第12話<名前と家族>
三が日は毎日更新……予定。たぶんきっと
「……ん」
獣人の少女が身動ぎをしながら目を覚ました。まだ体が重いようで起き上がることはしなかったが、軽く体を伸ばして目を擦る。
「おはよう、えーと大丈夫?」
「……?」
あまり目覚めは良くないようだ。目を擦りながらハジメの顔を見上げてくる。
「……あ! うぅ……」
覚醒したのか、飛び上がろうとするが、力が入らなかったように倒れる。ハジメは頭を打ち付けないようにそっと抱きとめた。
「大丈夫? もう少しそのまま横になっていたほうが良いよ」
「……(コクッ)」
ハジメの言葉に素直に頷いた。
「事情を聞きたいわね……。貴方の名前は?」
それで隣に座っているフランにも気付いたようで、フランにも目を向ける。
「なまえ……ない。九番……て、よばれてた」
ハジメとフランは視線を交わす。どうやら結構深い事情があるらしい。
「今まで何処で暮らしていたの?」
「……まち?」
「何処の?」
「しらない。こじいんってところにいて……それ、で……う、うぅ」
女の子は泣き出してしまった。何か辛いことを思い出したのだろう。
(それにしても、番号で子供を呼ぶ孤児院なんてあるのだろうか。親がそんな名前をつけるとは思えない)
「お母さんは居ないの? 貴方の種族はあまり人が居るところに出てこないはずだけど」
ハジメが頭を撫でながら慰めていると、少し落ち着いたようでフランが再び質問を始める。事情が分からないとこれからの事が考えられないので、辛いかもしれないが質問を続ける。
「おかあさん? ……いない。それで、こじいんに……いた」
「その名前は孤児院で付けられたの?」
「……(コクッ)」
「どうして奴隷になったの? 孤児院に居たならそこで暮らせたでしょ?」
「……」
「……?」
「うら、れた。十歳になって、きぞくがかうんだって」
「……」
「……」
孤児院の人間に売られたらしい。与えられた名前から考えると、子供は商品だったのだろうか。
その後も詳しく聞いていくと、色々なことが分かった。
馬車はどうやらこの前の奴隷商のところへ向かっていたらしい。同じ街の奴隷商はあそこしかなかったから間違いないだろう。孤児院の経営者に金貨二十枚と少しで奴隷として売られ、ジエイムの貴族に金貨百枚程で売られる予定だったようだ。
少女はまだ十歳で、親に付けられた名前は覚えておらず、九年程孤児院で暮らしていた。食事もろくに与えられなかったようで、体は痩せていて、言葉も拙い。獣人ということで子供たちの内に溶け込めていなかったため、会話をすることも少なかったようだ。
「番号じゃなくて、新しい名前があったほうが良いわね」
「そうだね」
「なまえ?」
「うん。そのままが良い?」
「……(フルフル)」
今の名前はどうやら嫌ならしい。確かに名前だと思っていたのが商品の番号だったというのは辛いだろう。この少女に似合う可愛い名前を考えなくては。
「どうしようか?」
「ハジメが考えてあげれば? 懐いているみたいだし」
言われて少女を見てみると、服の裾をつかんでハジメの顔を見上げている。
「うーん……『ネネ』って言うのはどうかな? この前フランに教えてもらった月風華からとってみたんだけど」
「ねねりあの花?」
「ネネリアって言うのは昔のお姫様の名前で、月風華の別名で呼ばれてる名前らしいよ。白くて綺麗な花らしいから、銀色の髪に丁度いいんじゃないかな? 月風華にも月って言葉がはいっているし、銀は月の象徴だからね。だからお姫様の名前から貰って『ネネ』。……センスないかな?」
自信満々に言ってみたが少し心配になってフランに尋ねる。
「いいんじゃない? その子が気に入れば、だけど」
「どうかな?」
「……ネネ」
小さく呟いて黙ってしまった。発音がノーノに近かったから拙かっただろうか。この世界での名前の付け方が分からないから、知っている知識――教えてもらったばかりだが――で考えてしまった。
「だめかな?」
「……(フルフル)」
「ネネでいい?」
「……(コクコク)」
何とかお許しが出たようだ。まだ子供も居ないのに名前をつける事になってしまった。
「そういえば、ネネ。体で痛いところは無い?」
「あっ!」
怪我していたことに気付いたらしく、服をめくってお腹を確認するネネ。ペタペタと触って不思議そうに確かめている。
「どう? 何処かいたいところ無い?」
「けががない!」
「うん。痛いところ無い?」
「……ない?」
怪我が無いのが不思議だったのか何故か疑問形になっていた。小さく首を傾げながら不思議そうに言った。
「ハジメが治したのよ……ってネネの名前は決まったけど、私たちの名前を言ってないわね」
「はじめ?」
「うん。僕はハジメ。ハジメ・シキだよ」
「私はフランシェシカよ。フランシェシカ・ラザラズ。フランでいいわ」
「はじめ……ふらん……」
