第5話<能力発現?>
「……何やってるの?」
「何って、お風呂作りたいなと思って」
絵を見たのなら話の流れから分かっていると思ったのだが、驚いた顔をしているのがよく分からなかった。
「あ、もしかして紙使ったのが拙かった? 文字の練習用にくれたから紙の価値は高くないのかと思って……ごめん」
「それは別にいいわ。その紙はそこまで高くないから。」
「そっか。ならなんで?」
「その絵……魔力が込められてるから。普通のインクで書いた文字や絵に魔力は込められないんだけど」
「魔法陣は?」
「魔法陣は魔力で形成されるのよ。魔法陣を、発動せずに大量の魔力で維持し続けて刻印になるの。その指輪のリングには刻印が魔力で刻んであるって言ったでしょう? 刻印は魔法陣そのものなのよ」
「へぇー。それじゃあ魔導具を作るためには魔法陣が必要になるのか」
「さっきハジメは魔法陣を作らずに魔術を発動していたけど、魔導師なら自分のイメージを魔法陣として形作ることが出来る。下級や中級で魔法陣無しで練習していたら上級に行くとき大変よ。魔法陣を魔力で作る。これが出来て初めて魔導師としては一人前ね」
「……イメージを魔法陣にする?」
「んー、正確には違うけど……イメージを魔力として体の外に出すときの魔力の形っていうのかな。未熟な魔導師だと魔力が拡散して魔法陣の形を取れなくて見ることが出来ないけど、魔法陣を形作れるようになれば魔力が拡散しないし、消費も減る。魔術を発動するとき体の外に出た魔力をしっかり捉えることが出来れば魔法陣も綺麗に現れるわ」
(通りで自分の魔法陣が見えないわけだ。魔法陣無しで発動する才能でもあるのかとちょっと思ってたけど違ったらしい。未熟者だそうだ)
「で、話は戻るけどその絵はどうしたの? 魔力がインクというか絵自体に宿っている様に見えるんだけど」
「どうって、風呂の絵を描いただけなんだけど……」
「描く時は何してたかわかる?」
「檜木風呂の妄想をしてたかな。こんな風呂がほしいなと」
「魔力を込めてたんじゃないの?」
「込めてないと思うけど……」
「……」
「……」
フランにジト目で見つめられる。若干目が据わっているけど美人に見つめられると恥ずかしくなってしまう。
「な、なにか?」
「……さっき魔法陣の話をしたでしょ? イメージを体外に出すときの魔力の形。それに近い気がしたから魔術じゃないかと思ったけど……もしかしたら能力の一部じゃないかと思って」
「え、能力がある!?」
「まだ分からないけど。絵に魔力を込める能力とか意味不明だわ。たぶん何か意味があると思うんだけど、私には分からないわ」
「……それだけの能力とかないよね?」
「もしかしたらそうかもしれないわよ?」
フランはニヤッと笑ってハジメを見る。ホントにそれだけの能力だったらがっかりだ。
フランの魔力走査では魔力は分かるが、絵は魔法陣じゃないので用途までは分からないらしい。
「とにかく能力に関係あるとしたら、色々調べてみるのがいいと思うわ。その絵と同じように何枚か描いてみたら? 後でまた紙をあげるから。無駄遣いはしないでね」
「ありがとう。やってみるよ」
「それじゃあ、またまた話が戻るけど、風、水、無属性で良いのね? 私もこの三つなら教えられるし、上達ははやいと思うわ。他の属性は幾つか魔導書があるからそれを読みながら練習ね。属性の使い方と特性を覚えたらそのうち自分で魔術を組めるようになるわ」
「うん。おねがい」
「それじゃあお昼にしましょうか。お昼からは少し魔術の練習をしましょう。転移魔術位まではさっさと覚えてもらうからね」
「それって、複合の上級魔術って言ってなかった……?」
「最上級よ?」
「……」
結構なスパルタになりそうな予感がした。
◇ ◇ ◇
その日の特訓が終わったのは森の広場に夕日が射した頃だった。ハジメの上達は目を見張るものがあり、風と水の中級魔術までも魔法陣が綺麗に組める様になった。火属性や稀属性は後回しで、フランが言っていたようにまず複合最上級魔術の転移を覚えさせるつもりのようだ。
「一通り中級は組めるようになったと思うけど、どう? 魔法陣が無意識に綺麗に現れるようになったかしら?」
「無意識って……。まだそんな境地まで至ってないよ」
「正直一日でここまで出来るとは思ってなかったけど、明日には二種属複合くらい出来るようになるんじゃない? エルフでさえ魔力制御には時間を掛けるのに半日だなんてね。魔力も減っている様子もないし、益々化け物ね」
「化け物って……ひどい。僕も正直こんなに魔術を覚えるのが早いのはどうかと思うけど。魔術といえば魔法使いの師匠に弟子入りして一つずつ教わって行くと思ってたから」
「人間はそうでしょうね。エルフは基本的に親から学ぶことが普通だと思うわ。私はお……姉から教わったわ」
