第16話<空属性>
ネネの看病しようと思ってたけど、結局ハジメの話。
朝更新って言ってたけど昼になってしまった。
「落ち着きなさい。言ったでしょう? 魔力制御を学んでいない、魔術適性を持つ子供は魔力暴走を起こす、って」
「……そうだったっけ?」
「そうなのよ。家に帰って落ち着いてから少しずつ教えようと思っていたけど、少し遅かったわね。エルフや獣人は基本的に魔力制御を小さい頃から学ぶから暴走を起こす時期はあまり知らないけど、人間は大体十二、三の頃だからもう少し時間があると思ったのよ。天狐種のネネはまだ体も小さいしもっと先だと思ってたわ」
「これが魔力暴走?」
「ええ。ネネは魔力が多いから普通の子供よりは派手だけど、ハジメに比べれば問題はないわ」
「……そっか」
ネネは朝から魔力の暴走をおこした。
ハジメとフランが朝食を準備している最中だったため、辺りは鍋が転倒し、焚火が散乱していた。
ネネの額には大粒の汗がうかんでおり、表情は少し苦しげだ。
「暴走を起こす前は少し体調の変化がある事もあるらしいけど、気付かなかったわね」
「そうなんだ。……とりあえず王都まで運ぶべきだよね」
「ええ。後半日ほどだと思うから、着いたら五日ほど宿を取って休ませてあげましょう」
「五日か……それまで目は覚めないんだっけ?」
「早ければ二日ね。それから魔力回復に時間が掛かるから、体調が戻るまでは四日って所でしょうね」
周囲を片付けて携帯食を摂って腹を満たし、直ぐに出発の準備を行う。
ネネは意識が無いため、フランの助けを借りてハジメが背負う。ネネの体は少しだけ熱かった。
◇ ◇ ◇
昼の鐘が鳴る前に王都へ着いたハジメ達は、直ぐに宿を探した。
王都には人が溢れており、何処の宿も満員で、ようやく見つけた部屋は高級宿の四人部屋だった。
「前の街もそうだけど、この時期は何時もこんなに混んでるのかな?」
「さあ……何か行事でもあるんじゃない?」
「何とか部屋は取れたから良かったけど、もう少し遅かったら埋まってたかも」
「そうね」
部屋のベッドの一つにはネネが眠っている。
朝に比べれば顔色は良く、表情も安らかだ。ハジメはその顔を見ながら安心した表情で呟いた。
「とりあえず、これで一安心かな……」
「一応ね。でも、ネネが起きた時不安になるといけないから、交代で付いていてあげましょう」
「そうだね。知らないところで一人は寂しいからね」
「ハジメのときは起きた時偶々近くにいただけだったけどね」
「え、そうなの? なんていうか、こう……手を繋いで……」
「するわけ無いでしょう」
「ですよねー」
ハジメ達はとりあえず交代でネネの近くにいることに決めた。三人揃っての観光はネネが起きてからゆっくりする事になった。
二人は交代で用事を済ませることにして、解散となった。
「とりあえずギルドに依頼の報告に行くか……投書はフランが後でやってくれるって言ってたし」
孤児院の件は黒のランク持ちであるフランのほうから、騎士団とギルドを通して城に報告をすることになっていた。ハジメのような白ランクの報告と黒ランクの報告とでは対応にも違いが出る可能性があるらしい。
ギルドの中は多くの人がいて騒がしく、建物に入ると一瞬ハジメに視線が集まった。直ぐに視線は外れたので気にしないことにして、カウンターの女性に近付く。
「ようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「依頼達成の手続きをお願いします」
そう言ってギルドカードと依頼書を受付の女性に渡す。依頼の荷物はギルドによる前に届けていた。
「確認します。……確認しました。こちらが報酬の銀貨二十枚です」
「ありがとうございます」
依頼報酬の銀貨を受け取る。十日間で銀貨二十枚は安いが、低ランクの内は仕方が無い。ランクが上がれば危険な魔獣討伐などの仕事で金貨を稼ぐことも可能になる。
フランが受けていたクルォルウルフは黒の下――緑ランクでチームを組んで討伐する様な魔獣だった。魔獣としてのランクは、危険度三の上位に位置する。竜種は最低でも危険度四で、最も強力な物は危険度五に分類される。
黒のランクを持つ者は下位の竜種を一人で相手できることが最低ラインであると言われている。
ハジメもフランと同じ黒のランクを目指しているのだが、昇格方法は依頼を幾つもこなし、ランク毎に設定された条件――指定の魔獣や、各国の闘技大会での上位入賞など――を満たす必要がある。
フランに追いつくにはまだまだ先は長い。
「本日は依頼をお受けになりますか?」
「いえ、用事がありますのでこれで失礼します」
「ありがとうございました」
礼の言葉を述べるギルド職員を背に、ハジメはギルドを後にするが、ネネの様子を見る以外特に用事は無かった。
「ネネが倒れている間に依頼を受けて拘束されるわけにはいかないし、修練所で訓練でもしようかな?」
とは言うものの今出てきたばかりのため気が進まない。魔術の訓練をするにしても周囲の目がある状態では上級魔術や稀属性を何度も発動するわけにはいかない。
「街から離れた森の中か、街道から外れた場所で練習するか?」
