第13回(女神様は彼と遊ぶ・その13)
「あん時、エレちゃんはいらない雑誌をまとめてたんだよね。そしたら失せもの探すべしーって、なんかいきなり自分に自分の託宣が下っちゃってさ」
「へー」
風ちゃんの自動応答は至って単純です。女神様の場合は更に進んで、もっと複雑なマクロを自動で取得できるんだね。神様って便利ー。
「そうでもないよ、その肝心の失せものが何であるかまでは分かんなかったし。で、暫く無駄にきょろきょろしてて、箪笥見てこれかーって納得した。映ってるはずのエレちゃんの影の一部が、切り取られたみたく無くなってたんよ」
巻き取られた女神様のお部屋の一部と一緒に、持ってかれちゃったんだね。
「その巻き取られたっていうのが、最初は良く分かんなかったんだよねぇ。でも偶然影を持ってかれたのが幸いしたよ。エレちゃんの影が、巻き取られていく空間とさっき言ってた空間から空間を引き去った状態の“何か”との境界に丁度あったお陰で、密に触れつつ滑りつつ、その影を通して“何か”の事を読み取れたから」
密に触れつつ滑りつつ。うー。ピストンとシリンダーみたいな関係ってこと?
「ふにゅ。確かに空間の一部が巻かれたり戻されたりしてるのを見れば、空間が空間の空隙に隙間無く嵌め込まれているようなものか。にゃるほど」
ねぇねぇ女神様。ボクたちさっき、訳もなく“磁気テープの記録できない部分”っていう比喩に心奪われたんだけど、ボクたちも空間から空間を引き去った状態の“何か”を経験してたのかなー。女神様が密に触れつつ滑りつつ情報を読み取るって言うのを聞くと、なんだか偶然じゃないみたい。
「そうかもね。ただエレちゃんの影が読み取ってたのは、まぁなんとゆーか、磁気テープの喩えに合わせて言えば虚数値のアナログ信号みたいなもんだったよ」
先生ぇ、良く分かりませーん。
「ええ、それで一向に構いませんよ」
風ちゃんも教えを乞う方でしょっ。
「風ちゃん、やっぱ良く分かってるね。こういうものの理解は習うより慣れろ、講義より実体験だから」
「何故だ。何故俺は肯定されてしまうんだ」
ふふっ。
「ふふっ。そんでね、とにかく影を使ったスキャン解析で、空間から空間を引き去った状態の“何か”のことが一応体得された以外にも、エレちゃんのお部屋の一部の空間が何処かへ巻かれてるんだなぁとか、ならこれは“巻き・取り/戻しのメル変っ子”の仕事だよなぁとか、そんなことも考えられた訳さ」
で、メル変っ子が絡むならその中心に我らが愛染の道、風ちゃんが在るは必然。なるほどー、タネは完璧に明かされたよー。
「んー? 風ちゃんが巻き込まれてたのが分かったのは、エレちゃんのお部屋の部分空間が風ちゃんのお部屋まで巻き取られたからで、物音で状況を察しただけだよ」
「同じ口でも、ああいういらんことばっか抜かしてる口ならどんどん巻き取っちゃっていいぞー」
ん。風ちゃん、それってどういう意味みみみっ! 互いの顔を見合わせて仰け反ったことには、あたしたち全員の口許が比喩ではなく正味四角く空ろに、即ち Σ(k=1,n=あたしたち全員)Σ(・□・)! わはは、メル変っ子にしてはいい仕事だっ、とか風ちゃんなんてこと指図してくれっちゃってんの。ちょ、巻き・取り/戻しのメル変っ子、あたしたちの発声器官を一体何処へ持ち去るおつもり。何処か訳の分からない異界へ。うぬぅ、何たる暴挙かっ。発声器官ごとの抹消という空前絶後の言論弾圧ってか言論完封に、表現の自由の体現者たる我々はぁー団結してメル変っ子の自由を守るぅー。守るんだーっ。あのぅ、守りたいのであたしたちの口許を巻き戻してくださいませんか。ぬぁ。風ちゃんにやにやしちゃって、いま始めて殺意を感じたおっ! おうっ、いいともさ。巻き取るなら勝手に巻き取りやがれってんだ。あたしたちを本当に黙らせたいなら発声器官だけじゃ足りねぇ、命までもすぱぁんと抜き取りな。そうでないってんなら、何処に持っていかれようがあたしたちの口はこれから先も好きなことを好きに語り倒すぜ。口許滅んでも言論は死なずでい。なぁ、兄弟。
「んー。いいこと言ったとは思うけど、実際巻かれちゃったら風ちゃんの思うつぼ、まさに言論完封なんだけどねー」
どどどどういう意味ですか女神様。巻かれた空間は、巻かれる前に接していた空間と断層みたくずれてても繋がっているのでは。そういう解釈で良かったのではではっ。