第11話<月の狐の少女>
国境の街での宿泊を終えて買い物を済ませたハジメ達は、これから国境を越えるべく街から離れたところで、無と風の複合魔術である飛行魔術を使い飛び立っていた。
メインコルヌ王都までの簡単な配達の依頼もランクを上げるためにハジメはギルドで受けている。
「この辺りから、ジエイムね。半日ほど飛べばメインコルヌの国境があるから、そこまで街を避けながら飛びましょう。二つほど在った……はずだから」
「面倒ごとは避けるのが一番だからね」
フランがいるため、ジエイム国内ではあまり行動しないほうが良い。エルフというだけで目を付けられて、面倒なことになるらしい。
「昔、護衛の依頼でメインコルヌからサンデダンへ同行したことがあったんだけど、その時エルフだって事で、何度も狙われたわ。奴隷にして売りたかったんでしょうね」
「フランは綺麗だしね」
「ッ……!」
「あれ、エルフはみんな綺麗なんだっけ?」
「……」
なぜだろう。比喩ではなく空気が重くなった。
「ぐああああぁあぁあああーー!」
「ッ!!」
遠くから男の叫び声が聞こえてきた。既にジエイム国内のため面倒ごとは避けたいのだが、何かに襲われているのか、何かしらの危険な状態なのだろう。
聴きようによっては断末魔の声のようにも思えるが、旅路を一人で往くのも珍しいので他にも人間がいるだろう。
二人は飛翔速度を上げて人間の気配がする方向へと近づいていく。
「あれは……盗賊かしら。馬車が襲われたようね」
「……そうみたいだね。けど既に商隊の人間は死んでるかな」
上空から馬車の様子を見るが、御者台の人間は弓矢で貫かれて絶命しているようだった。他に、装備の良さそうな者や、身なりの整った者が斬られて転がっている。馬車に近づく男が金目の物を集めるように叫んでいる。恐らくあれがこの盗賊の頭なのだろう。
「既にみんな死んでいるようだから助けることは出来なかったわね……。盗賊だから放置するのも問題だけど……この場で私たちが急いで手を下す必要はないわね。この国の人間が討伐するのが一番なんだけど……」
「……そうだね。人数も多いし飛び込めば無闇に死人を出してしまうし、フランも危険にさらすことになるね」
正直、盗賊討伐の気は進まない。商隊の人間が生きている間なら助けに入ることも考えたが、既に助けることが出来ない今となっては、無闇に人を殺すことに躊躇いを感じている。盗賊を放置すれば同じような被害も出るというのが気になるが。
「や、……やぁぁぁーーー!」
「ッ!!」
その時、馬車の方から子供の悲鳴が聞こえた。気配を探ってみれば、弱ってはいるが何人かの気配を感じた。その内幾つかは今この瞬間に消えてしまったが。
フランとハジメは空中から一斉に魔術を放つ。助けられる命があるので躊躇うことはしない。到着したとき助けに入っていれば消えた命の幾つかは助けられたかもしれない。後悔の念を感じながら再び魔術を放つ。
『風刃連舞!』
『氷結槍!』
二人で凡そ半分の人数の命を一度に刈り取る。飛び道具を持っている者や、魔導師と思われるものから優先的に殺していく。馬車に近づきながら更に魔術を発動する。馬車の中から帰り血を浴びた男が出てきたが、先ほどの頭の男だったため、問答無用で魔術をぶつける。
残ったのは沢山の馬と、商隊のものらしい馬車。それから二十を超える男達の遺体だけだった。
「馬車を調べましょう。まだ生きている人がいるわ」
「うん。……一人だけみたいだけどね」
「……そうね。直ぐに助けに入ればよかったわ」
フランが苦い顔をして頷く。ハジメも同じような顔をしているのだろう。二人は急いで馬車に駆け寄った。
「う、これは……」
「奴隷商人ね……奴隷の男たちは死んでいるわね」
「女の子は……獣人だね。お腹に矢が刺さってる……」
馬車の中には獣人の女の子だけが生き残っていた。腹部に矢を受けて出血している。その子供だけ檻の中に入れられていた。意識はまだあるようで、ハジメと目が合った。
男たちは檻の外に繋がれていて、剣で切り捨てられている。この人たちが助けられなかった命だろう。
「うぅ……た、すけて……」
残った力を振り絞ってハジメに助けを求めてくる。顔には涙の後がはっきりと見て取れる。手を伸ばしてきているが、檻に入れられていて手が届かない。
「とりあえず、女の子を治療しないと……まだ子供だからこのままじゃ危ないよ。……あれ? フラン?」
振り返るとフランがいなかった。早く治療しないとこの子も危険だ。
「ハジメ!」
馬車の外から声がかかった。振り返るとフランが金属製の何かを投げてよこしてきた。
「これは……鍵か」
どうやら檻の鍵を奴隷商の遺体から取ってきたらしい。治療するにしても檻の中に入らなければ矢尻も抜けないし治癒魔法もかけられない。檻と女の子を確認した時点で鍵を探しに行っていたみたいだ。
「ハジメ、私が矢を抜くから治癒魔法をかけてあげて。此処から移動することも考えたら私の魔力じゃ助けられないかもしれない。風と水の複合治癒を教えたでしょ。結構体力も奪われているからどんどん魔力をつぎ込んでね」
