変っ子”たちよりも、この名を唱和して一番風ちゃんをドリーミンな気分にさせちゃったのは間違いなくあたしたちなんだから。“怪好”。“卦好”のかな漢字変換まつがいじゃないよ、風ちゃんちの名字は今でこそ“卦好”だけれども、本朝上古にまで遡る家の成立当初は“怪好”と表記されていたのです。こほん…ヒト・カミ共存の世に在りて、ケヨシ家中興の祖・加是幸彦いち早く人の世の到来を予見せば、即ちメル変の王、彼の素性慎ましく伏せんと欲し、自ら“卦好”と称するに至る。甲斐ありて、その子ら人中にて妙にしぶとく家を繋ぐ…これが卦好家の家名にまつわる、やっぱり揺るぎなき歴史・民俗学的研究成果に基づいた公然の秘密なのです。だからね、ボクらが風ちゃんを“怪好”と呼んで慕うのは全く正当なことなのに、風ちゃんは何故だかそれを、ボクらがどれだけ巧妙に意図を隠して口では同じ様に“けよし”って言っても、それでも“卦好”と“怪好”を完璧に聞き分けちゃうようなデビルイヤーっぷりを発揮してまで嫌うのです。この際だからもう一度言っておこう。風ちゃんはボクらが真名で呼ぶたんびに俺は人間だーって言い張って暴れるよね。確かに、ボクたちメル変っ子の学問が積み上げてきた研究成果は史料を介した間接的な証拠でしかないし、例えば太祖たるメル変の王の DNA パターンなんて誰も知りゃしないから直接的な証拠となると多分永遠に出てきません。けどね、実はこれらはとっても些細なことなの、だって風ちゃんがメル変の王だって事もまたこの精妙なる世界のごく自然な有り様のひとつであり、どう抗ったところで結局はそうなるようにしかなってないんだから。それでなんの支障があろう、少なくともボクらメル変っ子はなんの不満もありませぬ。結局の所、原因なんか良く分からなくたって自然の有り様に対して素直なら誰だって幸せに暮らしていけるものだよ。とまぁ、耳許で何度目かの講釈を囁いてみたけど、風ちゃんちゃんと睡眠学習してくれたかなぁ。次に目覚めた時、あなたを苛むその懊悩が綺麗さっぱり消えてますよぉーに。ちゅっ。