第20話<竜>
一年越しにひっそりと更新……
読んで頂いていた方、遅くなって申し訳ありません。
正直、物語の流れを殆ど思い出せない……
やはり戦闘描写が筆者の課題ですね。臨場感が出せない。
素人文章ですが、出来るだけ続けていきたいです。
「商隊は直ぐに先行してください」
フランが商隊に向かって進言した。ハジメとフランには、巨大な気配が森の中から近づいて来ている事がわかった。
森から振動が伝わる程の咆哮が響き、地面は僅かに揺れている。巨体を持つ何かが移動している証拠だった。
フランの声を聞いて、商隊のメンバーは我に返り、急いで出立の支度を開始する。先の先頭で馬車や馬から降りたものは、急いで戻り、確認をとる。王都出発前に決められたとおり、フラン達を残して、商隊と護衛でデルフェノへ向けて先行することになる。
「ネネも商隊と一緒に」
「……(ふるふる)」
フランは、ネネにも商隊と共に先行するように言うが、唯一の知り合い達と離れたくないのか、首を振って拒否する。商人たちも人間であり、ネネはハジメ達以外の人間と一緒にいる事を拒んでいた。
「……そう。まぁ、ハジメもいるし大丈夫かな」
フランは黒ランクであり、個人で竜種の討伐も可能な実力を持っている。それに加え、今回はハジメという、魔法の威力だけで考えればフラン以上と言える実力を持つ人間もいるのだ。
この話を冒険者ギルドで聞いたとき、遭遇した場合にフランはハジメに竜種討伐を任せる事を考えていた。もちろんサポートはするが、上位の竜種で無い限り戦闘初心者のハジメでも対応は容易だと判断していた。
離脱するにしても、ハジメとフラン、二人共飛行や転移魔術が可能なため、問題はない。ネネがこの場に残る場合、フランが彼女を常に守ることになるため、あまり離れることが出来なくなるが、それは些細なことだった。
「ハジメ、おそらく下位から中位の竜種だと思うけど落ち着いて対応すれば問題ないから、一人でやってみなさい。ネネは私から離れないでね」
「うん」
「んー。了解。どんな種類かわかる?」
「飛んでないから地竜種かな? 火竜種の可能性も無くは無いけど、森を移動する際大抵は飛んだりするから可能性は低いわね。どちらにしても危険度は四の下位程度だから、クルォルウルフより二回り程度強いだけよ。危険度五の竜種なんて滅多に人のいるところに出ないしね」
一般的な火竜や風竜の飛竜種で危険度四の上位程度、飛竜でなければ大概は下位に分類される。中には特殊なものもいるが、大凡の判断基準は飛べるか飛べないかである。行動範囲や攻撃方法が限定される地上種は危険ではあるが、黒ランクに到達する程の冒険者にとっては狩れない魔獣ではない。
「ただ、この時期っていうのが気になるわ。番じゃなければいいんだけど――!」
商隊が発ち、遠くに小さくなった時、森から咆吼をあげながら一頭の竜が姿を現した。
全長は判らないが、体長はゆうに十メルデを超え、全身を分厚い鱗が覆っている。森に差す光が竜の体を照らし、そこに見える色は時の経った血のように赤黒い。二本の図太い足で地を蹴り、木を薙ぎ倒しながら、森の外、ハジメたちのいるところ――ではなく森を駆ける影を追っていた。
「人が!」
竜は人間を追っていた。激昂し、周囲が見えていないのか、障害を無視しながら暴走する。翼を広げ、口から朱い炎を零しながら。
追われている人間はおそらく三人。調教した魔獣なのか、大きめの四足獣に跨り、姿勢を低くして疾走している。
「こちらに来るわね」
「そうだね。……竜っていうのはどれもあんな感じなのかな?」
「……繁殖の時期、だからかもしれないわ。あの人間たちが何かしたのかも。この時期に竜が巣を離れることなんてあまり無いはずよ」
テルトゥリアの二巡月にもなれば種族差はあるが、竜種は繁殖期を迎える。短期間で卵から孵化する種や、冬を越えて春に孵化する種など様々だが、産卵時期はおおよそこの時期だった。
