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一つの異世界  作者: 南津
はじめての世界編
2/24

第1話<四季一>

「……ん」


(体が重い。なにがあったんだ? テロで殺されて、それで……)


 微かに意識が戻った青年は、横たわったまま回想する。


(森の中で彷徨って……)


「美味しくないよ!?」

「……っ!?」


 食べられる前に見た光景を思い出し、叫びながら勢いよく起き上がる。体は重い感じがするが特に痛みは無い。


(味見もされなかったのだろうか)


 あの状態で無事だったことが信じられない。あの巨大な狼が目の前に迫る瞬間が鮮明に思い起こされた。青年の背中を冷たい汗が流れる。


「夢……か」


 無事なところを見ると夢だったのだろうと考える。妙にリアルな夢を見てしまったようだ。最早何処から何処までが夢だったのか分からない。


(テロに巻き込まれたのも夢だったのか?)


「目が覚めました?」

「え?」


 不意に声をかけられて振り向くと、其処には見たことも無いような美少女がいた。年齢は青年と同じくらいか、少し下。金色の髪をした少女が椅子に座って青年を見ていた。艶やかなロングの髪は少女の整った顔立ちによく映える。透き通る碧眼は青年の姿を捉えている。

 少女の姿に思考が停止し、しばしの間惚ける。


「……」

「……聞いてます?」


 少女は何かを青年に話しかけていたらしい。


「あ、すみません。聞いてないです」


 惚けていたことを恥ずかしく思いながら何とか返答する。


(あ、聞いてないですなんて失礼だよな……。まぁ実際に聞いてなかったんだから仕方ない。)


「……。ディゴウの森で何があったのか教えてもらえます?」


 聞いたこと無い地名に青年は疑問を口にする。


「ディゴウ?」

「あなたがいた森のことです。二日前あなたが倒れていた森です。覚えてないですか?」

「いや、森にはいたけど……二日前、ですか?」


(どうやら二日も眠っていたらしい。ということはもう九月になったのか。明後日からバイトが入っていたっけ。帰るのに時間がかかりそうだから後でバイト前に電話を入れておかないといけないな。留学で結構お金を使ってしまったから少しバイトを増やした方が良いだろうか。大学卒業してしばらく暮らすには問題ないが、親が残してくれたお金は出来るだけ残しておきたい。)


 これからのことをつらつらと考えていると、少女から再び聞き覚えの無い単語が聞こえてきた。


「ええ、今日はテルトゥリア一巡月の七日です」

「……テルトゥリア? って、なんですか?」


 とりあえず疑問をそのまま投げかける。彼女の言い回しから今日の日付を言っているのだろう事は推測できるが。


「……大地の神の名前です」

「大地の神?」

「ええ、風の神ヴァンテセラ、火の神フォティエナ、大地の神テルトゥリア、そして水の神オーズィオ。その名前は風の季節、火の季節、地の季節、水の季節のことも示しています。常識ですよ? 覚えてないんですか?」

「いや、そもそもそんな神様なんて知らないですけど」

「……」

「……」


 二人の間に重たい沈黙が流れた。今聞いた神様の名前は青年には聞き覚えが無い。それに、四季を表すのに風や火、地や水を用いることもなかった。


(この際分からないことは置いておいて現状の把握に努めることにしよう)


「……えっと、ここは何処ですか?」


 当たり障りの無い内容から確認する。意識を失っていた人間の常套句だ。


「……ここは私の家です。貴方はディゴウの森で気を失っていて、色々と聞きたいことがあったので保護しました。森で何があったか聞かせてもらってもいいですか?」


 彼女も様々な疑問は置いておいて、聞きたいことだけ先に確認することにしたようだ。逸れていた最初の話題に話が戻った。


「それはいいですけど……それならあとで君に聞きたいことがあるんだけど、良いですか?」


(此処が誰の家かは分かったが、此処が何処かという疑問は解消されていない。後でもう一度聞いてみないといけないか)


「……いいですよ。私はフランシェシカといいます」


 君という呼び方をしたためか彼女は名前を名乗った。そこで青年も自己紹介をしていなかった事に気付く。慌てて謝罪をして自己紹介を始める。


「あ、すみません。僕は(はじめ)といいます。四季一(しきはじめ)です」

「シキというと季節の四季?」

「ええ、四季が苗字で一が名前ですね」

「みょうじ?」


 自己紹介をしてフランシェシカの言葉遣いが変わった。こちらが本来の喋り方なのだろう。

 フランシェシカは四季という言葉分かるのに苗字が何か分からないらしい。


(外国の人みたいだからかな?)


「あ、えーとファミリーネーム? 家名ですか?」

「ということはハジメ・シキが名前ね?」

「そうなりますかね……? あれ、そういえば日本語が通じてるんですか?」


(日本語で話しているつもりなのだが、此処は日本なのだろうか?)


「ニホンゴ? 話しているから言葉は通じているわよ。この世界で生まれたものには皆、言葉の加護があるからね。会話は基本的に誰とでもできるわ。文字はいくつか種類があるから……って常識よ」


(コトバノカゴ……?)


