第18話<黒の名前>
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ネネが冒険者になると決心した翌日、三人は冒険者登録のためにギルドを訪れるになった。
ギルドカードは身分証明にもなり、都市への出入りも仮証発行などの手続きを行う必要が無くなるため楽になる。仮証は都市に滞在している期間必要だが、この王都では初回の期限は五日間と決められており、延長には国にお金を追加で支払う必要が出てくる。五日のうちに長期滞在手続きや、住民登録手続き、各ギルド登録などを正式に行う必要がある。因みに、この住民登録は国毎に決められた期間の凖市民を経て、正式にその都市の住民となることが出来る。
短期間の滞在や、街を移動する人間は各ギルド登録が最も有効な身分証明手段となっている。
「明日で仮証も切れるし、先に冒険者登録しておいた方が良いわ。まぁ、明日には街を出る予定だったからあまり関係無いけど」
「今日はどうするの?」
現在ネネを真ん中において、三人で手を繋ぎながらギルドに向かっている。一見、家族のような構成だが、三人とも種族が違うためはたから見れば良く分からない構成だった。フランは杖を持っているが、三人とも装備が軽微で冒険者にも見えなかった。
「ネネの登録と装備の購入、簡単な魔術の指南に依頼の確認……かな。徒歩だとデルフェノまで四日ほど掛かるし、常時募集の薬草採集や魔物を確認しておいてね。適当に狩って報酬が出るような依頼があったら少しだけどランクアップの足しになるから」
「前みたいに輸送依頼でもいいよね?」
「そうね。輸送や薬草はついでだから、ネネも受けときましょう。戦いは私とハジメで十分だけど、ネネの討伐依頼は戦える位に強くなってからだから、もう少し先ね」
「うん」
「護衛も良いかもね。移動が楽だし」
「馬車って事?」
「まあね」
「……」
旅を始めた当初、ハジメとしては徒歩の旅がしたかったが、体力が少し心配なネネが加わり連れまわすのも悪いと考えていた。一度は旅を切り上げることも考えたが、依頼もあったためネネの無理にならない範囲で旅を続けることにすると、ハジメ達は決めていた。
残りの旅を簡単に終わらせることは、ハジメとしても吝かではない。
なんにせよ、ハジメ達の心配をネネに悟られることは避けておくことにした。
「都合の良い依頼があればそうしようか」
ハジメはフランの言葉に賛成の意見を述べた。
ギルドに到着すると周囲から一瞬視線が集まった。冒険者としては普通の行動なのでハジメもフランも気にしない。ネネだけは視線を感じたのか、一瞬ピクリと反応したが、二人に繋がれた手で隠れようも無い。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「この子の登録をお願い」
「畏まりました。こちらに必要事項をご記入ください」
受付のギルド職員はネネに記入用紙を差し出した。ネネはそれを受け取ることが出来なかった。
「あぅ……かけない……」
「それじゃあ私が書くから、質問に答えて」
「うん……」
ハジメは落ち込んだネネの頭を優しく撫でる。
フランが紙を受け取り、必要事項を記入していく。記入が終わるとフランから職員に用紙とギルド登録料が渡される。
「どなたかの紹介状はありますでしょうか? もしくはお二人のうち青ランク以上の方はいらっしゃいますか?」
「私がこの子の推薦者よ」
フランはそういってギルドカードに魔力を込めて呈示する。職員はギルドカードを確認すると一瞬驚いた表情をしたが、一言断りをいれて登録のために受付の奥へと消えていった。
そのタイミングで三人のもとへ近づく影があった。
「おいおい、ここは餓鬼の来るところじゃねぇぞ!」
一八〇はありそうな横にも広い大男がハジメ達に話しかけてきた。いかにも頭が悪そうな顔をしている。顔が赤い所を見ると朝っぱらからギルドの酒場で飲んでいたのだろう。つまり酔っ払いだ。
(うわ、でた!)
有りがちな展開にハジメは少し興奮した。ネネは先ほどの大声に驚いたのかハジメの影に隠れた。
フランは完全に無視をきめていた。
「聞いてんのか! 餓鬼は家に帰ってママの乳でも吸ってな!」
ありがちな展開なだけに、下手を打てば長引きそうなイベントである。こういう場合は実力を示すか無視するかが定石である。
(うわー、こんなこと言う人が本当に居るとは……ここは一つ穏便に――)
「なんだぁ、獣の餓鬼がいるじゃねぇか。亜人なんか連れてくんじゃねぇ! 臭くなるだろうが!」
「喋るなよ、臭いのはお前だろうが。豚の方はお帰りください。 ……て、っは!?」
「……」
(華麗にスルーするはずがついのってしまった!)
ネネの事を貶された為、条件反射的に男に反論した。ハジメの台詞は途中で止まったが、大男は既に頭に血が上っていた。
フランは変な顔をしていたが、変わらず無関係を装っていた。
「えー…コホン。あー……」
(しまった……特に言い訳が無い)
「き、貴様ぁ! 俺が赤の“双斧のアルディ”って呼ばれてるのを知らねぇのか! ここは餓鬼の来るところじゃねぇんだよ!」
(いや、しらねぇよ! 赤が一番多い筈だし威張るなよ……)
ギルド内での闘争は禁止されている。ハジメはここからどう穏便に進めていくか迷った。
「お待たせいたしました、ネネ様。フランシェシカ様。こちらがネネ様のギルドカードとなりますので、紋章の部分から魔力を込めてください」
「おい! いま――」
「御黙りください。ギルド内では一切の闘争を禁止されております。これは規則にも明確に記載されております。これ以上の口論は罰則の対象とさせて頂きます」
「ぐ……」
ギルド職員から重厚な殺気が放たれた。殺気を当てられた男は怯んだのか口をつぐんだ。
(こわい! ギルドのお姉さま怖い!)
