第1章。星に願う初恋
第1章。星に願う初恋、
中学生、そして高校生へと成長していく中で、私の心からはあの「四歳の夜の記憶」が、おぼろげな夢のようになりかけていた。
雪のように白い肌はそのままだったけれど、私はすっかり人見知りで、自分の殻に閉じこもりがちな少女になっていた。
そんな私の世界で、唯一、幼い頃からずっと変わらずに側にいてくれたのが、幼なじみの彼だった。
高校生になったある夏の日、私は彼と二人で、新しくできた街のプラネタリウムへと出かけた。ドーム状の天井に映し出された満天の星々を見上げていると、私の胸の奥で、あの四歳の夜に聞いたおじさんの声が優しく蘇ってきた。
暗闇の中、隣に座る幼なじみの横顔が、星の光に淡く照らされている。
(ずっと, この人の隣にいられたらいいのに……)
そんな淡い期待を抱きながら、帰り道に二人で夜空を見上げた。
ぽっかりと浮かぶ美しい満月が、私たちの影を地面に長く伸ばしている。
「月が、本当に綺麗だね……」
私が勇気を振り絞り、うつむきながらそう呟いた。
「本当だ。明日も晴れるといいな」
彼は私の言葉の裏にある恋心に気づくことなく、無邪気に笑った。
彼にとって私は、どこまでいってもただの「幼なじみ」でしかなかったのだ。
その年の秋、
私の初恋は残酷な終わりを迎える。
夕暮れの校舎の裏で、彼は別の女の子の手を愛おしそうに握りしめ、ひまわりのような笑顔を向けていた。私の恋は、告げる前に木枯らしに吹き消されてしまった。
胸を引き裂かれるような痛みに、私は何日も涙を流した。
やっぱり私なんて、誰からも特別に愛されることはないんだ――
そうやって再び暗い殻に閉じこもろうとしていた私の前に、ある一人の青年が現れた。
近所に住む、不器用で、口数の少ない彼(のちの夫)だった。
私の親と彼の親は昔から繋がりがあったが、彼の親がどこか計算高い人たちであることを知っていた私は、最初は彼に対しても心を閉ざしていた。
しかし、彼は違った。
失恋の傷が癒えず、うつむいてばかりいる私を、彼はただ黙って、不器用に夜のドライブへと連れ出してくれた。
車を止めた高台から見上げた夜空は、あのプラネタリウムよりもずっと綺麗だった。
その時、黒い夜空を切り裂くように、一筋の大きな流れ星が流れた。
「あ、流れ星……!」
私が思わず声をあげると、彼は夜空を見つめたまま、ぽつりと言った。
「流れ星ってさ、神様が天の窓を開けて下界を覗き込んだときに、漏れ出た光なんだって。だから、その瞬間に願い事をすれば、神様に直接届くらしいよ」
私は息を呑んだ。
それは、四歳の高熱の夜、あの枕元の神様が教えてくれた「星の神話」と、全く同じお話だった。
「どうして……そのお話を知っているの?」
私が驚いて尋ねると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「さあ、なんでだろうな。ずっと昔から、なぜか知っている気がするんだ。もし星に願いが叶うなら……俺はお前がもう泣かないようにって、願うよ」
不器用だけど真っ直ぐな言葉に、私の凍りついていた心が、内側からじんわりと温かいオレンジ色に溶かされていくのが分かった。
それからしばらくして、私たちは共通の友だち数人を乗せて、再びドライブへと出かけた。
車が海岸沿いの長い直線道路に差し掛かった、その時だった。フロントガラスの向こう側、海の向こうの地平線に、見たこともないほど巨大な夕日が現れた。空一面が、まるで燃え上がるような、圧倒的な茜色に染まっていく。先日の星空の静けさとは対照的な、命の激しさのような輝きに、車内の会話が一瞬途切れた。
夕日の強い光が、運転席にいる彼の横顔を真っ赤に照らし出している。
彼は前を向いたまま、ぎゅっとハンドルを握りしめ、突然、震える声で言った。
「……俺と、付き合ってください」
後ろの席の友だちが大声で笑い出し、彼の告白はかき消されそうになった。
私は恥ずかしさのあまり、
「あ、見て、あの夕日、本当に大きいね……!」
と、あえて話をそらそうとしてしまった。
すると彼は、車を路肩に静かに止め、エンジンを切った。
そして、私の方をまっすぐに向き直った。
彼の瞳の中に、巨大な夕日の光が、とても強く反射していた。
「話をそらさないでくれ」
彼は私の目をじっと見つめ、今度はもっと力強い声と言い直した。
「結婚を前提に、俺と付き合ってください」
そのまっすぐな瞳を見た瞬間、確信した。
この人なら、私のすべてを受け止め、守ってくれる。
「はい……。喜んで」
私が小さく答えると、彼はホッとしたように、再び窓の外の巨大な夕日を見つめた。
地平線へと沈んでいく夕日を見つめながら、彼はまるで遠い未来を見つめるかのように、ぽつりと不思議な言葉を呟いた。
「もし、俺たちが結婚して、男の子が生まれたら……今度はその息子とお前が、この場所で、この夕日を見るんだろうな……」
その時の私は、彼のその言葉が、星の夜から夕日の未来へと繋がる、時を超えた「約束」の言葉だとは、まだ知る由もなかった。




