第9話<襲撃>
投稿が遅くなりました。ごめんなさい
街に朝陽が登る前に作戦は始まった。
ハジメが全員に身体強化などの補助魔法をかけ、フランが屋敷の周囲に結界を張った。バランのチームの魔導師、ケイトが見張りの人間の意識を刈り取る。屋敷の外では騒ぎを起こさないよう、極力殺さないように決めていた。倒れて音が出ないよう魔法で補助しながら接近する。
「それではバランさんたちは商人の確保を、私たちは対象の確保を行います」
「よろしく。行くぞ」
バラン達のチームは二手に分かれて対象の確保と屋敷の占拠に向かう。ハジメ達は一方のチームと対象の確保に向かう。屋敷は二階建てで建物内の気配を探ると、地下から多数の気配が感じられた。
「地下から多数の気配がするわ。入り口を探しましょう」
「了解」
一階の捜索を行うと地下に続く扉を見つけることが出来た。そこは接客室のような部屋から奥に入ったところにあった。
地下へ続く階段があり、依頼人を含めたハジメ達四人は地下への階段を下りていった。
誘拐された女性たちは屋敷の地下の一室に閉じ込められていた。扉ごと鍵を破壊し中へと入る。
「リシンさん。確認してください」
「確認しました。お嬢様もおられます。怪我も御座いません」
「王都で捕らえられたほかの女性は居ますか?」
「私たちと一緒に王都から連れられた方たちは此方の六人です。他の方達は私たちが来たときには此処に居られました」
「そうですか。この屋敷を制圧した後あなた方を解放します。私たちは貴方たちを連れてサンデダンに向かいます。……他の方々はどうしましょうか」
中には十名ほどの女性が居て、第一保護対象である女性も居ることが確認できた。怪我人の治療を行いながら今後の方針について話し合う。
「希望者は連れて帰っていただければと……。この程度の人数ならば仕事が必要な方は紹介できるかと思います」
「それは……いいでしょう。貴方は暫く此処に居てください。私たちはバラン達の援護に向かいます」
ここに居る女性たちの解放や、仕事の斡旋をしたところでこの国での……周辺国での奴隷の問題は解決しない。生活が苦しく、奴隷となるものもいるこの国で偽善と思われる行為だが、依頼主が提案する以上……実際不可能ではないため、無碍には出来ない。
ハジメは部屋の中に結界を張って不可侵の領域を創り上げると屋敷の捜索に向かう。
「ハジメ。離れないで着いてきてね」
屋敷内には護衛などは殆ど居なかった。その護衛たちもバラン達に完全に制圧されていた。遭遇した者は口を封じ、寝ていたものたちは眠りの魔術を更にかけられ拘束した。奴隷商は寝ているところを起こされ、軽く尋問してから睡眠の魔術を施し、暫く目が覚めないようにしたようだ。
「戻りましょう。リシンさんが遮念結界の外から王都に連絡しているから連絡が取れ次第、奴隷商人と彼女を連れて行くわ」
捕らえた者たちに浮遊の魔術をかけ、バラン達と共に警戒しながら地下に戻る。一度結界を解いて中に入り再びかけ直す。
「リシンさん。王都に連絡は出来ましたか?」
「はい。直ぐにでも転移をお願いしたいのですが」
「分かりました。ギルドに引き渡した後戻ってきますので暫くお待ちください」
リシンにそう言うとハジメのほうを振り向く。
「ハジメ。私の結界と同じものを張って頂戴。魔導具無しに遠くから結界を維持するのは大変だから」
「ん……これでいいかな?」
「ええ。……効果しか教えていないのに簡単にやっちゃうのね。魔術の構造が読めるのかしら?」
「んー、魔術を習い始めた頃は良く分からなかったけど、最近はなんとなく解るようになってきたかも。頭もすっきりしてきたし此処に慣れて来たのかも?」
魔術を使っている内に段々と体の感覚が馴染んで来た気がする。ハジメがこの世界に来てから六番目の感覚器官――直感が六番目なら七番目になるが――となった魔力器官も当たり前のように感じることが出来てきた。それに伴い他の五感も澄んできた気がする。
視覚が無くなり聴覚が発達するということは聞いたことがあるが、感覚が増えたことにより他の五感も発達したようだ。体も地球にいた頃とは比べ物にならない程軽くなってきている。
第六の感覚が完全に体に馴染んだ時どうなるか楽しみであり……怖かった。
「そう。もう私なんか超えてるかもね。馬車の確保をする場合は結界内を確認してから逃走防止用の結界だけ解けばいいわ」
少し寂しそうに呟くと、フランは二人を連れて王都に転移した。
◇ ◇ ◇
フランが戻るまでに、それぞれ行動を起こすことになっていた。バランはチームの内四人に馬と馬車の用意を命じ、ハジメと共に屋敷周囲の警戒にあたる。
現在は屋敷内の結界を残し、屋敷周囲に張った逃走禁止の結界を解いているため、遮音結界内の通行が出来てしまう。そろそろ日があけるということで人が起き出して来るのに注意しなければならない。
外を警戒していると自分に近づく気配を感じた。その気配はかなり希薄で、結界の魔力の揺らぎで何とか知ることが出来た。かなりの実力者らしい。
「連絡が無いから来てみれば……取り込み中だったか」
「……どちらさまでしょう?」
「しがない傭兵だ。今はそこの屋敷の商人に護衛として雇われていてな……」
(こいつが王都で護衛を殺したやつか?)