巣には番の片割れが常に居座り、交代で食事などに出かける。中には雄が複数の雌とコロニーをつくり雌のみが子育てをする種もあるが、それは竜種には稀だ。もちろん、目の前の竜種は番をつくり、交代で卵を守護する。
卵を温める必要はあるが、温めなかったからといって孵化しないわけではない。春の季節を迎え夏に近づき暖かくなれば、親が居なくても孵化するのだ。温かくなると卵の中での成長が活性化し、冷たくなると停滞する。極端な話、竜種の卵は長期的な保存が効き、生まれた時から調教すればそれだけで強力な戦力となる。
「卵、かも」
「……それはあの人たちが?」
「それはわからないわ。卵が盗られて近くにいた人間を追いかけているだけかもしれないし、追撃しているのが一頭だけなら卵は無事かもしれない。どのみちあれだけ激昂していれば卵が無事だとしても竜は止まらないでしょうね」
「それじゃあ……」
「どの道、止めるには殺すしかないわ。卵が無事でもあの竜は人間を敵だと認識した。過去にも竜に街や村が襲われたなんて話は珍しくもないから。……来るわよ」
遠くに見えていた竜も会話の間に近くまで迫ってきていた。その前方、足元には三頭の四足獣とそれに跨った四人の男たち。大きな獣に二人乗っている。
「ッ……チッ! 面倒な!」
先頭を疾走する男がこちらに気付き声をあげた。その顔は憎にくしげに歪められている。
「殺せ! ダメでも竜に擦り付けろ!」
リーダーなのだろう、男が声を荒げて命令し僅かに脇にそれて離脱していく。命令を受けた二人の男はハジメ達のもとへ獣を走らせながら魔法陣を空中に編む。
「ハジメは竜を」
「了解。『氷結槍』」
竜に向かって飛び出しながら氷結槍の魔術を使う。
例によって無詠唱で放たれた四十八本の氷の槍が前方に迫る竜に殺到する。足止めを目的とした魔術は竜の頭部に衝撃を与えるだけに留まったが、突進の勢いはおさまった。
凡そ二十メルデ手前で竜の突進は止まり、ハジメの眼下を男達が走り抜ける。男達にはフランが対応するため、ハジメは目の前の竜に集中する。
フランの言では竜種であっても、高密度の魔術は、致命傷は無理でも傷を負わせることが出来るらしい。目や翼の膜、腹部など柔らかい場所なら内部まで破壊することも可能である。
竜種との戦闘は基本的に長期戦。傷を与えたところを何度も重ねて攻撃し、徐々に致命傷にしていくのが冒険者たちの普通の戦術だ。
『氷結槍!』
ハジメもその例に習って、そう言う弱点部位を狙う。
ハジメが魔力を練り上げて射出した氷の槍は竜の頭部、眼球を狙い放たれた。氷の槍は風を裂いて眼球目掛けて――
「げッ、外れた!」
竜が僅かに向きを変えたため頭の位置がわずかに変わり、頭部の表面を切り裂くだけに終わった。
体の向きを変えようとしていた竜が、再びハジメを向き直る。
「ガアアアアアアアアアアアァァァァ!!!」
竜は雄叫びを上げて標的をハジメに定めた。頭部の傷からは赤い血が流れ出し、口内には火の粉が舞っている。
「う、危な!」
直後、竜の口から爆炎が放たれた。
咄嗟に風の防御障壁を、炎を受け流すように張り出して爆風を避ける。急激に上昇した温度に、咄嗟に氷の属性を空気に混ぜて冷却する。
「ぁっつ! 暑ッ! グッ!」
爆煙が晴れるかと思った瞬間、風の障壁に強烈な衝撃が走った。目の前の視界が晴れると、竜の強靭な爪が障壁に掴みかかっていた。
ハジメの魔力に頼った結界型の障壁は竜の攻撃を受けても壊れる気配はないが、竜の懐に留まるのは何かと心臓に悪い。
球状の結界内から竜の頭上に転移する。急に障壁が消えたことにより、体重を加えていた竜は一瞬体が傾き、無防備になる。
「取り敢えず目を潰す。『氷結槍!』」
瞬間的に込められる魔力を最大限に積み込んでハジメの魔術は完成した。周囲の温度が急激に低下し、草木に霜が降りる。
竜の吐き出した爆炎で燃えていた炎も燃えている草木が凍りついたことで勢いをおさめた。
直ぐに体制を整えた竜は顔を頭上に向けるが、既に魔術は放たれた。
