第10回(女神様は彼と遊ぶ・その10)
あっ、女神様の顔目掛け糸巻きメル変っ子の一つが飛んでいきます。でも女神様はにこにこ、避ける素振りも見せません。糸巻きはなおもつーっと進んで行きますが、急にくるくるくる~、まるでその筒身に新たに糸を巻き取るかのような回転を空中でし始めます。するとどうでしょう、それがその場所にきゅっと静止します。何者にも支えられていないのに浮遊して回転を続けているのです。このお部屋に現れた時の女神様に続き物理の教科書には載ってなさそうな浮遊現象ですね。お、これは。この浮遊回転に付随する、もっと特筆すべき現象が見え始めましたよ。糸巻きはただ回るだけじゃなくて、実際に巻き取ってもいたのです。何をかと言うと、女神様のお顔の一部を。女神様の左目の下辺り、回転を続ける糸巻きが影を落とすとしたら丁度それくらいの範囲が、四角く切り取られ、糸巻きに向かい回転に見合った速さでにゅーっと伸びていくのです。いや。伸びてくってのは間違いで、そう見えただけでしたね。その、引き寄せられている女神様の顔の一部分に、伸展のようなスケール変化はありません。その部分だけがそのまま立体パズルのワンピースのようにすぽっと女神様の顔から外れ、糸巻きにたぐり寄せられているようなのです。ほほー。人、まあ女神様も見た目はヒトだから取り敢えずそう言っとくけど、人の頭部のその辺りの、不完全ながらも輪切りの映像ってこんな感じですか。たぐり寄せられている部分を見下ろして、進行方向から順に目を移していけば、皮膚と筋肉の薄層、直ぐ続く頬骨の弓形、外界に晒していい部分と危険な部分の境って実はこんなにも儚いものなんですね。弓形の後ろは空洞が目立って、パズルのピースの前半は思いの外単純な感じ。でもその後に鮮やかな赤みの充実が。首の後ろの部分の筋組織諸々とか、頸骨の一部らしきものも確認できます。んー、でもなんか。だって女神様は女神様なのに、実際見てみれば実に中身は人と同じそうじゃない。ホントにあられもなく晒してるのかしら。解剖学の素人が見ても何じゃこりゃって感じの、期待される意外性がないのよね。これはきっと女神袋だ! みたいな。
その間にも引き抜かれた女神様のお顔パズルのワンピースは、すーっと緩やかに虚空を滑って糸巻きに近付きます。糸巻きの回転が次第に遅くなり、ピースもだんだん速さを減じて。ピースは音も無く糸巻きに接岸したようでした。糸巻きの回転もことりとやみます。すると、糸巻きが今度は先程までと逆の回転を始めました。お顔パズルのピースも後戻りです。帰還した小型宇宙艇が精密誘導されて母船へ吸い込まれていくように、僅かな引っ掛かりも無くピースはそれが唯一占めていた場所へと滑り込みました。そこが抜き取られていたなんて痕跡は、ただの一つも女神様の顔には残っていません。おっと。一連の出来事を起こし、戻したのを確認したみたいに、浮遊していた糸巻きがぽとんと落下しました。女神様が咄嗟に差し出した左手の指先で弾んで床に着地し、更にそこらを楽しげに跳ね回っています。女神様は何事もなかったようにその様子を見て目を細めています。なんか画になるなぁ、そう思うと同時に、分割封印されていた最凶邪神が遂に完全復活ktkr! とか、そんな厨二なことを叫んでみたいむず痒さにも襲われます。
む、そう言えば。これら一連のシーンは、風ちゃんに泡吹かしても致し方ない性質のものだったのではござらぬか。そう思って風ちゃんに注意を戻しましたが、全く誰がどう見たって見間違えっこなくだからなんなんだよ、とっても冷めた表情でした。風ちゃんまた一回りおっきくなったね。でもね、そのジトっとした両目と対になって風ちゃんの内心を分かり易くしまくってる所のね、その△なおちょぼ口はね。やだ。風ちゃん。そのお口の表情は多分初めて見るけどちょうヤバイ。うぅん、こっちが泡吹いて萌え死にそう。
「あれ。面白くなかった?」
「なぁーにがー?」
女神様がふと風ちゃんの視線に気付いて聞けば、風ちゃんはジト目+△おちょぼ口に加え更に眉をループ状一本眉にしちゃって。死ぬる。風ちゃんのこのぶーたれっぷりにはまじ萌え死ぬる。そうよ保存よっ。なんかで固めるとか出来ないのこの1枚の絵を。至急調達! 糊でもご飯粒でも膠でもっ!
「何がって、タネ明かしだよ」
いや待て待て、乾燥したのち凝固で良いならば。ボクたちにもいわゆるほぉっ、法悦のそのなんだ。この場を凌ぐにはそれが最も合理的と思い思われ振り振られ。こんだけ頭数揃ってんだし。あっでも女神様の言葉に反応して風ちゃんのループ状一本眉がぴくって、その奇跡の曲率に不穏な乱れが! 風ちゃん駄目ーっ。“はぁん?”とかそんな表情して、その宇宙開闢以来初の調和を崩しちゃ駄目ーっ!
「はぁん?」
「だからさっきタネを明かして進ぜようって言ったじゃん。風ちゃんと缶缶が押しくらまんじゅうをすることになったその仕組み、及びその他について」