王都では護衛の騎士が殺されていた。この屋敷にいた者たちでは騎士を殺害し誘拐することなど出来ない。この男が誘拐に加担し護衛騎士を殺害したのだろう。
ハジメは遮音結界に静かに逃走防止用の結界を加え男の退路を断つ。転移は阻害しないのでフランが戻ってくることも出来るだろう。
「護衛? 誘拐を行うのも仕事の内なのですか?」
「さあな。何処であろうと敵を斬るだけだ。金を貰って人を殺す。それが傭兵の仕事だろう?」
男は笑顔でそう言うと、唐突にハジメへと斬りかかる。帯剣していた長剣を瞬時に引き抜いて五メルデはある距離を一瞬でつめた。
「……ッ!」
(防護障壁!)
ハジメは咄嗟に魔術を行使し、男の剣を弾いた。続けて風の魔術で障壁前方に爆風を創り出した。
「っと! ……よく防いだな?」
男は風の発生と共に大きく後方に飛び退き発生した風をやり過ごす。創り出した風は魔術の難度としては下級の物だがハジメの魔力により、その威力は中級魔術ほどの効果を発揮していた。
しかし、相手を殺せるほどの威力は出ていない。尤も、暴風で吹き飛んでいれば普通の人間ならば大怪我をしているだろう。
(殺しに来たか……)
ハジメは胸の内で小さく溜め息をつく。人を殺すことに対して躊躇いは有るが黙って殺されるつもりは無い。一度目の死では自分の無力を味わったが、今は自分の身を守るだけの力がある。
生きるために殺す。
守るために殺す。
「投降してください。貴方に僕は殺せない。貴方は法によって裁かれる」
先ほどの風の障壁を張れば此方が傷を負う事は無いだろう。フランが言うには『ハジメの魔力なら中級程度の障壁を張るよりこっちの方が頑丈でいい』とのことだ。上級の結界を元にフランが編み出したらしい。人間の魔力では何度も出来ない程の魔力を必要とする。
「ほう。俺が何をしたのかな?」
腰に差した大きめのナイフを構えながら、ハジメは僅かに考えた。
誘拐に殺人。誘拐については奴隷商人が行い護衛として同行したのだろう。商人が誘拐を自供したらしいのでこの男が同行していたことも調べれば分かるだろう。
雇われたから依頼主を守るために人を殺す。それはこの世界では当たり前のことだ。そこにある善悪は別として。
この男を捕らえることが出来れば商人の証言で裁くことも可能だろう。
「傭兵として雇われ、依頼主の敵を殺す。それが仕事だ」
(だが、この男……)
この男の言い方は人を殺すことに執着しているようだ。これまでも同じような仕事をしていたのだろう。
「屋敷に結界が張ってあって中は分からないが……仕事でね。殺してあげよう!」
再び笑みを貼り付けた顔で男が斬りかかる。ハジメは男の剣を障壁で受け止め、強化した体で後方に大きく飛び退く。
『風刃連舞!』
魔術の風が男に襲いかかる。
膨大な魔力で練り上げられた複数の風の刃は男を鎧ごと切り裂いた。
◇ ◇ ◇
屋敷周囲の結界を一部解くと馬車と共にバランがやって来た。どうやら結界を張り直した際に結界の外に出ていたらしい。結界内に入ろうとしても入れなかったため、何かあったのかと思ったがどうにも出来なかったと言う。仕方なく警戒しながら馬車の到着を待っていた。
「これは……ハジメ君がやったのか?」
「はい。奴隷商の護衛の男です。おそらく王都で騎士を殺したのもこの男でしょう」
「そうか。おい、屋敷内に運べ。こんな道の真ん中に死体があるのは拙い。二人は血痕を片付けてくれ」
バランはチームの男に死体を運ばせるように指示し、血痕を消させた。辺りは僅かに明るくなってきておりそろそろ人が起き出す頃だ。
ハジメは結界を屋敷と裏路地に縮小し、馬車のそばでフランの帰りを待っていた。
「ただいま……どうしたの?」
ハジメの表情から何かを感じたのか、そう聞いてきた。
(そんなに分かりやすい顔をしていただろうか……)
若干の苦笑いを浮かべ、フランのいない間の出来事を話して聞かせた。
「そう……怪我はない?」
「うん。フランが教えてくれた障壁を使ったから、怪我してないよ」
「あれを使ったの? ま、あの障壁なら特別な魔剣でも無い限り突破は無理でしょうね」
「……うん」
フランは優しくハジメの頭をなでた。身長はハジメの方が十ルーデ――十センチ――程高いが手を伸ばしてハジメの頭を撫で続ける。
「慣れる必要はないわ。さっきも言ったけど間違わなければいい」
「……」
「私はハジメが生きていてよかったと思ってる」
「……ありがとう」
「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか。この依頼が終わったら少しサンデダン王都で買い物でもしましょう」
「うん」
ポンポンと頭を軽く叩いて屋敷に戻っていく。見た目的には同年代だが人生経験はフランのほうが豊富だ。年齢的に祖父――フランに言ったら殺されそうだが――のような年月を生きてきたフラン。
フランに優しく頭を撫でられて、ハジメは少し心が軽くなっていた。
ありがとう御座いました。
戦闘描写少ないですね……
2012/01/06
第十五話までの数字、誤字、文体及び通貨価値微修正。
通貨価値以外、物語の内容に変更はありません。