「今度は外さない!」
ハジメの放った氷の槍は銃弾のように空気の螺旋を描きながら竜の眼球目掛けて飛びかかる。反撃に備えてハジメは再び短距離転移して竜の正面に降り立つ。
そして、ハジメの氷結槍は、竜の眼球に突き刺さり、そのまま頭部を貫通して飛び出して、その後ろにある巨体に突き刺さった。
「はっ?」
一瞬何が起こったのか、ハジメは理解できなかった。
眼球を潰すつもりで、フランの助言に従い高密度の魔力で攻撃したら、眼球どころか頭が潰れ、硬い鱗を砕き強靭な竜の背中の筋肉に半ばまで突き刺さった。
「……」
回転を加えられ頭の中を貫通した槍によって、竜の頭内は氷の槍に引っ張られるように吹き出した。どのような生物であれ確実に致命傷だ。
体に指令を出す器官を失った竜は動作を止めて、崩れ落ちるように地面に倒れ伏した。
「……ハジメ」
周囲の警戒も忘れて呆然としていたハジメに、後ろからフランの声が掛かった。ハジメが振り返ると呆れた表情のフランの顔があった。
「魔力を編み込むのにも限度があるわ……。私の全魔力に近いくらい注ぎ込んだんじゃない? デタラメにも程があるわよ」
フランは既に四人の男たちを無力化し、生かしたまま事を終えていた。ハジメの戦闘があった場所から離れた場所に拘束されて捨て置かれている。
ネネはフランの裾を掴み、怯えた様子で動かない竜を見つめている。死体とは言え、普通の人にとって竜は恐怖の対象だ。竜の危険を知らないものも、十メルデを超える胴体と獰猛な頭部を見るだけで恐怖を覚えるほどだ。
「周りまで氷結してこんなだし……」
「出来るだけ高密度の魔術を撃ったんだけど……」
「私が言ったのは一般的な魔導師にとっての高密度ということよ。誰も数百倍の魔力を一つの魔術に練りこめなんて言ってないわよ」
そう言いながらフランの水の魔術で周囲の森に燃え移った火が消されていく。その水はそのまま氷となり、木々を覆う。
三人の息は白く曇り、まるで真冬の様な景色に見えた。ネネはフランに掛けられたのか毛布を二枚体に巻いて寒さを凌いでいた。
「まぁ、取り敢えず――ッ!」
ハジメ達の頭上を大きな影が凄まじい速さで通過し、離れた位置に居た男に飛びかかる。身動きの取れない男達はその影の鋭い爪で無残に切り裂かれ、一瞬で絶命した。一緒に置かれていた荷物が風で弾かれて転がるが、その巨大な影は気に留めた様子もなく今度はハジメ達に向き直る。
「番の片割れね……可哀想だけど殺すしかないでしょうね」
小さく呟いたフランは竜に向き直り発動具である杖を前方に突き出して素早く呪文を唱える。
竜の足元の地面から鋭い円錐状の氷が何本も突き出して竜の足指の間や翼膜を貫く。痛みに口を開けた竜の口内に、続けて唱えた氷結槍の魔術による巨大な氷の槍が突き刺さる。
そこから枝分かれするように口内で槍の形状が針状に無数に突き出して口内を蹂躙し、竜の頭蓋骨の中身を傷つけていく。口の中でウニがそのまま大きくなったような状態になっている。
「柔らかい場所を狙って高密度の魔術を放てば竜も簡単に殺せるわ。まぁ、人間だとここまでは難しいけど、何人かで狙って少しずつ傷つけていけば竜も問題なく殺せる。飛竜は飛んでるだけに厄介だけど」
「……」
「……」
一瞬で竜を蹂躙したフランはなんでもないように解説しながら倒れていく竜を見送っている。
フランの服の裾を摘んでいたネネも、その光景に放心し手を離してしまった。
「ん? どうしたの?」
フランは黒のランクだが、実は白銀に昇進の打診が過去に一度あったのだ。本人は静かに暮らしたいために依頼で各国を飛び回る白銀ランクに魅力を感じなかったため断っている。
エルフの中でも抜きん出た魔力に、卓越した魔術の技量。人間固有の能力に過去数十年の経験。報酬のためとは言え数年で黒のランクに登る早さ。
フランを白銀ランクに推薦しない理由は無い。
過去に飛竜種を一人で、一瞬の内に討伐した際の白銀への打診であった。