「そうだよ。ネネ」
ハジメとフランの顔を確認しながら、二人の名前を呼ぶ。小さく何度も呟いている。
自己紹介も終わったので、ネネの今後について決めなければいけない。
《フラン》
《なに?》
ネネに確認する前にフランの意見を念話で聞いておく。
《ネネはこれからどうなるかな?》
《そうね……普通は親がいれば一番なんだけど、亡くなっているらしいし……》
《そうだよね……》
《施設に預けるのも、この子の経験からしたら良くないわね》
《だね……フラン……》
《……いいわよ。幸いハジメに懐いてるし、その子が希望するなら家で一緒に暮らしても良いわ。私も……》
《フラン?》
それ以来何故かフランは黙り込んでしまった。念話も切られたのでこれ以上話すつもりは無いのだろう。
「ネネはこれからどうしたい?」
「……?」
「故郷が分かるならそこで暮らすのもいいし、何処か行きたいところがあれば連れて行ってあげる」
「……」
そこまで言うと塞ぎ込んでしまった。これからのことを思い出したのだろう。また何処かに置いていかれると思ったのだろうか。
子供が一人で生きていくにはこの世界は厳しすぎる。
「……ネネが良いなら、僕たちと暮らすことも出来るけど、何か希望はあるかな? ……人を信じることは出来ないかもしれないけど……」
「……」
「……」
(急いで出すべき結論ではないが、出来るだけ希望を叶えてあげたい。僕自身、居候の身なのがフランに申し訳ないが……)
この少女の幸せはなんだろうか……。僕たちが……僕がこの少女に何をしてあげられるだろうか。
「……たい」
「……?」
「いっしょに……いたい」
「僕たちと?」
「う、ん……はじめと、ふらんといっしょにいたい……」
「そっか……」
優しく頭を撫でると、ネネは泣き出してしまった。ハジメのローブに縋って声を抑えて泣いている。
そっと抱きしめて頭を撫で続ける。やがて声を上げて泣き始めた。
◇ ◇ ◇
暫くして、ネネは旅の疲れに加え、泣き疲れたようでそのまま寝入ってしまった。夕食を食べていないのが心配だが、ハジメの膝の上で眠ってしまったので起こすのも忍びない。
今日はとりあえず携帯食で済ませることになった。
「フラン……ありがとう」
「……どうしたの?」
突然の言葉に少し驚いたような顔をしてフランは首を傾げた。
「世話になってばかりだから……」
「……」
「この世界に来て、僕にはフランしか居なかった。……まぁ、向こうの世界でも親しい人はあまり居なかったけど……」
「……そう」
突然の身の上話に、静かに耳を傾けるフラン。ハジメはゆっくりと話を続ける。
「僕もね、両親は子供の頃に死んじゃったんだ……。事故、というか災害でね。妹も居たんだけど……僕だけが生き残ったんだ」
「……」
「それから、祖父の家で暮らすことになった。祖父は厳しい人で、塞いでる僕に剣術を叩き込んでくれたんだ……正直勘弁して欲しかったけどね」
苦笑いを浮かべて、当時のことを思い出す。
まだ七歳程だったハジメは、一人で暮らしていた祖父に引き取られた。祖母の家は剣術の道場をしていて、多くは無いが門下生もいた。今では道場はその門下生の人に任せているが、皆祖父を慕っていた。
子供の頃から毎日剣術の稽古を続けて、少しづつ家族が亡くなった悲しみも克服していけた。
他に肉親は居なくて、親戚も殆ど知らない人だった。
今では両親の事もあまり覚えていない。事故の当時の様子はしっかりと覚えているのだが、親の温かさなんてものは全然記憶に残っていない。祖父は居たが、親というものに長い間憧れていた。
「子供に親は必要なんだと思う……フランは親のことをどう思っているか知らないけど……」
「ッ……! ……気付いてたの?」
「……なんとなく、ね」
「……」
「フランはお姉さんの話はするけど、親のことは何も言わなかった。この子の親の話をしてたときも辛そうな顔してたよ」
「……」
「フランが半血種なのも関係があるんでしょ?」
「……」
「ごめん……」
「……いいわよ」
フランも両親についてはどういう事情があるのか分からないけど、複雑な思いがあるのだろう。まだ知り合って間もないが、深く入り込みすぎてしまっただろうか。
「この子は……ネネは親の温かさを覚えていない。親代わりだった孤児院の人には裏切られた。……親が全てそうだとは言えないけど、無償の愛情を与えてくれる存在が、たとえ親でなくても子供には必要なんだと、僕は思う」
僕自身がそうだったからね、と小さく呟いた。
「……そうね」
「……ネネには幸せになってもらいたいな」
「……ええ」
膝の上で眠る少女の頭を撫でながら、二人は月に少女の幸せを願った。
ありがとうございました。
次回は明日の同じ時間……たぶんきっと
2012/01/06
第十五話までの数字、誤字、文体及び通貨価値微修正。
通貨価値以外、物語の内容に変更はありません。