フランには歳の離れた姉が居る。ハジメは少し言葉に詰まったのが気になったが、話の流れを遮るのもよくないということで、言い直したのだから気にしないことにした。
「お姉さんが居るんだ?」
「ええ。この魔導具の杖も姉から貰ったの。昔、姉が使っていた物に私の水属性の魔宝石を追加してもらって使ってるの。別に追加する必要は無かったけど杖を貰った後に姉からこの魔宝石を貰ったからついでにね」
魔宝石は宝石が膨大な魔力で変質したもので、それ自体が特定の魔力や属性を持つものではない。元になる宝石の種類によって特定の魔力と相性が良く、術発動の際に一種のパスや増幅器の役割をになう。相性が良い魔力は増幅される。
魔宝石が填められる魔導具本体は、材質により魔力の浸透・減衰率が異なる。体内の魔力は魔導具を通り魔宝石内部で魔法陣を構築する。発動の際に魔導具外部に魔力が魔法陣の形を保ったまま放出され、魔術としての現象が発生する。
もちろん、大気中に魔法陣を直接構築することも可能だが、一度体内から放出された魔力は拡散しやすく、複雑な魔法陣は形を保っていられない。人間の体内は魔力が溢れているため体内での魔法陣構築は難しい。
魔力によって変質した宝石は魔力を通しやすく、保持しやすい。それと同じくらい放出もし易く、魔法陣構築の場としては最適になっている。
「でも三つも魔宝石があったらどれで魔法陣を構築するのか分からないよね?」
「魔力は操作できるんだから慣れれば出来るように……明日からは魔宝石が複数付いている魔導具で練習しましょうか」
「あれ、そういうことになるの……?」
「といっても、他に複数の魔宝石が付いている魔導具が無いわね……」
「それじゃあ、あしたは――」
「明日は街に行きましょうか。食材なんかも無くなって来たし、ついでに魔導具も買いましょう」
「お金が――」
「お金は貸してあげるから安心して。そのうちギルドで依頼を受けて返してね」
「それはわる――」
「長く使うことになるでしょうから、それなりに良い物じゃないといけないかな」
「……」
言葉を挟む暇も無い。今日の特訓もスパルタに近いものがあったが暫く続きそうだ。なんだか魔術の練習になってからフランは性格が変わっているようだ。
「それにハジメはまだ街の様子とかも見たことが無いでしょう? ハジメの言ってた都会とやらとは違うけど賑やかな所よ。ついでに服なんかも見て回りましょうか。その服を何時までも着ているわけにもいかないし、ローブなんかも買っておいたほうがいいわ」
「……」
「どうしたの?」
それでもハジメのことを色々と考えているらしい。初めての異世界で拾ってくれた人がフランだったことにハジメは改めて感謝した。森の中で美味しく頂かれそうになったりしたけどフランと出会えたのだから良かったと思える。
「いや。改めてフランに感謝してたところ」
「……? まあ、いいけど」
何のことか分からないという顔をするフラン。人間は嫌いだといっていたけど、異世界人のハジメに色々と親切にしてくれる様子はそんなことを微塵も感じさせなかった。これが本当に素顔なのだろう。
「それじゃあ汗もかいたみたいだけど、今日もお湯で体を拭くので我慢してね」
「あ、……はぁ。風呂が出来るのは何時になることか」
「もう此処に住む気満々ね……。夕食の準備をするから、その間に汗を拭いておきなさい」
「了解です」
そう言って家に入っていくフランに続き、ハジメも家に戻る。
台所の脇でお湯を沸かす。これも魔導具で、桶一杯分のお湯を温めることが出来る。これを参考にすれば魔導具《浴槽一式》を造れるのではないか。最も、水の量が全然違うので色々と工夫をする必要があるだろうが。
お湯を沸かして客室に戻るハジメ。すっかり自分の部屋になっている気でしているので、自室といっても良いのではないだろうか。布をお湯に浸けて体を拭いていく。お風呂が恋しい。
◇ ◇ ◇
夕食の時間まで勉強をして時間をつぶす。階下から声がかかったため夕食に降りると、美味しそうな香りが漂って来た。今日の夕食は肉と野菜を煮込んだスープのようだ。今日の訓練の最中に風の魔術で仕留めた良く分からないけど鳥の肉だそうだ。チキンスープみたいなものだろうと思ったが、鳥はダグミーユと言うらしいので、ダグミーユスープといったところか。
「明日街に行くことに関してだけど、これを渡しておくわ」
「これは?」
食事の後に、またしても指輪を渡された。
聞いてみると人の認識をずらす魔術刻印がしてあるらしく、意識を逸らすだけでなく魔力量なんかも隠してくれる。影の属性の魔導具で、稀属性の中では安価(といっても基本の五属性よりは格段に高価)で昔フランが買ったものだそうだ。
今回は少し小さくて、小指にしか入らなかった。
2012/01/06
第十五話までの数字、誤字、文体及び通貨価値微修正。
通貨価値以外、物語の内容に変更はありません。