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ギィギィギィ……
トントントントン……
隣室から常に聞こえるリズミカルゆえに不気味な響き。
私は動く気力もない。
そのもの音を聞きたくなかったが、耳が拾ってしまう。
終わりのない作業のようで、頭がぼんやりとしつつ、めまいまでする。
私は昔から彼に、毎晩のように罵詈雑言を聞かされていた。
何も言い返さないからだろう。
覚えのないことから、明かに日常の不満から転嫁されたことまで、正に言いたい放題に聞かされてきた。
お陰で彼の気配と、彼が起こす物音に異様に敏感になった。
今、隣で彼がどんな作業をしているのかすら、想像できた。
彼は人形職人だった。
いわゆる、球体間接人形の亜種だ。
生業である。
そこそこ売れているらしいが、言われた中にいつも金の話が入ってきていて、なんとか
食べていくのがせいぜいということも知っていた。
私も人形。
彼が作った、ドールのような球体間接人形。
部屋の椅子や床には他にも多くの人形たちがいる。
私たちは時々軽い会話もする。多くは喋らないが、彼女らも時々語り合う。
だが、私はその中で一番忌み嫌われていた。
彼にいつも憎まれるかのように怒鳴り散らされていたからだ。
自分たちもそんな目にあわないように、私とは仲良くせず、距離を取っていたのだ。
ある日、いつものように私に怒鳴り声での恒例の言いたい放題を始めて、小一時間も経った頃だ。私は思わず、言ってしまった。
「それ、自分の話じゃないの? 私のせいにしてるだけで」
唖然とした顔が、目の前にあった。
彼は振り払うように、暗い怒気をまといながら、部屋から出て行った。
ギィギィギィ……
トントントントン……
作業の音は止まない。
「……あれは失敗作だ。近いうちに処分しなければ……」
つぶやきが何を指しているのか、明白だった。
私だ。
怒りと恐怖が沸いた。
あれだけ好き勝手な扱いをしておきながら、失敗作だ? 処分だと?
どれほど自分が可愛いのだ、あの男は!
黙っていたのが全て悪かった。
何も言わなかったのが、増長させたのだ。
私を何だと思っているのか!?
震える体に、どこかひやりとした感覚があった。
それは鋭く冷たく、心地いいものだ。
私はいわゆるゴスロリの恰好をしている。それも、少々オカルトじみた退魔師のよなもので。スカートのベルトにはナイフが数本、鞘に入れられていた。。
それが今、無限に広がる万能感の元になった。
ドアに近づいて来る足音と、開ける響きを耳が拾う。
部屋に侵入してきた時、男ははっきりと殺気を持った目をしていた。
手には、太い鉈。
明かに私を睨みながら。
その時、インターフォンが響いた。
男は少し驚いた風に振り返り、部屋を出てゆく。
私はナイフを抜き、そっと後を追った。
男は歓喜に満ちていた。
箱にぎゅうぎゅうに詰められたゴシックロリータを着た少女の形をしたもの。
新しいあたしたちの仲間。
その美しい姿に、恍惚として見惚れていた。
「ほら、新しいお友達だよ」
何時から気付いていたのか、男は私に振り返って、少女に言った。
「……冗談じゃない、この悪魔!」
微かに彼女は口を動かし、男と私を見て言った。
怒りが男のなかに宿った。
傍にあった鉈を握り、私に向き変える。
「……おまえだよ。おまえがいるからだ」
鉈を振りかぶった男に、私は身体を粒けるようにしてナイフをその腹部の脇に刺した。
男は倒れ、柄まで突き刺さった部分を抑えながら悶え転げた。
私は彼が落した鉈を拾う。
「……今まで何してきたかわかってるの!? わからないでしょうね? 今、わからせてやる!」
右の肘を叩き斬った。
男は悲鳴を上げる間もなく、驚愕の目で、失った右腕を見た。
次に左手首。
やっと男が悲鳴を上げる。
「うるさい!」
私ははその頭に鉈を叩きつけた。
倒れたまま動かなくなった男をみて、少女が悲鳴を上げた。
「おまえもだ」
私は鉈で少女の頭をたたき割った。
硬いものを砕いた確かな感触。そしてそこから柔らい手応え。
熱い物が噴き出して、床を染めた。
これで私は解放される。
どこに?
人形として、人形部屋に。
暗い廊下を戻る途中、壁に立てかけられていた鏡に、恐ろしいものが映っていた。
ゴスロリの人形が通ったあとに、ぼさぼさの髪の毛の、シャツの汚れたやつれた少女の姿が続いていたのだ。
了