森の中では火属性の上級魔術を発動するわけにはいかないが、稀属性を練習するには最適だ。大きな規模の結界を張れば周囲の目を気にすることなく練習できる。
「とりあえずフランと相談して決めるかな」
暫くの時間王都を離れるため、フランには話しておく必要があるだろう。そう判断しハジメは二人のいる宿に向けて足を進めた。
◇ ◇ ◇
「魔術で創造した事象を維持するためには魔力が継続して必要になる。しかし、魔術で創造された物はその維持に必ずしも魔力を必要とはしない、か」
現在ハジメはフランから借りた、全属性の基礎と中、下級魔術の一部を集めた魔導書を読んでいた。この魔導書はハジメの魔術適性を調べる際に使用したもので、旅の間に魔術を勉強するためにフランが持って来ていた物だった。
フランは『四、五日は動けないから稀属性の一つでも覚えてくればいいんじゃない? 家では結局練習する暇無かったんだから。私は教えられないけど魔導書読む練習だと思いなさい』と言っていた。
「魔術で創造した火は魔力を与え続ける限り事象としてそこに存在する。しかし、その創造した火が存在し続けるためには魔力が必ずしも必要とはならない。……当たり前のことだよね」
魔術で創造された氷は魔力を絶ったからといってその存在が無くなるわけではない。その存在がこの世界や自然界で、発生または存在するものであるのなら、それは存在し続ける。
先ほどの話は、燃料が無いところで火は燃焼し続けることが出来ないということを示していた。この場合魔力も燃料の一種と成り得るが。
やがてハジメは目当ての記述を見つけて読み進める。
「空の属性は空間を司る。空間とは世界そのものであり、空属性で創造された空間は世界に固定化された瞬間より、存在し続ける世界の一部となる。また、時は時間を司る。時間もまた、世界の一部であり、時属性で操作された時間もまた、その瞬間に世界の一部となる」
空間と時間は常に存在するべき世界の一部であり、魔力という燃料で燃焼させ続ける必要は無い。
ハジメは目的である空と時の属性の魔術について調べていた。この二つの属性は全属性の中でも特に稀な魔術である。そのため、適性を持つものも少なく、魔導具一つとっても金貨数十から数百枚は下らない。
この魔術をなぜハジメが調べているかというと、極個人的な目的のためであった。
「時空系の魔導具を創れば、旅をするにしてもかなり楽になるよね」
ハジメが創ろうとしているのは例の四次元的なあれだった。この魔導具さえあれば様々な場面で役に立つこと間違いない。
ただ、普通にポケットやカバンに亜空間を作ったところで面白くない。それに過去、時空系を扱えたものなど二人しかいないのだ。そんな者が創った魔導具を使っていればかなり目立ってしまう。
そこで考えたのは、亜空間への扉を開く鍵と、倉庫たる亜空間を完全に分けることだった。
例えば、亜空間を別の場所に創り、鍵の魔導具を指輪とする。指輪に魔力をこめて扉を開き、亜空間へ手を入れる。これならカバンでも、ポケットでも、何も無い空間だとしても亜空間と繋がることができるのではないだろうか。
「指輪さえあれば何処でも亜空間を使用できる、と」
ハジメが魔導具を使用する意味はあまり無いのだが、ハジメ以外――例えばフランが使用する場合、鍵である指輪さえあればこの魔術の恩恵に与れる。
カバンには通常通り荷物が入ったまま、別の空間の荷物も取り出すことが出来るため偽装にもなる。
「でも、その魔導具を創るためには時と空の属性を使いこなせないといけないんだよね」
遵って、ハジメは空と時の魔術を特訓することにした。フランと約束した時間は一刻――二時間――ほど。それまでに出来るだけ稀属性魔術の感覚を身に付けるつもりだ。
「先ずは下級からかな……」
空属性や時属性は下級魔術でも一歩間違えれば大惨事に成りかねない危険性を持っている。
空の下級でも直接空間に干渉するため、間違えれば術者や周囲に被害が出る。中級になれば術者対象の魔術――空間転移など――が出てきて、中、上級では亜空間の扱いにまで及ぶ。
今ハジメが読んでいる魔導書には、中級までの幾つかの魔術は載っているが、上級以降は専門の魔導書にも殆ど載っていない。空属性は術者が少なく必要魔力も大きいため研究過程の属性で、中級以上の魔術もあまり成功していないのが実情だ。
「先ずは対物で慣れるってことか。無属性でもあった転送系も空だと下級扱いなんだよね」
軽量の転送は無属性でも可能だが、少し重量が増えただけで上級の難度、魔力が必要になる。また風属性との複合も入り、転送一つでも熟練の魔導師が必要になる。転移も転送の一種であり、普段使っている転移魔術は複合最上級に分類される。
一方、空属性は重量に関係なく対象の空間により難度が決まるのだ。
『転送』
先ず始めに森の中に落ちている小石の転送から取り掛かった。ハジメは小石がある空間の転移をイメージし、直ぐ隣に転送したのだが若干地面を巻き込む形で小石が転移した。
「うわ……難しいな」
空間の設定を間違えると確実に周囲に影響が出る。稀属性でも空と時は別格と言って良い難度だ。
ハジメは約束の時間までひたすら転送系の魔術を繰り返し練習していた。
ありがとうございました。
次は書けたら上げます。