「え。言葉の加護ってなんですか?」


 再び疑問に思ったことを口に出す。自己紹介を始めたことで再び話題が逸れてしまっているのだが……


「……」

「……」


(……どうやらこれも常識というもののようだ。)


「……とりあえず、森であったことを先に聞いていいかしら?」


 逸れてしまった話題を元に戻すべくフランシェシカはきりだした。


   ◇   ◇   ◇


「そう……」


 ハジメが森での出来事をフランシェシカに説明すると、彼女は沈痛な面持ちで一つ頷いた。ハジメが話をしている間フランシェシカは特に口を挿むことなく黙って聞いていた。


「ええ。あれはなんだったんですか? 見たことのない動物だったんですけど」

「それはおそらくクルォルウルフだと思うわ。最近あの森で目撃されていた魔獣ね。私もあの魔獣の討伐にディゴウの森まで行ったんだけど……現場の様子と貴方の話を聞いたところもう死んでるようね」

「……? 死んでるって……そのクルォルウルフ? とか言う」


(僕が死んでいないのだから何かあったのだろうが、死んでいるとはどういうことだろうか。話し方からすると死体の確認をしたわけではなさそうだけど。)


「ええ。おそらく貴方の魔力の暴走で跡形もなく、ね。酷い状態だったわよ。普通の人間の魔力が暴走したところであそこまで被害が出ることなんてないのに。精確には分かんないけど視た限りじゃ貴方の魔力は私以上ね。いえ、たぶん貴方より魔力が高い人なんて居ないんじゃないかしら? 貴方本当に人間なの?」


(魔力? 暴走?)


「人間ですけど……。それより魔力ってなんですか? そんなもの無いと思いますけど」


 魔力というとファンタジーとかでよく聞く単語だ。物語の中ではよく聞く言葉だが、実際にそんなものがあると聞いたことは無い。先ほどから神の名前だとか魔力だとか聞いていると、何故か変な事に巻き込まれているような気がしてくる。


(……宗教の勧誘だろうか)


「……貴方それ本気で言ってるの? さっきから常識も知らないし」

「いや、常識と言われても。知らないものは知らないですし」

「そう。……そういえば貴方何処から来たの? 常識も知らないし何処かの山の中で暮らしていたのかしら?」


(なんだか失礼なことを言われた気がする。……まぁ良いけど。)


「街に住んでましたけど……日本です」

「ニホン? 聞いたこと無い国ね。えっと……この地図のどの辺りかしら」


 フランシェシカは部屋の棚から折りたたまれた少し茶色掛かった紙を引っ張り出す。

 地図らしいそれを広げてハジメに見せる。


(日本は太平洋の……太平洋……の……)


「……えっとこの地図って何処の地図ですか?」

「……世界地図だけど」


 見たこと無い地形の描かれた世界地図らしきもの。大陸のようなものは三つ。ハジメはどの大陸の地形も見たことが無い。地図に書き込まれている文字も読めない。


「ははは、冗談きついですね。こんな世界地図見たことないですよ」

「……」

「はは……は……」

「……」


 再び二人の間に重たい沈黙が落ちた。


   ◇   ◇   ◇


「異世界……ね。本当にそんな所があるのかしら」


 フランシェシカには森に来る以前のことを説明した。今まで居た世界がどんな世界だったのか。そして、どのようにして死んだのか。


「いや、僕も分かりませんよ」


 本当に分からない。しかし、今が現実だというのならそういう事なのだろう。元の世界で、銃撃されたことも、この世界で生きていることも。


(あちらの世界はどうなっているのかな。日本のニュースなんかで「行方が分からなくなっているのは日本人留学生の四季一さん。現場に所持品と共に血痕が残されており……」なんて報道されているのだろうか。そもそも死体は残っているのだろうか。)


「その話が本当なら、貴方はそちらの世界で死んでるんじゃない?」

「まぁ、あの痛みは本物だったけど」


 痛みも、恐怖も、命が消えていく冷たい感覚もはっきりと覚えている。


(傷が残っていないということは別の肉体なのか……治っただけなのか。)


「貴方の話が本当なら、そちらの世界で死んで、原因は分からないけど此方の世界にその姿で転生した。そう考えるべきでしょうね」

「あの傷で生きていられるとは思えないよね……もう戻れないかな」


 身内も居ないため、あまり困ったことにはならないだろうが、バイト先とか大学とかにはそれなりに迷惑が掛かるかもしれない。


「少なくとも異世界へ行ける、なんて話は聞いたことが無いわね」


 この世界でもそんな話は聞いたことが無いようだ。帰る方法を探しながら此方で暮らしていくしかないということだろう。


(……向こうの世界にあまり未練も無いけど。)


「そっか……これからどうしようかな」

「とりあえず、この世界のことを話すから。それから考えましょう?」

「そうですね」


 此方の世界のことを聞いてから考えるのもいいだろう。魔力なんてものがあるくらいだから魔法なんかもあるだろう。


(少しわくわくしてきたのはとりあえず内緒だ)


2012/01/06

第十五話までの数字、誤字、文体及び通貨価値微修正。

通貨価値以外、物語の内容に変更はありません。

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