ハジメの中で、ギルド職員の冷たい視線に存在の上下関係が決定した。
大男は渋々といった感じでギルドを後にしていった。
「ネネ様」
「ッ……!」
ビクッっと音が聞こえそうな程、ネネが反応した。ハジメはその反応を掴まれた袖から感じ取った。
ネネはギルド職員からカードを受け取り、魔力を通した。ハジメと同じ白い模様が浮かび上がった。
「これで登録完了となります。ようこそ、冒険者ギルドへ」
そう言って一礼し、次は何故かフランに向き直った。
「フランシェシカ様。ギルドマスターがお呼びですので応接室まで御越し頂けますか?」
「どうしたの? 予定があるから内容によっては断らないといけないわ」
「黒のランク以上の方に特別にお願いしたい依頼が有るそうですので、お話だけでも聞いて頂きたいとのことです」
「そう……とりあえず聞くだけ聞いてみましょうか」
ギルドカードを呈示したためフランのランクが黒だと気付き、掲示前の依頼を受けてもらおうと考えたのだろう。
フランは職員の言葉に遵い応接室に向かう。ハジメ達も職員に促され二人の後に続く。
応接室で待っていたのは三十手前――いや、二十代前半過ぎほどの外見をした女性だった。この世界の容姿は年齢とあまり結びつかない。百や二百を超えてなお若い人間もいるのだ。
この人がそうだとは言わないが。そうでないとも言わないが。
「失礼します。フランシェシカ様をお連れしました」
「ああ、ありがとう」
ここまで案内してきた職員は一度礼をして退室した。王都のギルドマスターはハジメ達に座るように促し、自分も席に着いた。
「はじめまして、フランシェシカ様。私はここのギルドのマスター、ラクシアです」
「フランでいいわ。……それで依頼というのは?」
「ええ、それでは、フランさんはデルフェノの街をご存知でしょうか?」
「一応知っているわ。それに丁度これから向かうところだし」
「そうですか。……依頼というのは明後日の早朝に此処から出発する商隊の護衛をお願いしたいのです」
「……それなら、依頼を受ける人間は大勢いるでしょう?」
「そうなのですが……フランさんは王都までどちらからいらっしゃいましたか?」
「東からだけど」
「実は王都から西側、つまりデルフェノへ向かう街道付近で危険度三の上位に分類される魔獣、クルォルウルフとその下位種、グレイウルフの群れが確認されたのです」
危険度三――黒ランクならソロで狩れる程度の魔獣だが、討伐は基本的に緑ランクが数人はいるチームが行う場合が多い。
黒ランクは基本的に更に上位の魔獣や、特殊な依頼を受ける。
「街道付近で?」
「ええ、本来はその街道の少し南側、山付近にある森の奥に生息していたはずなのですが、どうやら森の外れまで出てきているようなのです」
魔獣は特定の地域に住み着いて繁殖したり、魔力の濃い地域で他の魔獣や動物から変異して突然発生するものだ。
今回確認された魔獣は森の奥に群れで住み着き、今まで街道付近までは出てこなかった。
「それと、気になる証言も有りまして……」
「証言?」
「危険度四以上に分類される竜種を見たと……証言が曖昧なため特定されておりませんが」
「竜種……」
「そのため、商隊からは不安の声が上がって、他にも西側への移動を控える者も多く、冒険者に調査を依頼しているのですが」
竜種となれば黒のランクか、大規模な討伐隊を向かわせる必要がある。さらに上位の竜種の場合、黒のチームを中心の討伐隊や、白銀のチームが出向く必要が出てくる。
「過去にも、あの山には危険度四上位の崩地竜の番が住み着いた例がありますので。地脈の関係で魔力が溜まりやすい場所のようで、他にも強力な魔獣が確認されています」
「……今回は討伐ではなく、護衛だと?」
「ええ。先ほども言ったように調査は別の冒険者に依頼しています。ただ、今回の商隊はデルフェノ港を経由してギルド本部へ向かう者達なのです。万一魔獣の妨害があれば黒以上の方に出て頂かなくてはいけません。依頼を出そうとしていた所に、黒の方が街に来ていると聞いたので、お願いしたいと思いまして」
「そう……」
デルフェノに向かうのであれば道は同じだ。商隊と移動することで若干危険度は上がるが、馬車に乗り、報酬も出る。
「ハジメはどう思う?」
「フランが良いなら良いんじゃないかな。どうせ同じ道を通るんだし。クルォルウルフ、だっけ? リベンジできるかもしれないね」
「ん……そういえばそうだったわね。ふふ、確か木の棒で相手しようとしてたとか」
「う……」
「わかりました、マスター。お受けします」
「そうですか。よろしくお願いします」
依頼で始まり、依頼で終わる。
こうして、旅の最後に一つ、黒のチームとしての依頼が始まった。
ありがとうございました。
書いたばかりなので誤字等があれば修正します。
なんだかありがちな展開ですね……
戦闘フラグですね、わかります。