「……わかった」
実際にこれだけの傷を治すのは初めてだ。複合治癒の練習では簡単な傷を治す位しか練習していない。一人の命が懸かっているので慎重にならなければいけない。
「大丈夫。程度は違っても教えた魔術で癒せるはずよ」
「ん……」
「矢を抜くわよ……少し我慢してね」
フランが女の子に話しかけながら矢を持つ手に力を込める。
「……んッ」
「う、うぅぅぅ……」
歯を食いしばって痛みに耐える女の子に、ハジメの胸が痛む。
「抜けたわ。ハジメ」
『彼の者に水と風の命の光を……最大限の癒しを与よ』
トリガーの魔術名だけでは不安のため、少しだけ詠唱を追加する。腹部を含めて、可能な限り全ての怪我と傷が癒えるよう願いながら魔術名を告げる。
少女の傷はゆっくりと塞がっていく。これまでにないほど魔力を消耗しているのが分かる。といってもこれまで殆ど感じられなかったものが少しだけ増えた程度だったが。魔力量の少ない人間では風と水のこの複合魔術は難しいだろう。フランもこの魔術で治療すると魔力を殆ど使ってしまうためあまり使ったことが無いと言っていた。
前回の依頼も、この魔術を頼ったものらしい。
「ん……」
痛みが消えて気が抜けたのか、少女は目を瞑って意識を失った。脈を測るがとりあえず大丈夫のようだ。
「ふぅ……」
「お疲れ。大丈夫?」
「うん……もう大丈夫かな?」
「そうね、女の子はこれで大丈夫だと思うわ。後は此処から離れないと」
「そうだね。血のにおいがあると、魔獣も近づいてくるだろうし」
「あとは……盗賊は手配があればギルドに所持品を持っていくと褒賞が出ることもあるけど、今回は見送った方がいいわね」
「遺体はどうしよう?」
「魔獣に食われないよう埋めるのが一番だけど、土の属性はないからね。街道に放置するのはあまり良くないから道を外れたとこにまとめておきましょう」
遺体は街道を外れた森の中にまとめておく事になった。馬や金品は放置しておいても良いが、今回は奴隷の首輪の鍵を探すついでに簡単に回収しておくことにした。少女がこれからどうするにせよ、お金が無いと子供が生きていくには辛いだろう。
盗賊が纏めていた革袋からお金だけを抜き取り、他は放置することになった。盗賊になった様で心苦しいが。
馬は放置すると魔獣に襲われる可能性があるので、連れて行くのが一番だが今回は鞍を外して放すことにした。
「とりあえず此処を離れましょう。一気にジエイムを抜けて、行ける所まで行きましょう」
「そうだね。この国に残っていてもフランもこの子も危険だ」
「ハジメはその子を抱えて飛べる? 距離を考えて私だとこの国を抜けられなくなるかも」
「大丈夫。背負っていくよ」
フランに一度女の子を抱いてもらい、ハジメはしゃがんで背中に乗せる。女の子はすごく軽かった。
「……軽いね」
「ええ……」
再び飛翔し、この場を離れる。
◇ ◇ ◇
フランの魔力が底を尽かないうちにジエイムを抜けることが出来た。これからは徒歩での移動なので魔力を回復させる余裕はあるため、少しだけ無理をして先に進んだ。
「今日はこの辺りで休みましょう。結界はお願いね」
フランはかなり魔力を消費しているらしく、少し疲れた顔をしている。少女の呼吸は安定しているが未だに目を覚まさない。
「仕方ないでしょうね。結構な傷だったから子供には辛いわ。体力を消耗したでしょうね」
「この子は奴隷だったんだよね?」
「ええ、首輪が着いてたからね。でも檻に入れられていたのが気になるわね」
「この子が獣人だから?」
「その可能性は有るわ。あとは女の子だから……とか」
「そっか……」
ハジメは隣に横になっている少女の髪をゆっくりと撫でる。髪は痛んでいるのか汚れているのか分からないが、女の子の髪としては酷い状態だった。
「髪を洗ってあげられないかな?」
「その子が起きてからの方が良いわ」
「そうだね」
体も服も汚れているからお風呂に入れてあげたいが近くに町はない。女の子だからフランに入れてもらうことになるが、汚れているのは可愛そうだ。
「その子は恐らく天狐種族の獣人ね」
「天狐? ……狐?」
「ええ、たぶんだけど。月を象徴する銀色の髪。銀の髪の獣人は珍しいのよ。魔力も身体能力も高いし、寿命も長い。……奴隷としては人気があるでしょうね」
苦い顔をしながら言葉を溢す。
「方角としてはジエイムに向かっていたわね。奴隷商の屋敷は押さえたけど、あれからまだ五日ほどしか経ってないから、もしかするとあそこの奴隷商の仲間だったのかも」
「……」
この子も何処かで攫われて来たのだろうか。改めてあの奴隷商に怒りが湧く。
生活が苦しくて身売りをする人や、犯罪者は仕方ないかもしれないが、無理やり攫った人を奴隷にするのは許せない。詳しい事情を聞いてみないと分からないが体にあった痣から察すると、あまり良い扱いは受けていなかっただろう。
「……ん」
ようやく少女が目覚めたようだ。
2012/01/06
第十五話までの数字、誤字、文体及び通貨価値微修正。
通貨価値以外、物語の内容に変更はありません。